嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す

月歌(ツキウタ)

文字の大きさ
上 下
185 / 239
第四章

220

しおりを挟む
◆◆◆◆◆


殿下は俺の瞳を覗き込んだ後、深いため息を付くとルドルフをかわしてソファーに向かった。俺はベッドに横たわったまま、安堵の息を吐き出した。

だが、直ぐに緊張感が高まる。ルドルフが、聴診器を衣服から取り出したからだ。俺は言葉もなく、その聴診器を見つめていた。

「マテウス様、宜しいですか?」

俺は頷いて返事をした。ベッドに横たわったまま、俺は天井を見上げていた。大きくなったお腹に、聴診器が宛がわれる。ルドルフは、慎重に、何度も腹の子の心音を探っていた。

何度も、何度も。慎重に。

そして、その手が止まる。ルドルフは聴診器を腹から外すと、俺の衣服をととのえはじめた。全てをおえると、ルドルフは床に膝を付き頭を下げた。

「マテウス様、孕んだお子の心音は確認できませんでした。子宮内で、何らかの要因によりお子は亡くなられたと思われます。貴方の主治医を願い出ながら、マテウス様のお子を守れず無念です」

「・・子が死んだ」

「マテウス様。子を亡くした孕み子は、多くの場合において己を責める傾向にあります。ですが、子の命は、初期も安定期も関係なく失われる時がございます。どうか、ご自身を責める事なく、お体を労って下さい、マテウス様」

ルドルフ様が、俺の髪を優しく撫でてくれた。俺はただ頷いて、目を瞑った。やはり、子は亡くなっていた。

血脈の弊害が子を奪った。

だけどそれは俺の責任ではない。孕み子は感情のコントロールが難しい。皆がそう言っていた。元から感情的な俺には、王城での務めも、後宮での暮らしも、端から無理だったんだ。後宮で子を生むなど、最初から無理だったにちがいない。他の孕み子と同じく、俺はただの弱い存在だっただけの事。

ヘクトール兄上を支えるために、心を強くしたいなんて、傲慢な考えだった。ヘクトール兄上に、俺の支えなど必要ないに違いない。王立学園に行って、何も果たせずにシュナーベル家の領地に帰った時、皆は優しく迎えてくれた。今回もきっと優しく迎え入れてくれる。

だって、子が死んだのは俺の責任ではないから。誰の責任でもない。これで、全てが丸く収まるじゃないか。俺は、悪くない。俺は、悪くない。悪くない。悪くない。

俺は、悪くない。

「マテウス、子が死んだのはお前の責任だ」
「っ、!?」
「ヴェルンハルト殿下!!」

目を開くと、目の前に殿下がいた。殿下は、顔を歪めて言葉を吐き出す。

「カールは・・お前の別人格は、必死に感情をコントロールして、腹の子を労り、お前を労り時を過ごした。だが、お前はカールの苦労を、僅かな日数で台無しにした。シュナーベル家の者は、誰もお前を責めはしないだろう。だが、現実は違う。お前は自身の血脈で、我が子の血脈を消し去った。お前は人殺しだ、マテウス」

「殿下、お止めください!」

「黙れ、ルドルフ!マテウスは、俺とカールの子を一瞬で殺したのだ。俺には、マテウスを責める権利がある。マテウス、お腹の子を早く産め。産まれた子は、我が子として王家の墓に埋葬する。出産は後宮で行え。俺が立ち合う」

「お待ち下さい、ヴェルンハルト殿下。マテウス様のお子は、マテウス様とヘクトール様のお子です。産まれたお子は、シュナーベルの領地にて埋葬いたします!」

「シュナーベル家は、王族の意向に逆らうつもりか?そういえば・・マテウスは、おかしな事を口走ったそうだな?」

「マテウス様は、混乱されておられました。その時の言葉を追及しても、何も意味をなしません、殿下」

ヴェルンハルト殿下は、ルドルフの言葉を無視した。そして、突然、殿下が俺の唇を奪った。とろとろとよだれを溢しながら、俺は何も感じる事なく殿下の舌に応じていた。

ルドルフによって殿下が引き剥がされた時、その言葉が降ってきた。


「『殿下が殺される前に、私を処刑してもらわないと駄目だ。殿下に会って真実をっ!』そう叫んでいたらしいな、マテウス?それは予言か、マテウス?それとも、シュナーベル家が、俺の殺害を目論んでいるという意味か?」

「私は、」

「マテウス、俺は死なない!お前の予言などはね除けてみせる!そして、じわじわと死にゆくのは、シュナーベル家の方だ。お前は、俺との賭けに負けた。俺の子を無事に孕み、無事に子を産んだ場合は、血族婚や近親婚を禁じる法律は作らないと約束した。だが、お前は我が子を腹で殺し、賭けに負けた。血脈の弊害を身を持って経験した感想はどうだ、マテウス?血脈の弊害に長く苦しんだカールの思いが、少しは分かったか、マテウス?」

「賭けに負けた・・子を殺したから、血脈の弊害、カールの苦しみ・・」

「マテウス様。耳を塞ぎ、ベッドに潜り込んでください。このような戯言は聞く必要はありません。マテウス様は、ゆっくりと休む必要があります。子が亡くなったのは誰の責任でもありませんが、強いて責任を問うならば主治医の私です。別人格が眠り、マテウス様が目覚めて、私は単純に喜んでしまった。目覚めたマテウス様をサポートするのは私の務めでした」

「ルドルフ様」

俺はルドルフの指示に従いベッドに潜り込んだ。大きなお腹が邪魔をしてなかなかうまく動けない。繭のように丸まることも出来ず、ただ大きなお腹を横にして寝転んだ。ベッドの中に潜り込むと、ようやく何時もの俺が戻ってきた。

「大きいお腹・・」

お腹に触れると急に胸が痛みだした。この腹の中で子が羊水に浮かび亡くなっている。その子を腹に抱いて、俺は生きている。こんなことは、正しくない。なのに全てが現実で。理不尽で、やるせなくて。苦しくて、嗚咽が漏れた。

「あっ、あぁああーーーーー!!」

俺は子供みたいに泣きじゃくった。胸が痛くて痛くて堪らなくて、シーツを握りしめて泣き叫んでいた。

そんな俺を、ベッドの布越しに撫でてくれる人がいた。ルドルフ様だろうか?優しい気持ちが伝わってくる。でも、今はその優しささえ辛くて、俺は意識を手放すまで泣き続けた。


◆◆◆◆◆◆
しおりを挟む
感想 252

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

嵌められた悪役令息の行く末は、

珈琲きの子
BL
【書籍化します◆アンダルシュノベルズ様より刊行】 公爵令息エミール・ダイヤモンドは婚約相手の第二王子から婚約破棄を言い渡される。同時に学内で起きた一連の事件の責任を取らされ、牢獄へと収容された。 一ヶ月も経たずに相手を挿げ替えて行われた第二王子の結婚式。他国からの参列者は首をかしげる。その中でも帝国の皇太子シグヴァルトはエミールの姿が見えないことに不信感を抱いた。そして皇太子は祝いの席でこう問うた。 「殿下の横においでになるのはどなたですか?」と。 帝国皇太子のシグヴァルトと、悪役令息に仕立て上げられたエミールのこれからについて。 【タンザナイト王国編】完結 【アレクサンドライト帝国編】完結 【精霊使い編】連載中 ※web連載時と書籍では多少設定が変わっている点があります。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。 8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。 序盤はBL要素薄め。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました

ぽんちゃん
BL
 双子が忌み嫌われる国で生まれたアデル・グランデは、辺鄙な田舎でひっそりと暮らしていた。  そして、双子の兄――アダムは、格上の公爵子息と婚約中。  この婚約が白紙になれば、公爵家と共同事業を始めたグランデ侯爵家はおしまいである。  だが、アダムは自身のメイドと愛を育んでいた。  そこでアダムから、人生を入れ替えないかと持ちかけられることに。  両親にも会いたいアデルは、アダム・グランデとして生きていくことを決めた。  しかし、約束の日に会ったアダムは、体はバキバキに鍛えており、肌はこんがりと日に焼けていた。  幼少期は瓜二つだったが、ベッドで生活していた色白で病弱なアデルとは、あまり似ていなかったのだ。  そのため、化粧でなんとか誤魔化したアデルは、アダムになりきり、両親のために王都へ向かった。  アダムとして平和に暮らしたいアデルだが、婚約者のヴィンセントは塩対応。  初めてのデート(アデルにとって)では、いきなり店前に置き去りにされてしまい――!?  同性婚が可能な世界です。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。  ※ 感想欄はネタバレを含みますので、お気をつけください‼︎(><)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。