嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す

月歌(ツキウタ)

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第四章

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◆◆◆◆◆


「マテウス様、失礼します」

自室の扉が開き、ルドルフが入ってきた。

だけど、言葉が何も出てこない。俺はアルミンに抱かれたまま、ぼんやりとルドルフを見つめる事しかできなかった。

「・・ ルドルフ。マテウスは、まだ気持ちが落ち着いていない。診察はもう少し後にしてくれないか?頼む、兄貴」

アルミンがルドルフの視線から俺を隠すように、更に抱き寄せる。俺はアルミンの胸に黙って顔を埋めた。

「アルミン、それは出来ない。お前は殺気を放って周囲を牽制して、室内に誰も寄せ付けぬ様にしている。だが、それは意味のない行為だ。マテウス様を返しなさい・・アルミン」

アルミンから、ルドルフに対して一気に殺気が放たれた。アルミンの手にはナイフが握られ、その切っ先はルドルフに向けられていた。

「マテウスは傷ついている。さらに傷つく行為を今することはないだろ、ルドルフ。まだ、夜は明けていない。何も出来なかった無能な医者は、朝方まで眠っていろ」

「そうはいかない。マテウス様のお腹のお子の心音を、確認する必要がある。例え、マテウス様がお子の死を確信していても、主治医として確認せねばならない」

「・・腹の子の心音を調べるの?」

俺はアルミンに抱きしめられたまま、震えだしていた。アルミンは俺を気遣い、背を撫でてくれた。俺はアルミンの温かい手のひらの感覚に勇気をもらい、ルドルフに対して命じていた。

「・・私の孕んだ子は、亡くなりました。心音を確認する必要はありません。下がりなさい、ルドルフ=シュナーベル」

俺の言葉に、ルドルフはその場で片膝を付き頭を下げた。だが、部屋を去る気配はない。

「マテウス様、その命には従えません。マテウス様のお腹のお子は、マテウス様とヘクトール様のお子です。私には、お子の心音を確認して、ヘクトール様に報告せねばなりません」

俺はヘクトール兄上の名を聞き、目を見開いた。そして、ルドルフを見た。真っ直ぐなルドルフの視線が、俺の心を貫いた。俺はすがるような声を出していた。

「そうだ・・この子は、私とヘクトール兄上の子だった。私だけの子じゃない」

「そうです、マテウス様。どうか、私に診察をさせてください」

「私の子は死んだと思ったけれど、医師でもない素人の私が正しい診断なんて出来るはずがなかった。そうだよね、ルドルフ?第一、産みの親の血脈が、孕んだ子の血脈を弾き飛ばすなんて・・そんな馬鹿げた現象が起こる筈がない。前世の知識があるのに、孕んだ子が死んだと思い込むなんて、私はなんて馬鹿なんだろう」

「では、お子の心音の確認しても宜しいですか、マテウス様?」

「はい、ルドルフ様」

俺の言葉に、ルドルフが床から立ち上がろうとした。だが、身を起こしたルドルフに向かって、アルミンがナイフを投げた。ルドルフは身を捻る様にして、ナイフを避ける。ナイフは空を切り、床に突き刺さった。ルドルフは次の攻撃に備えて距離をとりながら、ナイフを見て顔を歪めた。

「正気か、アルミン?マテウス様を抱いたまま、毒を塗ったナイフを投げるとは。更に攻撃を加えるなら、制圧対象とするぞ、アルミン」

「ルドルフ・・マテウスに期待を持たせる様な事を口にするな。子の命が助かる見込みが万に一つでもあったなら、ルドルフならば直ぐに部屋に駆け込んでいた筈だ。俺の殺気など無視してな。だが、お前はそうはしなかった」

「アルミン?」

「マテウス、後宮を出よう。俺が抱えてでも、マテウスをシュナーベルの大地に連れ帰る。王都の風は、マテウスには合わない。帰ろう、マテウス」

「アルミン、正気で言っているのか?マテウス様の今の状態では、シュナーベルの領地に連れ帰ることなど無理だ。お前も分かっているはずだ!アルミン、お前こそマテウス様に甘い期待を持たせている。マテウス様には、後宮にて出産してもらうしかない」

「・・出産?」
「ルドルフ!!」

「アルミン、お前は後宮を去れ。この邸には、王太子殿下の密偵が潜んでいる。殿下がお越しになるかは分からない。だが、お前の存在は混乱しか呼ばない」

「殿下が来ようと関係ない」

「アルミン・・お前はマテウス様に、会いに来るべきではなかった。目覚めたばかりのマテウス様に会うなど、最悪のタイミングだ。お前が現れなければ、マテウス様がこれ程感情を露にされることもなかった筈だ!」

「俺がこの事態を招いたと言いたいのか?」
「そうだ。お前が招いた事だ」
「俺は・・ただ、マテウスに会いたくて、」

アルミンがルドルフの言葉に、動揺し視線を俺に移した。瞳が不安定に揺れるアルミンを、俺はきつく抱き締めていた。アルミンがわずかに震えている。俺はルドルフに視線を向けた。

「ルドルフおじさま、酷いです!アルミンに、罪はありません。全ては、私が招いた事です。ですから、アルミンを責めるのは止めてください。ん、えっ、ひっ、殿下!?」

ヴェルンハルト殿下が突然扉から現れ、俺は悲鳴を上げていた。殿下の手には、鞘なしの剣が無造作に握られていたからだ。ランプで仄かに照らされた切っ先が、生き物の様に滑って見えた。

「ルドルフ様、避けて!」

ルドルフの動きは素早かった。ヴェルンハルト殿下の背後からの斬り込みを、鮮やかに避けた。だが、ルドルフの視線は殿下ではなく、アルミンに向けられていた。

「アルミン、逃げろ!」
「くそっ!マテウスを頼む、ルドルフ!」

「逃がすか!」

ヴェルンハルト殿下の狙いは、元よりアルミンだった。アルミンは俺から離れる瞬間に、ひどく悲しげな顔をした。だが、素早くベッドから降りたアルミンは、窓に向かい走り出す。だが、次の瞬間には、アルミンの背中が真っ赤に染まっていた。殿下の剣がアルミンを捉えた。

「アルミン!!」

アルミンは背を赤く染めたまま、鍵の掛かっていない窓を派手に開けると、二階から飛び降りた。ヴェルンハルト殿下は舌打ちをしながら、窓辺に立ち、様子を伺う。

「くそ、気配が消えた。だが、傷は負わせた。密偵に見つかり捕まるのも時間の問題だろうな。そう思うだろ、マテウス?」

殿下が振り返る。だが、俺の前にはルドルフが立ち塞がっていた。ヴェルンハルト殿下は眉をはねあげながらも、剣を床に刺すと手ぶらで此方に近づいてきた。そして、ルドルフに命じた。

「ルドルフ、マテウスの腹の子の心音を確認しろ。生きていればよし。死んでいるなら、早急に出産させろ。その子は、俺とカールの子だ。慎重に判断を下せ、ルドルフ」

「承知いたしました、殿下」
「ルドルフ様」
「殿下に従いましょう、今は」
「でも、アルミンが・・」

突然、殿下が大股で歩き出した。そして、ルドルフを殴り倒した。俺は大きく目を見開き、床に倒れ込んだルドルフの名を呼んでいた。

「ルドルフ様!」

「は、やはりな。宦官となって以来、体調をよく崩しているとは聞き及んでいた。だが、先程のやり取り程度で、息が上がるとは・・元シュナーベルの処刑人が情けないことだな、ルドルフ?だが、マテウスの主治医の役目は最後まで果たせ。マテウスは、さっさと腹を出せ!」

ヴェルンハルト殿下は俺に覆い被さると、俺の服を剥がしていった。俺は恐ろしくて、声も出せなかった。だが、突然殿下の動きが止まる。殿下の背後には、ルドルフが立っていた。

「殿下・・マテウス様から離れてください。このナイフには、毒が塗られています。死に至るものとは思いませんが、アルミンの調合する毒は複雑で、解毒に時間が掛かります。殿下が後宮に来られた目的が、お子の生死の確認であるならば、私に任せて頂きたい」

ルドルフの手には、確かにナイフが握られていた。それは、アルミンがルドルフを攻撃した時のナイフだった。いつ、ルドルフがナイフを回収したのかは分からない。だが、ルドルフは、そのナイフを殿下の背に突き付けていた。

「全く、シュナーベルの連中は厄介だな。カールはこんな連中を相手に、一人で勝負を挑んだのか。負けるのも道理だな。お前もそう思うだろ、マテウス?」

殿下には、密偵から俺とアルミンの会話の報告が上がっている筈だ。つまり、カールを処刑した人間が俺だとばれた訳だ。

もっとも、殿下はヘクトール兄上にカールの処刑を依頼している。俺が処刑に関わっていても、不思議はない筈だ。俺がカールの処刑に関わっていないと判断したのは殿下であり、その判断が間違っていただけだ。

「殿下、マテウス様から離れてください」

「・・俺はソファーに座り結果を待つ」




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