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第四章
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◆◆◆◆◆◆
全身に甘い痺れを感じて、カールは目を覚ました。目覚めたカールは、一瞬自分がどこにいるのか、分からなかった。
何故なら、紫の花を開花させたシルフィウムの花畑が、どこまでも広がっていたからだ。カールは目を一度閉じた。そして、ゆっくりと開いた。再度開いたカールの眼差しにも、紫の色彩が写り込んでいた。
「シルフィウムの花畑だ!いや、花弁が紫だから、シルフィウムの亜種の花畑かな?」
上空を見上げると、そこには相変わらず灰色の空が広がっていた。でも、紫の花びらが上空に舞い、灰色の世界が紫色に霞んでいた。
「綺麗だな・・」
カールはシルフィウムの色彩に目を奪われ、そのまま地面に転がった。さわさわと優しく草花が揺れる。思わず笑顔が漏れた。
「んっ!?」
その時、また体に甘い痺れを感じて、カールは身を起こした。カールは首を傾げて、周囲を見回す。だが、美しいシルフィウムの花畑以外は何もなかった。
『殿下・・』
『なんだ、マテウス?』
カールは、突然聞こえた『マテウス』の声に体を震わせた。カールはそこでようやく『マテウス』と無理矢理に、人格を交代した事を思い出した。
◇◇◇
『殿下・・射精は一回の約束です』
『体内に出したのは一回だけだろ?だが、勃起が止まらないのだから、マテウスが責任をとるべきだ。俺を、煽りに煽ったのだからな』
『だからって・・顔に掛けますか、普通?』
『マテウスが、気を失いかけていたからだ。だから、顔に掛けた。目が覚めただろ?殴ってもよかったが・・痛いのは嫌だろ、マテウス?さて、ゲームは終了した』
『シュナーベル家に、にいさまの元に、帰りたい。わたし、帰りたいです・・殿下』
『孕んでいなければ、すぐにシュナーベルの家に返してやる。だが、孕んでいる場合は、後宮ですごせ。ファビアンも喜ぶだろう』
『ファビアン殿下は、どこにいらっしゃいますか?私は殿下に謝らないと・・』
『ファビアンなら、この邸の裏庭に隠れているところを俺が見つけた。その時に、あいつがマテウスを、収納家具に閉じ込めた事を聞いた』
『そうですか。殿下が無事でよかった』
『・・そうか。マテウスはファビアンの裏切りを知らないのか。収納家具から出たときは、カールだったからな』
『ファビアン殿下が・・裏切った?』
『そうだ。ファビアンは、己の願いを叶えるために、俺の指示に従った。収納家具に閉じ込めたのは予想外だったが、後宮の門限までマテウスを足止めすることに成功した。成功報酬をファビアンにやらねばな』
『ファビアン殿下の願いとは何だったのですか?教えてください、ヴェルンハルト殿下!』
『中々に無茶な願いだが・・ファビアンはマテウスを、己の産みの親にしたいらしい。随分と懐かれたな、マテウス。ファビアンは本物の産みの親より、お前が欲しいらしい』
『ファビアン殿下・・あぁ・・』
『マテウス、泣いている場合ではないぞ?ファビアンに、裸に精液まみれの姿は見られたくはないだろ?邸の一階には、後宮の孕み子が待機している。側室の扱いには慣れているから、彼らに全てをまかせろ、マテウス』
『私は側室ではありません、殿下』
『ああ、そうだったな。だが、お前を世話する孕み子たちは、お前を側室と思い世話をするだろう。それだけのことだ。さて、俺はこれから王城に戻り・・妃候補のアルトゥールを抱かねばならない。王太子の義務だが、疲れる』
『このような馬鹿らしいゲームを、殿下が仕掛けるから疲れるのです。疲れているからといって、アルトゥール様に当たらず、大切に扱って下さいね、殿下』
『嫉妬もなしか、マテウス。まあいい・・俺は行く。また来る、マテウス』
『・・・』
『返事をしろ、マテウス』
『行ってらっしゃいませ、殿下』
『ああ、行ってくる』
◇◇◇
カールは会話を全て耳にして、その場に蹲った。涙が止まらなくなったカールは、風にゆれるシルフィウムを引きちぎり口に含んだ。
「マテウス、マテウス!」
本来のシルフィウムは黄色の花を咲かせる。この花は紫の花弁だ。シルフィウムの亜種ではないのかもしれない。それでも、カールは花弁をいくつも口に含み飲み込んだ。
「僕は、本当は、マテウスに孕んでなんて欲しくなかった!ヘクトール兄上の子供なんて、欲しくなかった!子供なんて、流れればいい!」
もしも、シルフィウムと同じく堕胎の効能があるのならば、腹の子は流れればいい。カールはそう思いながら、紫の花弁を口に含み続けた。
「マテウス、僕だけのマテウス。僕はここにいる。僕を忘れないで、マテウス!」
『カール?』
不意にカールを呼ぶ声が聞こえた。カールは体を震わせながら、その人の名前を呼んだ。
「マテウス!」
『声が・・よく聞こえないよ、カール。私、気を失いそうで・・ねえ、カールに会いに行くから、私を見つけてくれる。カール?カール?』
「見つけるよ!早くおいで、マテウス!灰色の世界が、紫の花でいっぱいなんだ!綺麗だよ!だから、早くおいで。マテウス!」
『カール、聞こえている?』
カールは、紫の花咲く草原を走り出した。カールは感覚を研ぎすませながら、マテウスを探す。
「マテウス、聞こえているよ!僕はここにいるよ。マテウス!マテウス!」
きっと見つけると心に想いを刻み、カールはマテウスの名を叫び続けた。
「マテウスーー!」
◆◆◆◆◆◆
全身に甘い痺れを感じて、カールは目を覚ました。目覚めたカールは、一瞬自分がどこにいるのか、分からなかった。
何故なら、紫の花を開花させたシルフィウムの花畑が、どこまでも広がっていたからだ。カールは目を一度閉じた。そして、ゆっくりと開いた。再度開いたカールの眼差しにも、紫の色彩が写り込んでいた。
「シルフィウムの花畑だ!いや、花弁が紫だから、シルフィウムの亜種の花畑かな?」
上空を見上げると、そこには相変わらず灰色の空が広がっていた。でも、紫の花びらが上空に舞い、灰色の世界が紫色に霞んでいた。
「綺麗だな・・」
カールはシルフィウムの色彩に目を奪われ、そのまま地面に転がった。さわさわと優しく草花が揺れる。思わず笑顔が漏れた。
「んっ!?」
その時、また体に甘い痺れを感じて、カールは身を起こした。カールは首を傾げて、周囲を見回す。だが、美しいシルフィウムの花畑以外は何もなかった。
『殿下・・』
『なんだ、マテウス?』
カールは、突然聞こえた『マテウス』の声に体を震わせた。カールはそこでようやく『マテウス』と無理矢理に、人格を交代した事を思い出した。
◇◇◇
『殿下・・射精は一回の約束です』
『体内に出したのは一回だけだろ?だが、勃起が止まらないのだから、マテウスが責任をとるべきだ。俺を、煽りに煽ったのだからな』
『だからって・・顔に掛けますか、普通?』
『マテウスが、気を失いかけていたからだ。だから、顔に掛けた。目が覚めただろ?殴ってもよかったが・・痛いのは嫌だろ、マテウス?さて、ゲームは終了した』
『シュナーベル家に、にいさまの元に、帰りたい。わたし、帰りたいです・・殿下』
『孕んでいなければ、すぐにシュナーベルの家に返してやる。だが、孕んでいる場合は、後宮ですごせ。ファビアンも喜ぶだろう』
『ファビアン殿下は、どこにいらっしゃいますか?私は殿下に謝らないと・・』
『ファビアンなら、この邸の裏庭に隠れているところを俺が見つけた。その時に、あいつがマテウスを、収納家具に閉じ込めた事を聞いた』
『そうですか。殿下が無事でよかった』
『・・そうか。マテウスはファビアンの裏切りを知らないのか。収納家具から出たときは、カールだったからな』
『ファビアン殿下が・・裏切った?』
『そうだ。ファビアンは、己の願いを叶えるために、俺の指示に従った。収納家具に閉じ込めたのは予想外だったが、後宮の門限までマテウスを足止めすることに成功した。成功報酬をファビアンにやらねばな』
『ファビアン殿下の願いとは何だったのですか?教えてください、ヴェルンハルト殿下!』
『中々に無茶な願いだが・・ファビアンはマテウスを、己の産みの親にしたいらしい。随分と懐かれたな、マテウス。ファビアンは本物の産みの親より、お前が欲しいらしい』
『ファビアン殿下・・あぁ・・』
『マテウス、泣いている場合ではないぞ?ファビアンに、裸に精液まみれの姿は見られたくはないだろ?邸の一階には、後宮の孕み子が待機している。側室の扱いには慣れているから、彼らに全てをまかせろ、マテウス』
『私は側室ではありません、殿下』
『ああ、そうだったな。だが、お前を世話する孕み子たちは、お前を側室と思い世話をするだろう。それだけのことだ。さて、俺はこれから王城に戻り・・妃候補のアルトゥールを抱かねばならない。王太子の義務だが、疲れる』
『このような馬鹿らしいゲームを、殿下が仕掛けるから疲れるのです。疲れているからといって、アルトゥール様に当たらず、大切に扱って下さいね、殿下』
『嫉妬もなしか、マテウス。まあいい・・俺は行く。また来る、マテウス』
『・・・』
『返事をしろ、マテウス』
『行ってらっしゃいませ、殿下』
『ああ、行ってくる』
◇◇◇
カールは会話を全て耳にして、その場に蹲った。涙が止まらなくなったカールは、風にゆれるシルフィウムを引きちぎり口に含んだ。
「マテウス、マテウス!」
本来のシルフィウムは黄色の花を咲かせる。この花は紫の花弁だ。シルフィウムの亜種ではないのかもしれない。それでも、カールは花弁をいくつも口に含み飲み込んだ。
「僕は、本当は、マテウスに孕んでなんて欲しくなかった!ヘクトール兄上の子供なんて、欲しくなかった!子供なんて、流れればいい!」
もしも、シルフィウムと同じく堕胎の効能があるのならば、腹の子は流れればいい。カールはそう思いながら、紫の花弁を口に含み続けた。
「マテウス、僕だけのマテウス。僕はここにいる。僕を忘れないで、マテウス!」
『カール?』
不意にカールを呼ぶ声が聞こえた。カールは体を震わせながら、その人の名前を呼んだ。
「マテウス!」
『声が・・よく聞こえないよ、カール。私、気を失いそうで・・ねえ、カールに会いに行くから、私を見つけてくれる。カール?カール?』
「見つけるよ!早くおいで、マテウス!灰色の世界が、紫の花でいっぱいなんだ!綺麗だよ!だから、早くおいで。マテウス!」
『カール、聞こえている?』
カールは、紫の花咲く草原を走り出した。カールは感覚を研ぎすませながら、マテウスを探す。
「マテウス、聞こえているよ!僕はここにいるよ。マテウス!マテウス!」
きっと見つけると心に想いを刻み、カールはマテウスの名を叫び続けた。
「マテウスーー!」
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