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第四章
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◆◆◆◆◆◆
「マテウス・・お前は、陛下の『妃候補』のお子が死産することを予言した。その予言は的中し、俺は牢獄に繋がれる事を免れた。そして、マテウスはアルテゥールを見て『永遠の妃候補』と呼んだ。お前の予言は、いずれ現実のものとなるだろう。アルテゥールは子を孕む事なく、王城を去ることも出来ぬ哀れな『永遠の妃候補』となる」
「あ、あれは・・予言ではありません」
「俺がこの邸に来たとき、マテウスは陛下の状況をルドルフに確認していたな?あれは、何を意味する質問だ?何かを、予見したのか?陛下の死を先見したのか、マテウス?」
「そのような理由で、陛下の事を尋ねたのではありません。ただ、私は・・、っ!」
ヴェルンハルト殿下が、不意に立ち上がった。そして、俺に近づく。先程まで会話をしていた殿下とはまるで違っていた。俺は、後退りをしていた。
「俺はお前を手放す気はない、マテウス」
「殿下は、私が嫌いな筈です」
「ああ、好きではないな。同族嫌悪だろう。俺とマテウスは似ている。臆病で怖がりで、弱いものに当たり散らす。そうやって、己を保ってきた。お前もそうだろ、マテウス?」
「・・確かにそうです。でも、そんな自分を、私は変えたいのです。ヘクトール兄上を支えるために、自分を変えると己に誓ったのです」
「ヘクトールに支えは必要ない。あいつならば、一人でも狂いはしない。だが、俺は一人では駄目だ。俺には・・国王には支えが必要だ。マテウスとカールの支えがいる。カールは『親友』として俺に仕え、マテウスは『予言者』として俺に仕える。これで、国王は狂王にはならない。弱き民を小動物のように土に埋め、殺す事はしないだろう。支えがあれば、善き国王となるべく俺は努力する」
「ヴェルンハルト殿下!何て、恐ろしいことを・・民は小動物ではありません!」
王太子殿下は、緩やかに嗤った。
「見解の相違だな、マテウス。民も小動物も、大して変わらないと思うがな?だが、殺すのは俺ではない。シュナーベル家だ。穢れたシュナーベル家の処刑人が、民を土に埋め、数日掛けながら、民の首をノコギリで切り落とす。シュナーベルの大地は血に染まり、王国民の怨みにより・・シュナーベルの血脈は、ますます穢れが進むだろう。そう思わないか、マテウス?」
「・・殿下は卑怯です」
「何かを手に入れる為の卑怯は許される」
「どうして、そう言いきれるのですか!」
「俺の産みの親を肯定する為だ。あれは、卑怯な手を使い、後宮に入り父上を誑かした。そして、俺が生まれた。俺の生まれを肯定する為には、産みの親も肯定しなければ成立しない。そうだろ、マテウス?」
殿下と会話が噛み合わない。これ以上の会話は無理だ。俺は扉の外で待機しているであろうルドルフに、助けを求めることにした。
「ルドルフ!」
俺の声に反応して、扉はすぐに開いた。ルドルフは素早い動きで、俺の前に回り込んだ。その手には小さなメスが握られており、俺はぎょっとしてルドルフの事を凝視してしまった。
「ルドルフ・・紅茶と菓子はどうした?給仕を願い出たのはお前の方だぞ?ところで、宦官の医者は、メスでケーキを切り分けるのか?」
「ヴェルンハルト殿下、ケーキを切り分けるには、メスは不向きです。メスは人の皮膚を切る為に存在します。ですが、他にも使い道はございます」
「他の使い道とは?」
王太子殿下は、目を細めながらルドルフを見つめる。ルドルフは構わずに言葉を続けた。
「盗み聞きをするつもりはなかったのですが、マテウス様の別人格のカール殿が残した日記をお探しのようですね?しかし、シュナーベル家現当主のヘクトール様より、鍵と日記を回収するように命じられております」
「はっ、そうきたか!ルドルフとしては、マテウスが日記に気づかぬ内に、カールの日記を回収したかったのだろうな?だが、俺の出現で計画が狂った。違うか、ルドルフ?」
「殿下がカールから、伝言を託されていたとは予想外でした。そして、王太子殿下は律儀にその約束を守ろうとなされている。ですが、鍵と日記は、此方で回収させて頂きます。ヴェルンハルト殿下は、大切な茶会を抜け出してこられたとの事。私の淹れる紅茶を飲んでいる場合ではありませんね?どうぞ、王城にお戻り下さい、王太子殿下」
「待って、ルドルフおじさま!」
「マテウス様、どうされましたか?」
「ヘクトール兄上から、日記の回収を命じられたというのは真実なの?兄上が・・」
ルドルフは俺の言葉に振り返ることはなかった。だが、返事は返ってきた。
「私はヘクトール様より、カール殿の鍵と日記の回収を命じられました。ただ、カール殿が主人格の時には、マテウス様を人質に取られているようなもので、日記の回収には踏み切れませんでした」
「そんなの酷いよ・・兄上もルドルフ様も」
「・・ただ、カール殿の日記の存在をマテウス様に知られた以上は、日記はマテウス様にお渡しすべきと考えております。これは主治医としての判断です。ですから、このメスを持参したのです。メスの別の使い道とは、これです」
ルドルフはそう言うと、ベッドサイドのチェストに向かった。そして、二段目の引出しの鍵穴にメスを差し込んだ。やがて、一分もかからずに鍵は外れた。泥棒か、ルドルフ!?
「マテウス様、日記がありました」
ルドルフは、無造作に引出しから日記を取り出した。何の変哲もない、黒い表紙の書物だった。これがカールの日記・・
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「マテウス・・お前は、陛下の『妃候補』のお子が死産することを予言した。その予言は的中し、俺は牢獄に繋がれる事を免れた。そして、マテウスはアルテゥールを見て『永遠の妃候補』と呼んだ。お前の予言は、いずれ現実のものとなるだろう。アルテゥールは子を孕む事なく、王城を去ることも出来ぬ哀れな『永遠の妃候補』となる」
「あ、あれは・・予言ではありません」
「俺がこの邸に来たとき、マテウスは陛下の状況をルドルフに確認していたな?あれは、何を意味する質問だ?何かを、予見したのか?陛下の死を先見したのか、マテウス?」
「そのような理由で、陛下の事を尋ねたのではありません。ただ、私は・・、っ!」
ヴェルンハルト殿下が、不意に立ち上がった。そして、俺に近づく。先程まで会話をしていた殿下とはまるで違っていた。俺は、後退りをしていた。
「俺はお前を手放す気はない、マテウス」
「殿下は、私が嫌いな筈です」
「ああ、好きではないな。同族嫌悪だろう。俺とマテウスは似ている。臆病で怖がりで、弱いものに当たり散らす。そうやって、己を保ってきた。お前もそうだろ、マテウス?」
「・・確かにそうです。でも、そんな自分を、私は変えたいのです。ヘクトール兄上を支えるために、自分を変えると己に誓ったのです」
「ヘクトールに支えは必要ない。あいつならば、一人でも狂いはしない。だが、俺は一人では駄目だ。俺には・・国王には支えが必要だ。マテウスとカールの支えがいる。カールは『親友』として俺に仕え、マテウスは『予言者』として俺に仕える。これで、国王は狂王にはならない。弱き民を小動物のように土に埋め、殺す事はしないだろう。支えがあれば、善き国王となるべく俺は努力する」
「ヴェルンハルト殿下!何て、恐ろしいことを・・民は小動物ではありません!」
王太子殿下は、緩やかに嗤った。
「見解の相違だな、マテウス。民も小動物も、大して変わらないと思うがな?だが、殺すのは俺ではない。シュナーベル家だ。穢れたシュナーベル家の処刑人が、民を土に埋め、数日掛けながら、民の首をノコギリで切り落とす。シュナーベルの大地は血に染まり、王国民の怨みにより・・シュナーベルの血脈は、ますます穢れが進むだろう。そう思わないか、マテウス?」
「・・殿下は卑怯です」
「何かを手に入れる為の卑怯は許される」
「どうして、そう言いきれるのですか!」
「俺の産みの親を肯定する為だ。あれは、卑怯な手を使い、後宮に入り父上を誑かした。そして、俺が生まれた。俺の生まれを肯定する為には、産みの親も肯定しなければ成立しない。そうだろ、マテウス?」
殿下と会話が噛み合わない。これ以上の会話は無理だ。俺は扉の外で待機しているであろうルドルフに、助けを求めることにした。
「ルドルフ!」
俺の声に反応して、扉はすぐに開いた。ルドルフは素早い動きで、俺の前に回り込んだ。その手には小さなメスが握られており、俺はぎょっとしてルドルフの事を凝視してしまった。
「ルドルフ・・紅茶と菓子はどうした?給仕を願い出たのはお前の方だぞ?ところで、宦官の医者は、メスでケーキを切り分けるのか?」
「ヴェルンハルト殿下、ケーキを切り分けるには、メスは不向きです。メスは人の皮膚を切る為に存在します。ですが、他にも使い道はございます」
「他の使い道とは?」
王太子殿下は、目を細めながらルドルフを見つめる。ルドルフは構わずに言葉を続けた。
「盗み聞きをするつもりはなかったのですが、マテウス様の別人格のカール殿が残した日記をお探しのようですね?しかし、シュナーベル家現当主のヘクトール様より、鍵と日記を回収するように命じられております」
「はっ、そうきたか!ルドルフとしては、マテウスが日記に気づかぬ内に、カールの日記を回収したかったのだろうな?だが、俺の出現で計画が狂った。違うか、ルドルフ?」
「殿下がカールから、伝言を託されていたとは予想外でした。そして、王太子殿下は律儀にその約束を守ろうとなされている。ですが、鍵と日記は、此方で回収させて頂きます。ヴェルンハルト殿下は、大切な茶会を抜け出してこられたとの事。私の淹れる紅茶を飲んでいる場合ではありませんね?どうぞ、王城にお戻り下さい、王太子殿下」
「待って、ルドルフおじさま!」
「マテウス様、どうされましたか?」
「ヘクトール兄上から、日記の回収を命じられたというのは真実なの?兄上が・・」
ルドルフは俺の言葉に振り返ることはなかった。だが、返事は返ってきた。
「私はヘクトール様より、カール殿の鍵と日記の回収を命じられました。ただ、カール殿が主人格の時には、マテウス様を人質に取られているようなもので、日記の回収には踏み切れませんでした」
「そんなの酷いよ・・兄上もルドルフ様も」
「・・ただ、カール殿の日記の存在をマテウス様に知られた以上は、日記はマテウス様にお渡しすべきと考えております。これは主治医としての判断です。ですから、このメスを持参したのです。メスの別の使い道とは、これです」
ルドルフはそう言うと、ベッドサイドのチェストに向かった。そして、二段目の引出しの鍵穴にメスを差し込んだ。やがて、一分もかからずに鍵は外れた。泥棒か、ルドルフ!?
「マテウス様、日記がありました」
ルドルフは、無造作に引出しから日記を取り出した。何の変哲もない、黒い表紙の書物だった。これがカールの日記・・
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