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第四章
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◆◆◆◆◆◆
様々な生命で輝く裏庭とは違い、邸からは生命を感じられなかった。不意に、心がざわついた。そして、俺の別人格であるカールの存在を強く感じた。
灰色の世界に住む彼には、この色彩に乏しい邸が耐えがたいのかもしれない。
「大丈夫だよ、カール。聞こえてる?ほら、前庭で摘んだお花。紫色だ。綺麗な花だろ?」
返事はない・・当然か。
「これから、この邸に・・生命を吹き込んでいこうよ、カール。部屋の中央には、テーブルが必要だね?椅子を置いて、可愛いクッションを飾ろうか?裏庭の薔薇を楽しみながら、紅茶とジャムとマフィンを食べて、ファビアン殿下はティータイムを楽しむ。うん、ティーセットが必要だね。それに、お湯を沸かすには・・やはり、使用人が数人は必要だな。私は火を扱えないからなぁ」
独り言が何だか寂しくなって、邸の中にいる殿下を探す事にした。まずは、一階の部屋を全て探す事にした。様々な部屋がある。
「ここは、住み込みの使用人の部屋かな?」
一階の部屋を探し終えたが、誰もいなかった。殿下は二階にいるのだろうか?それとも、退屈になって外に出たのかもしれない。あるいは、殿下は、兄弟のヘロルド殿下に会いに行ったのかもしれない。
「ファビアン殿下?」
殿下の名を呼びながら、俺は二階に上がっていった。
二階の部屋も全て探した。だけど、見つからない。俺は不安を抱きながら、最後の部屋を開けた。でも、ファビアン殿下はいなかった。
「ファビアン殿下、どこですか?マテウスですよ、ファビアン殿下。迎えに来ましたよ?」
最後の部屋にだけは、家具があった。何もない部屋に、備え付けの大きなベッドだけが異彩を放っていた。流石に備え付けのベッドは、産みの親も生家に持って帰る事はできなかったようだ。
「ここは、ファビアン殿下の産みの親の部屋かな?名前は確か・・フベルトゥス= ヒルシュだったっけ?」
俺がそう口にした時、コツンと音がした。俺は耳を澄ませて周辺を見渡した。そして、見つけた。ベッドに視線を奪われて、部屋の隅にあった箱型の収納家具に気が付かなかった。俺はベッドの上に、前庭で摘んだ紫色の花を置いた。そして、俺は箱型の収納家具に駆け寄った。
「ブランケットボックス?」
オーク材で造られているのだろうか?彫が美しい箱型の収納家具は、ブランケットボックスとして使われていたのだろう。子供や小柄な孕み子なら、すっぽり収まりそうだ。
「かくれんぼですか、殿下?」
箱型の収納家具の蓋を、俺はゆっくりと開いた。ブランケットボックスの内部に、ブランケットは詰まってはいなかった。でも、殿下は見つけた。
ファビアン殿下は、ブランケットボックスの内部で蹲っていた。
「ファビアン殿下?」
「・・・」
「殿下、マテウスです。どうされましたか?」
「・・・」
「殿下、お迎えが遅くなり申し訳ありません。もう、お一人ではありませんよ・・ファビアン殿下。マテウスは、ここにおります」
ファビアン殿下が、わずかに身動きした。俺ははっとして、殿下を抱き寄せようとした。それを、ギリギリで思いとどまる。
「ファビアン殿下、どうされましたか?」
「た、たまご」
「卵?」
「なげ、た」
「投げた?」
「な、なげた、から、よ、よけ、た」
「卵を投げられて、殿下は避けたのですね?」
「・・ど、どな、られた」
「怒鳴られた?どうしてですか?」
「た、たまご、よけたから、よけ、た、だめ」
「卵を投げつけられて避けるのは、当然の行為です。良く避けられましたね、殿下。すごいです!素早い行動で自ら身を守ったのですね!」
俺の言葉に、殿下は体を震わせて泣き出した。
「ヘ、へロルド、ぼく、ばか、だって、ことば、ないから、わらった。ばか、ばか、ばか、いっぱい、わらって、たま、ご、なげて、よけた。ヘ、へロルド、お、おこ、おこって、どなった。にげた、に、にげ、にげだした、ぼく」
「殿下、辛い思いをしましたね。でも、逃げ出したのは正解ですよ。卵を投げつけるなんて、本当に子供っぽいこと。ファビアン殿下は逃げだしたのではなく、大人の対応をしただけです。殿下抱きしめても良いですか?」
「ひ、ひきょう、だって、ぼく、ばかにした。へロルド、きらい。きらいって、いいたかった。ことば、でなかった。だから、だれも、たすけて、くれない、ここ、はいった」
「突然でビックリして、言葉がでないことは、誰にでもあります。マテウスにも、経験があります。言葉がでなくて・・悔しくて泣きました。でないですよね、言葉が詰まって、のどがしまって、苦しくて。殿下がへロルド殿下に言い返せなかった事は普通のことです。悔しくてたまらなくても・・普通に起こることです」
「マテウス」
「はい」
「うみのおや、なって。いっしょ、いて。ずっと、そばに、そばに、いて。マテウス、うみのおや、なって。マテウス、そばにいて」
俺は『産みの親』という言葉に、戸惑ってしまった。ファビアン殿下の傍にはいたい。だけど、産みの親にはなれない。『なるよ』とは、簡単には口にはできない。相手が真剣なら尚更だ。俺は否定するしかなかった。
「で、殿下・・産みの親には・・」
だけど、否定の言葉は中途半端に途切れてしまった。
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様々な生命で輝く裏庭とは違い、邸からは生命を感じられなかった。不意に、心がざわついた。そして、俺の別人格であるカールの存在を強く感じた。
灰色の世界に住む彼には、この色彩に乏しい邸が耐えがたいのかもしれない。
「大丈夫だよ、カール。聞こえてる?ほら、前庭で摘んだお花。紫色だ。綺麗な花だろ?」
返事はない・・当然か。
「これから、この邸に・・生命を吹き込んでいこうよ、カール。部屋の中央には、テーブルが必要だね?椅子を置いて、可愛いクッションを飾ろうか?裏庭の薔薇を楽しみながら、紅茶とジャムとマフィンを食べて、ファビアン殿下はティータイムを楽しむ。うん、ティーセットが必要だね。それに、お湯を沸かすには・・やはり、使用人が数人は必要だな。私は火を扱えないからなぁ」
独り言が何だか寂しくなって、邸の中にいる殿下を探す事にした。まずは、一階の部屋を全て探す事にした。様々な部屋がある。
「ここは、住み込みの使用人の部屋かな?」
一階の部屋を探し終えたが、誰もいなかった。殿下は二階にいるのだろうか?それとも、退屈になって外に出たのかもしれない。あるいは、殿下は、兄弟のヘロルド殿下に会いに行ったのかもしれない。
「ファビアン殿下?」
殿下の名を呼びながら、俺は二階に上がっていった。
二階の部屋も全て探した。だけど、見つからない。俺は不安を抱きながら、最後の部屋を開けた。でも、ファビアン殿下はいなかった。
「ファビアン殿下、どこですか?マテウスですよ、ファビアン殿下。迎えに来ましたよ?」
最後の部屋にだけは、家具があった。何もない部屋に、備え付けの大きなベッドだけが異彩を放っていた。流石に備え付けのベッドは、産みの親も生家に持って帰る事はできなかったようだ。
「ここは、ファビアン殿下の産みの親の部屋かな?名前は確か・・フベルトゥス= ヒルシュだったっけ?」
俺がそう口にした時、コツンと音がした。俺は耳を澄ませて周辺を見渡した。そして、見つけた。ベッドに視線を奪われて、部屋の隅にあった箱型の収納家具に気が付かなかった。俺はベッドの上に、前庭で摘んだ紫色の花を置いた。そして、俺は箱型の収納家具に駆け寄った。
「ブランケットボックス?」
オーク材で造られているのだろうか?彫が美しい箱型の収納家具は、ブランケットボックスとして使われていたのだろう。子供や小柄な孕み子なら、すっぽり収まりそうだ。
「かくれんぼですか、殿下?」
箱型の収納家具の蓋を、俺はゆっくりと開いた。ブランケットボックスの内部に、ブランケットは詰まってはいなかった。でも、殿下は見つけた。
ファビアン殿下は、ブランケットボックスの内部で蹲っていた。
「ファビアン殿下?」
「・・・」
「殿下、マテウスです。どうされましたか?」
「・・・」
「殿下、お迎えが遅くなり申し訳ありません。もう、お一人ではありませんよ・・ファビアン殿下。マテウスは、ここにおります」
ファビアン殿下が、わずかに身動きした。俺ははっとして、殿下を抱き寄せようとした。それを、ギリギリで思いとどまる。
「ファビアン殿下、どうされましたか?」
「た、たまご」
「卵?」
「なげ、た」
「投げた?」
「な、なげた、から、よ、よけ、た」
「卵を投げられて、殿下は避けたのですね?」
「・・ど、どな、られた」
「怒鳴られた?どうしてですか?」
「た、たまご、よけたから、よけ、た、だめ」
「卵を投げつけられて避けるのは、当然の行為です。良く避けられましたね、殿下。すごいです!素早い行動で自ら身を守ったのですね!」
俺の言葉に、殿下は体を震わせて泣き出した。
「ヘ、へロルド、ぼく、ばか、だって、ことば、ないから、わらった。ばか、ばか、ばか、いっぱい、わらって、たま、ご、なげて、よけた。ヘ、へロルド、お、おこ、おこって、どなった。にげた、に、にげ、にげだした、ぼく」
「殿下、辛い思いをしましたね。でも、逃げ出したのは正解ですよ。卵を投げつけるなんて、本当に子供っぽいこと。ファビアン殿下は逃げだしたのではなく、大人の対応をしただけです。殿下抱きしめても良いですか?」
「ひ、ひきょう、だって、ぼく、ばかにした。へロルド、きらい。きらいって、いいたかった。ことば、でなかった。だから、だれも、たすけて、くれない、ここ、はいった」
「突然でビックリして、言葉がでないことは、誰にでもあります。マテウスにも、経験があります。言葉がでなくて・・悔しくて泣きました。でないですよね、言葉が詰まって、のどがしまって、苦しくて。殿下がへロルド殿下に言い返せなかった事は普通のことです。悔しくてたまらなくても・・普通に起こることです」
「マテウス」
「はい」
「うみのおや、なって。いっしょ、いて。ずっと、そばに、そばに、いて。マテウス、うみのおや、なって。マテウス、そばにいて」
俺は『産みの親』という言葉に、戸惑ってしまった。ファビアン殿下の傍にはいたい。だけど、産みの親にはなれない。『なるよ』とは、簡単には口にはできない。相手が真剣なら尚更だ。俺は否定するしかなかった。
「で、殿下・・産みの親には・・」
だけど、否定の言葉は中途半端に途切れてしまった。
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