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第四章
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◆◆◆◆◆◆
ヴェルンハルトの言葉に、カールは苦笑いを浮かべた。
「殿下、マテウスにも葛藤があったのです。カールの助けが必要だから、マテウスはカールから離れられなかった。だけど、マテウスに独占的に接するカールに息苦しさを感じて・・マテウスは、追い詰められていきました。マテウスが逃れる先は、自分の中にしかなかったのです。マテウスは幼く、逃げ道を他に見つけられなかったのです、殿下」
ヴェルンハルトは、目を細めて『マテウス』を観察しながら口を開いた。
「孕み子は精神が脆いからな。マテウスが孕み子であった事も、別人格を作り上げる原因になったのかも知れない。そうは思わないか、『カール』?」
殿下の言葉に、カールは僅かに微笑んだ。そして、会話を再開した。
「そうかもしれませんね、殿下。それ以外にも、要因は幾つかあったと思います。言葉が自由に出せないマテウスが、心の中では自由に会話ができたことも・・大きく影響しました。だからこそ、マテウスは心の中に『カール』を作り上げたのでしょうね。自分を束縛しない、心の中の『カール』に、マテウスは毎日のように会いに来た。マテウスは、『カール』に自分の辛さや、息苦しさ、あらゆる愚痴をぶちまけました」
「やはりマテウスは、自分勝手な奴だな」
「だけど、それだけじゃなかったのです。マテウスは、心の中の『カール』を愛してくれました。現実の弟に向かう筈だった愛情を、マテウスは『僕』に向けてくれた。まだ、恋も知らない幼い孕み子の愛情が、『僕』に向けられた。それはとても温かく、心の中の『カール』に感情を与えてくれた。二人で過ごした兄弟は、互いに惹かれあいながらも・・結ばれることはなかった。でも、だからこそ、『カール』が生まれました。『カール』はマテウスが弟に恋した証なのです。淡い、淡い、恋の証です」
「はっ、マテウスの別人格だけのことはある。お前も雄弁に語るじゃないか?それも、綺麗事を並べて・・吐き気がする。だが、何故かな?お前は確かに、どこかが、マテウスとは異なっている気がする。ふん、認めてやってもいいぞ、『カール』」
「殿下が信じて下さるとは・・意外です」
「つまらない作り話より、面白い作り話の方が好きなだけだ。それに、お前が『マテウス』であろうと『カール』であろうと、どうでもいいことだ。もしも、お前が死んだカールだと主張したなら・・殴っていただろうがな。ふん、では、カールと呼べばいいか?」
「カールと呼んでください。今は、マテウスは僕の中で眠っています。殿下、マテウスに聞かれたくない質問を今からします。質問に答えて下さいますか、ヴェルンハルト殿下?」
ヴェルンハルトは、興味深そうな表情を浮かべる。カールを見つめながら口を開いた。
「マテウスは、この会話を聞いていないのか?ふん、それは残念だ。で、何を聞きたい?」
カールは、ヴェルンハルトの目をまっすぐに見つめる。そして、ゆっくりとした口調で殿下に質問をした。
「ファビアン殿下は王太子殿下に加担して、マテウスを罠に嵌めたのですか?」
殿下はカールの質問に、鼻で笑って答える。
「俺がファビアンに、執務室内で指示書を渡した事を覚えているか?ん、あの時はマテウスが表に出ていたな。ならば、お前は眠っていたはずだな、カール?」
「僕の存在にマテウスが気が付いたのは、ごく最近の事です。僕はヘクトール兄上に消される事を恐れて・・息を潜めてマテウスの奥深くで生きてきました。その為なのか、マテウスが目覚めている間の出来事は、大抵は把握しています。今は、マテウスの心が弱り・・中で眠っています。だから、僕が表面に出ているだけです。マテウスが認めてくれない限りは、僕は表には出られませんから」
ヴェルンハルトは皮肉な笑みを浮かべる。
「不自由なものだな、カール?まあ、お前が指示書の件を覚えているなら話を続けよう。ファビアンには、『後宮の門限が過ぎるまで、マテウスを邸に留めるように』と書いた指示書を渡した。ただし、お前を収納家具に閉じ込めたのは、ファビアンの意志だ。中々に、大胆なやり方だと思わないか、カール?」
カールは顔を歪めて、ヴェルンハルトを見つめた。やがて、静かな口調でカールは言葉を紡いだ。その声には、怒りが滲んでいた。
「やはり・・ヴェルンハルト殿下が、関わっていましたか。ファビアン殿下が激しく動揺していたのは、その指示書のせいだったのですね」
「あいつは、そんなに動揺していたのか?」
「ええ、酷く動揺していました。でも、弟に虐められて逃げ出した事だけが、ファビアン殿下の心を・・追い詰めていた訳ではなかった。殿下は、実の息子に酷いことをなさいますね?」
「ファビアンは、ヘロルドに虐められて逃げ出したのか?兄が弟から逃げ出すとは情けない。だが、そんな小心者のファビアンが、マテウスを収納家具に閉じ込めるのだから・・人間の行動は予想がつかない。まあ、そこが人間の面白いどころだがな」
ヴェルンハルトは、ニヤリと笑いながらカールの頬を撫でた。カールは無言で応じる。その反応を楽しむように、ヴェルンハルトはゆっくりと口を開いた。
「さて、そろそろ本題に入ろうか、カール?」
「『マテウス』を不当に後宮に留めた言い訳を、今から為さる訳ですね?納得できる内容だとは、到底思えませんが・・」
カールは嫌味を込めて、返事した。
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ヴェルンハルトの言葉に、カールは苦笑いを浮かべた。
「殿下、マテウスにも葛藤があったのです。カールの助けが必要だから、マテウスはカールから離れられなかった。だけど、マテウスに独占的に接するカールに息苦しさを感じて・・マテウスは、追い詰められていきました。マテウスが逃れる先は、自分の中にしかなかったのです。マテウスは幼く、逃げ道を他に見つけられなかったのです、殿下」
ヴェルンハルトは、目を細めて『マテウス』を観察しながら口を開いた。
「孕み子は精神が脆いからな。マテウスが孕み子であった事も、別人格を作り上げる原因になったのかも知れない。そうは思わないか、『カール』?」
殿下の言葉に、カールは僅かに微笑んだ。そして、会話を再開した。
「そうかもしれませんね、殿下。それ以外にも、要因は幾つかあったと思います。言葉が自由に出せないマテウスが、心の中では自由に会話ができたことも・・大きく影響しました。だからこそ、マテウスは心の中に『カール』を作り上げたのでしょうね。自分を束縛しない、心の中の『カール』に、マテウスは毎日のように会いに来た。マテウスは、『カール』に自分の辛さや、息苦しさ、あらゆる愚痴をぶちまけました」
「やはりマテウスは、自分勝手な奴だな」
「だけど、それだけじゃなかったのです。マテウスは、心の中の『カール』を愛してくれました。現実の弟に向かう筈だった愛情を、マテウスは『僕』に向けてくれた。まだ、恋も知らない幼い孕み子の愛情が、『僕』に向けられた。それはとても温かく、心の中の『カール』に感情を与えてくれた。二人で過ごした兄弟は、互いに惹かれあいながらも・・結ばれることはなかった。でも、だからこそ、『カール』が生まれました。『カール』はマテウスが弟に恋した証なのです。淡い、淡い、恋の証です」
「はっ、マテウスの別人格だけのことはある。お前も雄弁に語るじゃないか?それも、綺麗事を並べて・・吐き気がする。だが、何故かな?お前は確かに、どこかが、マテウスとは異なっている気がする。ふん、認めてやってもいいぞ、『カール』」
「殿下が信じて下さるとは・・意外です」
「つまらない作り話より、面白い作り話の方が好きなだけだ。それに、お前が『マテウス』であろうと『カール』であろうと、どうでもいいことだ。もしも、お前が死んだカールだと主張したなら・・殴っていただろうがな。ふん、では、カールと呼べばいいか?」
「カールと呼んでください。今は、マテウスは僕の中で眠っています。殿下、マテウスに聞かれたくない質問を今からします。質問に答えて下さいますか、ヴェルンハルト殿下?」
ヴェルンハルトは、興味深そうな表情を浮かべる。カールを見つめながら口を開いた。
「マテウスは、この会話を聞いていないのか?ふん、それは残念だ。で、何を聞きたい?」
カールは、ヴェルンハルトの目をまっすぐに見つめる。そして、ゆっくりとした口調で殿下に質問をした。
「ファビアン殿下は王太子殿下に加担して、マテウスを罠に嵌めたのですか?」
殿下はカールの質問に、鼻で笑って答える。
「俺がファビアンに、執務室内で指示書を渡した事を覚えているか?ん、あの時はマテウスが表に出ていたな。ならば、お前は眠っていたはずだな、カール?」
「僕の存在にマテウスが気が付いたのは、ごく最近の事です。僕はヘクトール兄上に消される事を恐れて・・息を潜めてマテウスの奥深くで生きてきました。その為なのか、マテウスが目覚めている間の出来事は、大抵は把握しています。今は、マテウスの心が弱り・・中で眠っています。だから、僕が表面に出ているだけです。マテウスが認めてくれない限りは、僕は表には出られませんから」
ヴェルンハルトは皮肉な笑みを浮かべる。
「不自由なものだな、カール?まあ、お前が指示書の件を覚えているなら話を続けよう。ファビアンには、『後宮の門限が過ぎるまで、マテウスを邸に留めるように』と書いた指示書を渡した。ただし、お前を収納家具に閉じ込めたのは、ファビアンの意志だ。中々に、大胆なやり方だと思わないか、カール?」
カールは顔を歪めて、ヴェルンハルトを見つめた。やがて、静かな口調でカールは言葉を紡いだ。その声には、怒りが滲んでいた。
「やはり・・ヴェルンハルト殿下が、関わっていましたか。ファビアン殿下が激しく動揺していたのは、その指示書のせいだったのですね」
「あいつは、そんなに動揺していたのか?」
「ええ、酷く動揺していました。でも、弟に虐められて逃げ出した事だけが、ファビアン殿下の心を・・追い詰めていた訳ではなかった。殿下は、実の息子に酷いことをなさいますね?」
「ファビアンは、ヘロルドに虐められて逃げ出したのか?兄が弟から逃げ出すとは情けない。だが、そんな小心者のファビアンが、マテウスを収納家具に閉じ込めるのだから・・人間の行動は予想がつかない。まあ、そこが人間の面白いどころだがな」
ヴェルンハルトは、ニヤリと笑いながらカールの頬を撫でた。カールは無言で応じる。その反応を楽しむように、ヴェルンハルトはゆっくりと口を開いた。
「さて、そろそろ本題に入ろうか、カール?」
「『マテウス』を不当に後宮に留めた言い訳を、今から為さる訳ですね?納得できる内容だとは、到底思えませんが・・」
カールは嫌味を込めて、返事した。
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