嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す

月歌(ツキウタ)

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第四章

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◆◆◆◆◆◆


窓口係が安堵の息を付き、俺もつられて安堵の息を付いた。そして、互いに微笑みあった。

「マテウス卿が・・シュナーベル家の方と聞き、偏見を抱いておりました。何か思惑があり、ファビアン殿下と親しくされているものとばかり思い込んでおりました。マテウス卿は、そうではないのですね?」

俺はその問いを、即座に否定した。

「思惑は誰しもが、持っているものです。私にもあります。ですが、それと同等かそれ以上に、ファビアン殿下を大切に思っております」

「・・分かりました、マテウス卿。さあ、門扉を開きます。きっと、ファビアン殿下がお待ちです。私はご案内できませんが、地図に殿下の邸に印を付けておきました。迷うことはないと思われます。どうぞ、後宮にお入り下さい・・マテウス卿」

窓口担当の孕み子の指示で、衛兵が二人掛かりで門扉を開く。少しずつ開く門扉の先に、後宮の景色が広がっていく。

英国の田舎街『セント・メアリ・ミード村』が、異世界に奇妙なほど、しっくりと馴染んでいた。架空の田舎街だからこそ、異世界に在っても、不自然に感じないのかもしれない。

「アルミン、行ってくるね!」

「門限までには帰れよ、マテウス!」

アルミンの不安げな表情に、不意に心を惹かれた。本当に思いつき。ただ、その不安を少しでも和らげたくて、アルミンに駆け寄ると背伸びして、その唇にキスをした。

「マテウス!?」

「頬にキスするつもりだったのに、唇にしちゃった!ヘクトールにいさまには、内緒にしてね!絶対だよ、アルミン!」

俺は照れまくって、後宮内に走り込んだ。門扉がゆっくりと閉じられる。俺は門扉の隙間からアルミンが見えなくなるまで、立ち尽くしていた。


◇◇◇


門扉が完全に閉じられて、アルミンの姿が見えなくなった。幼馴染みが傍にいないことを実感すると、急に寂しく感じられた。

異世界に存在する『セント・メアリ・ミード村』を堪能するつもりだったのに、石畳の地面が何だか冷たく感じられた。

「よし、ファビアン殿下に会いに行こう!」

俺は気分を上げて、後宮の案内地図に目を通した。どうやら、今いる道を真っ直ぐに進むと殿下の邸があるらしい。

石畳の道沿いには、田舎街の可愛らしい家々が建っていた。石造りの家々の入り口は、薔薇のアーチが彩っていた。緑の蔦がふわりと風に揺れて、邸を優しく包み込む。きっと、裏庭にはもっと美しい光景が広がっているに違いない。

俺は裏庭の光景を想像しながら、殿下の邸に向かい歩いていた。でも、『セント・メアリ・ミード村』の景色を心から楽しめたのは・・しばらくの間だけだった。

ファビアン殿下の事が気になりだして、景色が目に入らなくなってきた。落ち着かない。ひとりぼっちで、殿下は寂しい思いをしているに違いない。もしや、泣いているかも!

「あー、駄目だ。『セント・メアリ・ミード村』を散策するのは、殿下と合流してからにしよう!侯爵令息が走るなんて、はしたないけれど・・スキップよりは、気持ち悪くはないはずだ!全速力だ!」

俺はファビアン殿下の邸に向かって、走り出していた。怠惰の衣装の伸縮性は、走るにも完璧な衣装だった。怠惰の衣装は、やはり最高だ!

「この生地は必ず売れますよ、兄上!シュナーベル家の財政は安泰です!フフフ!」

だが、日頃の運動不足がたたりすぐに息が上がってきた。俺はふらふらしながらも、走り続けた。

「ひはぁー、はひぃー、らめら、うんろーぶそくが、ぐふっ・・ひーはー、ひーはー」

自分でも不気味だと思える息づかいに、俺は遂に走ることを諦めた。だって、こんな息づかいで、俺が殿下の前に現れたら・・変態ではないか。うん、息を整えよう。

「ん、あれ?」

息を整えて目の前を見ると、二階建ての石造りの邸があった。小さい前庭は、自然に任せて放置されていた。それでも、邸に向かう小路の周辺は、歩くのに不便がないように、草が刈り込まれていた。

「ファビアン殿下の元使用人達が、こっそり庭を整えてくれたのか。そっか、ファビアン殿下には・・味方がいるんだね」

これから後宮で暮らすファビアン殿下に、その事を伝えたかった。味方がいることを、伝えたい。俺は庭に咲いた花を一本手折って、邸の扉に向かった。扉には鍵が掛かっていなかった。

「ファビアン殿下、いらっしゃいますか?マテウスです。遅くなりましたが、お迎えに参りました。ファビアン殿下?」

殿下からの返事がない。俺は扉を閉じて、部屋の中央に立ってみた。そこからは、薔薇が咲き誇る美しい裏庭が窓越しに見えた。

でも、部屋には家具が一つもなかった。テーブルも椅子もない。厨房も確認したが、水回りは綺麗に掃除されていたが、食器もなければ、お湯を沸かすケトルさえ見当たらなかった。

「田舎の邸は、物で溢れている方が似合うと思うな。色々な色彩が入り交じり、思い出の品が捨てられずに、そこかしこに置かれて・・色彩がない事がこんなに寂しい事だなんて、思いもしなかった・・」




◆◆◆◆◆◆

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