143 / 239
第四章
178
しおりを挟む
◆◆◆◆◆◆
様々な生命で輝く裏庭とは違い、邸からは生命を感じられなかった。不意に、心がざわついた。そして、俺の別人格であるカールの存在を強く感じた。
灰色の世界に住む彼には、この色彩に乏しい邸が耐えがたいのかもしれない。
「大丈夫だよ、カール。聞こえてる?ほら、前庭で摘んだお花。紫色だ。綺麗な花だろ?」
返事はない・・当然か。
「これから、この邸に・・生命を吹き込んでいこうよ、カール。部屋の中央には、テーブルが必要だね?椅子を置いて、可愛いクッションを飾ろうか?裏庭の薔薇を楽しみながら、紅茶とジャムとマフィンを食べて、ファビアン殿下はティータイムを楽しむ。うん、ティーセットが必要だね。それに、お湯を沸かすには・・やはり、使用人が数人は必要だな。私は火を扱えないからなぁ」
独り言が何だか寂しくなって、邸の中にいる殿下を探す事にした。まずは、一階の部屋を全て探す事にした。様々な部屋がある。
「ここは、住み込みの使用人の部屋かな?」
一階の部屋を探し終えたが、誰もいなかった。殿下は二階にいるのだろうか?それとも、退屈になって外に出たのかもしれない。あるいは、殿下は、兄弟のヘロルド殿下に会いに行ったのかもしれない。
「ファビアン殿下?」
殿下の名を呼びながら、俺は二階に上がっていった。
二階の部屋も全て探した。だけど、見つからない。俺は不安を抱きながら、最後の部屋を開けた。でも、ファビアン殿下はいなかった。
「ファビアン殿下、どこですか?マテウスですよ、ファビアン殿下。迎えに来ましたよ?」
最後の部屋にだけは、家具があった。何もない部屋に、備え付けの大きなベッドだけが異彩を放っていた。流石に備え付けのベッドは、産みの親も生家に持って帰る事はできなかったようだ。
「ここは、ファビアン殿下の産みの親の部屋かな?名前は確か・・フベルトゥス= ヒルシュだったっけ?」
俺がそう口にした時、コツンと音がした。俺は耳を澄ませて周辺を見渡した。そして、見つけた。ベッドに視線を奪われて、部屋の隅にあった箱型の収納家具に気が付かなかった。俺はベッドの上に、前庭で摘んだ紫色の花を置いた。そして、俺は箱型の収納家具に駆け寄った。
「ブランケットボックス?」
オーク材で造られているのだろうか?彫が美しい箱型の収納家具は、ブランケットボックスとして使われていたのだろう。子供や小柄な孕み子なら、すっぽり収まりそうだ。
「かくれんぼですか、殿下?」
箱型の収納家具の蓋を、俺はゆっくりと開いた。ブランケットボックスの内部に、ブランケットは詰まってはいなかった。でも、殿下は見つけた。
ファビアン殿下は、ブランケットボックスの内部で蹲っていた。
「ファビアン殿下?」
「・・・」
「殿下、マテウスです。どうされましたか?」
「・・・」
「殿下、お迎えが遅くなり申し訳ありません。もう、お一人ではありませんよ・・ファビアン殿下。マテウスは、ここにおります」
ファビアン殿下が、わずかに身動きした。俺ははっとして、殿下を抱き寄せようとした。それを、ギリギリで思いとどまる。
「ファビアン殿下、どうされましたか?」
「た、たまご」
「卵?」
「なげ、た」
「投げた?」
「な、なげた、から、よ、よけ、た」
「卵を投げられて、殿下は避けたのですね?」
「・・ど、どな、られた」
「怒鳴られた?どうしてですか?」
「た、たまご、よけたから、よけ、た、だめ」
「卵を投げつけられて避けるのは、当然の行為です。良く避けられましたね、殿下。すごいです!素早い行動で自ら身を守ったのですね!」
俺の言葉に、殿下は体を震わせて泣き出した。
「ヘ、へロルド、ぼく、ばか、だって、ことば、ないから、わらった。ばか、ばか、ばか、いっぱい、わらって、たま、ご、なげて、よけた。ヘ、へロルド、お、おこ、おこって、どなった。にげた、に、にげ、にげだした、ぼく」
「殿下、辛い思いをしましたね。でも、逃げ出したのは正解ですよ。卵を投げつけるなんて、本当に子供っぽいこと。ファビアン殿下は逃げだしたのではなく、大人の対応をしただけです。殿下抱きしめても良いですか?」
「ひ、ひきょう、だって、ぼく、ばかにした。へロルド、きらい。きらいって、いいたかった。ことば、でなかった。だから、だれも、たすけて、くれない、ここ、はいった」
「突然でビックリして、言葉がでないことは、誰にでもあります。マテウスにも、経験があります。言葉がでなくて・・悔しくて泣きました。でないですよね、言葉が詰まって、のどがしまって、苦しくて。殿下がへロルド殿下に言い返せなかった事は普通のことです。悔しくてたまらなくても・・普通に起こることです」
「マテウス」
「はい」
「うみのおや、なって。いっしょ、いて。ずっと、そばに、そばに、いて。マテウス、うみのおや、なって。マテウス、そばにいて」
俺は『産みの親』という言葉に、戸惑ってしまった。ファビアン殿下の傍にはいたい。だけど、産みの親にはなれない。『なるよ』とは、簡単には口にはできない。相手が真剣なら尚更だ。俺は否定するしかなかった。
「で、殿下・・産みの親には・・」
だけど、否定の言葉は中途半端に途切れてしまった。
◆◆◆◆◆
様々な生命で輝く裏庭とは違い、邸からは生命を感じられなかった。不意に、心がざわついた。そして、俺の別人格であるカールの存在を強く感じた。
灰色の世界に住む彼には、この色彩に乏しい邸が耐えがたいのかもしれない。
「大丈夫だよ、カール。聞こえてる?ほら、前庭で摘んだお花。紫色だ。綺麗な花だろ?」
返事はない・・当然か。
「これから、この邸に・・生命を吹き込んでいこうよ、カール。部屋の中央には、テーブルが必要だね?椅子を置いて、可愛いクッションを飾ろうか?裏庭の薔薇を楽しみながら、紅茶とジャムとマフィンを食べて、ファビアン殿下はティータイムを楽しむ。うん、ティーセットが必要だね。それに、お湯を沸かすには・・やはり、使用人が数人は必要だな。私は火を扱えないからなぁ」
独り言が何だか寂しくなって、邸の中にいる殿下を探す事にした。まずは、一階の部屋を全て探す事にした。様々な部屋がある。
「ここは、住み込みの使用人の部屋かな?」
一階の部屋を探し終えたが、誰もいなかった。殿下は二階にいるのだろうか?それとも、退屈になって外に出たのかもしれない。あるいは、殿下は、兄弟のヘロルド殿下に会いに行ったのかもしれない。
「ファビアン殿下?」
殿下の名を呼びながら、俺は二階に上がっていった。
二階の部屋も全て探した。だけど、見つからない。俺は不安を抱きながら、最後の部屋を開けた。でも、ファビアン殿下はいなかった。
「ファビアン殿下、どこですか?マテウスですよ、ファビアン殿下。迎えに来ましたよ?」
最後の部屋にだけは、家具があった。何もない部屋に、備え付けの大きなベッドだけが異彩を放っていた。流石に備え付けのベッドは、産みの親も生家に持って帰る事はできなかったようだ。
「ここは、ファビアン殿下の産みの親の部屋かな?名前は確か・・フベルトゥス= ヒルシュだったっけ?」
俺がそう口にした時、コツンと音がした。俺は耳を澄ませて周辺を見渡した。そして、見つけた。ベッドに視線を奪われて、部屋の隅にあった箱型の収納家具に気が付かなかった。俺はベッドの上に、前庭で摘んだ紫色の花を置いた。そして、俺は箱型の収納家具に駆け寄った。
「ブランケットボックス?」
オーク材で造られているのだろうか?彫が美しい箱型の収納家具は、ブランケットボックスとして使われていたのだろう。子供や小柄な孕み子なら、すっぽり収まりそうだ。
「かくれんぼですか、殿下?」
箱型の収納家具の蓋を、俺はゆっくりと開いた。ブランケットボックスの内部に、ブランケットは詰まってはいなかった。でも、殿下は見つけた。
ファビアン殿下は、ブランケットボックスの内部で蹲っていた。
「ファビアン殿下?」
「・・・」
「殿下、マテウスです。どうされましたか?」
「・・・」
「殿下、お迎えが遅くなり申し訳ありません。もう、お一人ではありませんよ・・ファビアン殿下。マテウスは、ここにおります」
ファビアン殿下が、わずかに身動きした。俺ははっとして、殿下を抱き寄せようとした。それを、ギリギリで思いとどまる。
「ファビアン殿下、どうされましたか?」
「た、たまご」
「卵?」
「なげ、た」
「投げた?」
「な、なげた、から、よ、よけ、た」
「卵を投げられて、殿下は避けたのですね?」
「・・ど、どな、られた」
「怒鳴られた?どうしてですか?」
「た、たまご、よけたから、よけ、た、だめ」
「卵を投げつけられて避けるのは、当然の行為です。良く避けられましたね、殿下。すごいです!素早い行動で自ら身を守ったのですね!」
俺の言葉に、殿下は体を震わせて泣き出した。
「ヘ、へロルド、ぼく、ばか、だって、ことば、ないから、わらった。ばか、ばか、ばか、いっぱい、わらって、たま、ご、なげて、よけた。ヘ、へロルド、お、おこ、おこって、どなった。にげた、に、にげ、にげだした、ぼく」
「殿下、辛い思いをしましたね。でも、逃げ出したのは正解ですよ。卵を投げつけるなんて、本当に子供っぽいこと。ファビアン殿下は逃げだしたのではなく、大人の対応をしただけです。殿下抱きしめても良いですか?」
「ひ、ひきょう、だって、ぼく、ばかにした。へロルド、きらい。きらいって、いいたかった。ことば、でなかった。だから、だれも、たすけて、くれない、ここ、はいった」
「突然でビックリして、言葉がでないことは、誰にでもあります。マテウスにも、経験があります。言葉がでなくて・・悔しくて泣きました。でないですよね、言葉が詰まって、のどがしまって、苦しくて。殿下がへロルド殿下に言い返せなかった事は普通のことです。悔しくてたまらなくても・・普通に起こることです」
「マテウス」
「はい」
「うみのおや、なって。いっしょ、いて。ずっと、そばに、そばに、いて。マテウス、うみのおや、なって。マテウス、そばにいて」
俺は『産みの親』という言葉に、戸惑ってしまった。ファビアン殿下の傍にはいたい。だけど、産みの親にはなれない。『なるよ』とは、簡単には口にはできない。相手が真剣なら尚更だ。俺は否定するしかなかった。
「で、殿下・・産みの親には・・」
だけど、否定の言葉は中途半端に途切れてしまった。
◆◆◆◆◆
22
お気に入りに追加
4,578
あなたにおすすめの小説
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?
「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。
王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り
更新頻度=適当
ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。