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第四章

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◆◆◆◆◆


殿下は俺の瞳を覗き込んだ後、深いため息を付くとルドルフをかわしてソファーに向かった。俺はベッドに横たわったまま、安堵の息を吐き出した。

だが、直ぐに緊張感が高まる。ルドルフが、聴診器を衣服から取り出したからだ。俺は言葉もなく、その聴診器を見つめていた。

「マテウス様、宜しいですか?」

俺は頷いて返事をした。ベッドに横たわったまま、俺は天井を見上げていた。大きくなったお腹に、聴診器が宛がわれる。ルドルフは、慎重に、何度も腹の子の心音を探っていた。

何度も、何度も。慎重に。

そして、その手が止まる。ルドルフは聴診器を腹から外すと、俺の衣服をととのえはじめた。全てをおえると、ルドルフは床に膝を付き頭を下げた。

「マテウス様、孕んだお子の心音は確認できませんでした。子宮内で、何らかの要因によりお子は亡くなられたと思われます。貴方の主治医を願い出ながら、マテウス様のお子を守れず無念です」

「・・子が死んだ」

「マテウス様。子を亡くした孕み子は、多くの場合において己を責める傾向にあります。ですが、子の命は、初期も安定期も関係なく失われる時がございます。どうか、ご自身を責める事なく、お体を労って下さい、マテウス様」

ルドルフ様が、俺の髪を優しく撫でてくれた。俺はただ頷いて、目を瞑った。やはり、子は亡くなっていた。

血脈の弊害が子を奪った。

だけどそれは俺の責任ではない。孕み子は感情のコントロールが難しい。皆がそう言っていた。元から感情的な俺には、王城での務めも、後宮での暮らしも、端から無理だったんだ。後宮で子を生むなど、最初から無理だったにちがいない。他の孕み子と同じく、俺はただの弱い存在だっただけの事。

ヘクトール兄上を支えるために、心を強くしたいなんて、傲慢な考えだった。ヘクトール兄上に、俺の支えなど必要ないに違いない。王立学園に行って、何も果たせずにシュナーベル家の領地に帰った時、皆は優しく迎えてくれた。今回もきっと優しく迎え入れてくれる。

だって、子が死んだのは俺の責任ではないから。誰の責任でもない。これで、全てが丸く収まるじゃないか。俺は、悪くない。俺は、悪くない。悪くない。悪くない。

俺は、悪くない。

「マテウス、子が死んだのはお前の責任だ」
「っ、!?」
「ヴェルンハルト殿下!!」

目を開くと、目の前に殿下がいた。殿下は、顔を歪めて言葉を吐き出す。

「カールは・・お前の別人格は、必死に感情をコントロールして、腹の子を労り、お前を労り時を過ごした。だが、お前はカールの苦労を、僅かな日数で台無しにした。シュナーベル家の者は、誰もお前を責めはしないだろう。だが、現実は違う。お前は自身の血脈で、我が子の血脈を消し去った。お前は人殺しだ、マテウス」

「殿下、お止めください!」

「黙れ、ルドルフ!マテウスは、俺とカールの子を一瞬で殺したのだ。俺には、マテウスを責める権利がある。マテウス、お腹の子を早く産め。産まれた子は、我が子として王家の墓に埋葬する。出産は後宮で行え。俺が立ち合う」

「お待ち下さい、ヴェルンハルト殿下。マテウス様のお子は、マテウス様とヘクトール様のお子です。産まれたお子は、シュナーベルの領地にて埋葬いたします!」

「シュナーベル家は、王族の意向に逆らうつもりか?そういえば・・マテウスは、おかしな事を口走ったそうだな?」

「マテウス様は、混乱されておられました。その時の言葉を追及しても、何も意味をなしません、殿下」

ヴェルンハルト殿下は、ルドルフの言葉を無視した。そして、突然、殿下が俺の唇を奪った。とろとろとよだれを溢しながら、俺は何も感じる事なく殿下の舌に応じていた。

ルドルフによって殿下が引き剥がされた時、その言葉が降ってきた。


「『殿下が殺される前に、私を処刑してもらわないと駄目だ。殿下に会って真実をっ!』そう叫んでいたらしいな、マテウス?それは予言か、マテウス?それとも、シュナーベル家が、俺の殺害を目論んでいるという意味か?」

「私は、」

「マテウス、俺は死なない!お前の予言などはね除けてみせる!そして、じわじわと死にゆくのは、シュナーベル家の方だ。お前は、俺との賭けに負けた。俺の子を無事に孕み、無事に子を産んだ場合は、血族婚や近親婚を禁じる法律は作らないと約束した。だが、お前は我が子を腹で殺し、賭けに負けた。血脈の弊害を身を持って経験した感想はどうだ、マテウス?血脈の弊害に長く苦しんだカールの思いが、少しは分かったか、マテウス?」

「賭けに負けた・・子を殺したから、血脈の弊害、カールの苦しみ・・」

「マテウス様。耳を塞ぎ、ベッドに潜り込んでください。このような戯言は聞く必要はありません。マテウス様は、ゆっくりと休む必要があります。子が亡くなったのは誰の責任でもありませんが、強いて責任を問うならば主治医の私です。別人格が眠り、マテウス様が目覚めて、私は単純に喜んでしまった。目覚めたマテウス様をサポートするのは私の務めでした」

「ルドルフ様」

俺はルドルフの指示に従いベッドに潜り込んだ。大きなお腹が邪魔をしてなかなかうまく動けない。繭のように丸まることも出来ず、ただ大きなお腹を横にして寝転んだ。ベッドの中に潜り込むと、ようやく何時もの俺が戻ってきた。

「大きいお腹・・」

お腹に触れると急に胸が痛みだした。この腹の中で子が羊水に浮かび亡くなっている。その子を腹に抱いて、俺は生きている。こんなことは、正しくない。なのに全てが現実で。理不尽で、やるせなくて。苦しくて、嗚咽が漏れた。

「あっ、あぁああーーーーー!!」

俺は子供みたいに泣きじゃくった。胸が痛くて痛くて堪らなくて、シーツを握りしめて泣き叫んでいた。

そんな俺を、ベッドの布越しに撫でてくれる人がいた。ルドルフ様だろうか?優しい気持ちが伝わってくる。でも、今はその優しささえ辛くて、俺は意識を手放すまで泣き続けた。


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