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第四章
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◆◆◆◆◆◆
誰の声だろうか?
誰かが、俺の名を呼んでいる。しかも、なんだか・・怒っているみたい。やだなぁ、目覚めたくないなあ。
もう少し、灰色の世界で眠っていては駄目?俺は少し、疲れているのだけれど。駄目なのかな?何もかも忘れて、しばらく眠っていたい。
眠っていたいのに、やっぱり誰かが俺の名を呼んでいる。もう・・仕方ないな。俺はゆっくりと深い眠りから浮上していった。
「え?」
俺は灰色の世界で目覚めた。そして、その光景に目を見張った。灰色の世界に霧雨の如く、紫の花弁が降り注いでいる。灰色の世界が、淡く紫色に染まっていた。
俺は上半身を起こして、怠惰の衣装が紫の花弁で彩られている事に気がついた。美しい色彩に目を奪われながらも、俺は花びらを優しく払いのけた。
すると、衣装の裾に施された『シルフィウム』の繊細な刺繍が現れた。俺はその刺繍に触れながら呟いていた。
「どうして、灰色の世界に紫の花びらが降っているのかな?これって、前庭で手折った草花の花弁だよね?あ、そうだ!ヘクトール兄上に、この花を調べてもらわないと。もしも、この草花が『シルフィウム』の亜種なら、きっと妊娠を望まない孕み子の助けになる。特に、植民地の孕み子には需要があるはず」
弱毒性の『シルフィウム』は、比較的安全に避妊と堕胎が出来た為に、人々の採取の対象となり・・そして、絶滅してしまった。でも、これが『シルフィウム』の亜種ならば、同様の効能が期待できる。
「兄上に頼んで調べて貰わないと。それに、これが栽培出来たなら、シュナーベル家の大きな収入源になる。何より、孕み子は・・子を孕むか、孕まないかを、己で決める手段を手にすべきだよ。きっと、それが正しい」
不意に嵐のような風が灰色の世界に吹いた。紫の花弁が、一気に上空に舞う。俺は風にあおられながら、なんとか立ち上がった。
吹き荒れる風が、誰かの声を運んできた。
『カールを犠牲にする『マテウス』には、苛立ちしか感じない。卑怯な『マテウス』を目覚めさせる!起きろ、マテウス!『カール』を何度も犠牲にするな!』
「え?」
『説明なら何度でもしてやる。マテウスを目覚めさせて、理解するまで何度でも説明してやる。そして、マテウスを抱く!マテウス、目覚めろ!マテウス、マテウス、マテウス!!』
「ヴェルンハルト殿下の声?どうして、殿下の声が聞こえるの?それに、すごく怒っている」
急に不安になってきて、俺はカールの名を呼んでいた。
「カール!私の声が聞こえてる?聞こえているなら返事をして、カール!カール?ねえ、カール、私の声が聞こえないの?何が起こっているの?殿下の声が聞こえるよ?ねえ、カール!」
吹き荒れる紫の花弁が口に入ったが気にしなかった。なんども、なんども、カールを呼んだ。
やがて、カールの焦った声が聞こえた。
『マテウス、駄目だ!僕が殿下の相手をする!僕に君を守らせて。出てこないで。僕を信じて、マテウス!僕は外に出られて幸せなんだ!セックスだって楽しめるよ!きっと、きっと!マテウス、起きないで。マテウス、僕に任せて。マテウス、起きるな!!』
カールは大きな声で叫んでいた。カールは俺に、表に出てくるなと言う。でも、ただ事ではないことは明らかだった。
嵐のような風がいっそう激しくなり、紫の花弁が風に舞い目を開いていることさえ辛い。
「カール!」
灰色の世界の異変は・・きっと、カールの心の乱れと繋がっている。カールの心身に何かが起こっているに違いない。激しい風が叫び声を奪うが、俺は力一杯に叫んでいた。
「カール!交代して!私が、表に出る。カールは中に戻って。お願い、カール!カール!」
◇◇◇
「カール!」
俺は叫び声をあげながら、ベッドの上で目を覚ました。
目覚めて最初に認識したものは、ヴェルンハルト殿下の顔であった。理由は分からないが、殿下は俺をベッドに押し倒し、覆い被さっていた。なんだろう、この状態は?意味不明だ。
「殿下、何をなさっているのですか?」
「・・・」
殿下に尋ねたが、返事は無言だった。まあ、殿下自体が意味不明な人物なので、殿下らしい行為ともいえる。だが、容認できるかと問われたなら、否だ。
それにしても、殿下がじろじろと俺の事を探るように、顔を見つめてくる。実に、不愉快だ。
「ヴェルンハルト殿下?」
「・・・」
また、無言の返事。いい加減に、苛立ちが募ってきた。堪え性が無いことは、俺自身も分かっている。だが、何かを言わずにはいられなかった。
俺は不快感を表情に浮かべて口を開いた。すると、殿下への嫌味が、止まらなくなってしまった。言葉がするすると口から溢れ出る。
「ヴェルンハルト殿下、何をなさっているのですか?もしや、殿下の目と脳に・・不具合が起きているのでは?もしも、殿下の目の前のマテウスが、ムキムキ筋肉質の側近の如く見えているとするならば・・その視覚的情報は、脳が誤って作り出した幻に過ぎません。ムキムキ筋肉質のマテウスは、残念ながら存在しておりません。潔く諦めて下さい、ヴェルンハルト殿下」
「お前が俺の好みの、ムキムキ体型で無いことは・・十分に理解している。しかも、顔も好みではない。それにも関わらず、俺はマテウスを、抱きたいと思っている。これは、もはやシュナーベル家の呪いとしか思えない。そう思わないか、マテウス?」
「・・何を仰っているのですか、殿下?『シュナーベル家の呪い』とは、あまりに失礼な言葉です。殿下には、謝って頂きたいところですが・・無理そうなので、もう結構です。さあ、私から離れてください、ヴェルンハルト殿下」
ヴェルンハルト殿下が目を細めて、俺の表情を伺う。俺は何も言わずに時を待つ。
◆◆◆◆◆◆
誰の声だろうか?
誰かが、俺の名を呼んでいる。しかも、なんだか・・怒っているみたい。やだなぁ、目覚めたくないなあ。
もう少し、灰色の世界で眠っていては駄目?俺は少し、疲れているのだけれど。駄目なのかな?何もかも忘れて、しばらく眠っていたい。
眠っていたいのに、やっぱり誰かが俺の名を呼んでいる。もう・・仕方ないな。俺はゆっくりと深い眠りから浮上していった。
「え?」
俺は灰色の世界で目覚めた。そして、その光景に目を見張った。灰色の世界に霧雨の如く、紫の花弁が降り注いでいる。灰色の世界が、淡く紫色に染まっていた。
俺は上半身を起こして、怠惰の衣装が紫の花弁で彩られている事に気がついた。美しい色彩に目を奪われながらも、俺は花びらを優しく払いのけた。
すると、衣装の裾に施された『シルフィウム』の繊細な刺繍が現れた。俺はその刺繍に触れながら呟いていた。
「どうして、灰色の世界に紫の花びらが降っているのかな?これって、前庭で手折った草花の花弁だよね?あ、そうだ!ヘクトール兄上に、この花を調べてもらわないと。もしも、この草花が『シルフィウム』の亜種なら、きっと妊娠を望まない孕み子の助けになる。特に、植民地の孕み子には需要があるはず」
弱毒性の『シルフィウム』は、比較的安全に避妊と堕胎が出来た為に、人々の採取の対象となり・・そして、絶滅してしまった。でも、これが『シルフィウム』の亜種ならば、同様の効能が期待できる。
「兄上に頼んで調べて貰わないと。それに、これが栽培出来たなら、シュナーベル家の大きな収入源になる。何より、孕み子は・・子を孕むか、孕まないかを、己で決める手段を手にすべきだよ。きっと、それが正しい」
不意に嵐のような風が灰色の世界に吹いた。紫の花弁が、一気に上空に舞う。俺は風にあおられながら、なんとか立ち上がった。
吹き荒れる風が、誰かの声を運んできた。
『カールを犠牲にする『マテウス』には、苛立ちしか感じない。卑怯な『マテウス』を目覚めさせる!起きろ、マテウス!『カール』を何度も犠牲にするな!』
「え?」
『説明なら何度でもしてやる。マテウスを目覚めさせて、理解するまで何度でも説明してやる。そして、マテウスを抱く!マテウス、目覚めろ!マテウス、マテウス、マテウス!!』
「ヴェルンハルト殿下の声?どうして、殿下の声が聞こえるの?それに、すごく怒っている」
急に不安になってきて、俺はカールの名を呼んでいた。
「カール!私の声が聞こえてる?聞こえているなら返事をして、カール!カール?ねえ、カール、私の声が聞こえないの?何が起こっているの?殿下の声が聞こえるよ?ねえ、カール!」
吹き荒れる紫の花弁が口に入ったが気にしなかった。なんども、なんども、カールを呼んだ。
やがて、カールの焦った声が聞こえた。
『マテウス、駄目だ!僕が殿下の相手をする!僕に君を守らせて。出てこないで。僕を信じて、マテウス!僕は外に出られて幸せなんだ!セックスだって楽しめるよ!きっと、きっと!マテウス、起きないで。マテウス、僕に任せて。マテウス、起きるな!!』
カールは大きな声で叫んでいた。カールは俺に、表に出てくるなと言う。でも、ただ事ではないことは明らかだった。
嵐のような風がいっそう激しくなり、紫の花弁が風に舞い目を開いていることさえ辛い。
「カール!」
灰色の世界の異変は・・きっと、カールの心の乱れと繋がっている。カールの心身に何かが起こっているに違いない。激しい風が叫び声を奪うが、俺は力一杯に叫んでいた。
「カール!交代して!私が、表に出る。カールは中に戻って。お願い、カール!カール!」
◇◇◇
「カール!」
俺は叫び声をあげながら、ベッドの上で目を覚ました。
目覚めて最初に認識したものは、ヴェルンハルト殿下の顔であった。理由は分からないが、殿下は俺をベッドに押し倒し、覆い被さっていた。なんだろう、この状態は?意味不明だ。
「殿下、何をなさっているのですか?」
「・・・」
殿下に尋ねたが、返事は無言だった。まあ、殿下自体が意味不明な人物なので、殿下らしい行為ともいえる。だが、容認できるかと問われたなら、否だ。
それにしても、殿下がじろじろと俺の事を探るように、顔を見つめてくる。実に、不愉快だ。
「ヴェルンハルト殿下?」
「・・・」
また、無言の返事。いい加減に、苛立ちが募ってきた。堪え性が無いことは、俺自身も分かっている。だが、何かを言わずにはいられなかった。
俺は不快感を表情に浮かべて口を開いた。すると、殿下への嫌味が、止まらなくなってしまった。言葉がするすると口から溢れ出る。
「ヴェルンハルト殿下、何をなさっているのですか?もしや、殿下の目と脳に・・不具合が起きているのでは?もしも、殿下の目の前のマテウスが、ムキムキ筋肉質の側近の如く見えているとするならば・・その視覚的情報は、脳が誤って作り出した幻に過ぎません。ムキムキ筋肉質のマテウスは、残念ながら存在しておりません。潔く諦めて下さい、ヴェルンハルト殿下」
「お前が俺の好みの、ムキムキ体型で無いことは・・十分に理解している。しかも、顔も好みではない。それにも関わらず、俺はマテウスを、抱きたいと思っている。これは、もはやシュナーベル家の呪いとしか思えない。そう思わないか、マテウス?」
「・・何を仰っているのですか、殿下?『シュナーベル家の呪い』とは、あまりに失礼な言葉です。殿下には、謝って頂きたいところですが・・無理そうなので、もう結構です。さあ、私から離れてください、ヴェルンハルト殿下」
ヴェルンハルト殿下が目を細めて、俺の表情を伺う。俺は何も言わずに時を待つ。
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