上 下
139 / 239
第四章

174

しおりを挟む
◆◆◆◆◆◆


BL小説『愛の為に』は、主人公である王太子殿下の恋愛模様を、耽美的文体で描かれた王国物語である。但し、王城を舞台とした恋愛エピソードは、数多く有るにも関わらず、後宮を舞台とした恋愛エピソードはほとんど無い。

その原因は、殿下が好きになる相手が、王城に出仕する凛々しい男性が中心だからである。

どうやら、BL小説内の美化された殿下も、現実の殿下と同様に、孕み子にはあまり興味がないようだ。まあ、小説内の殿下は『信頼できない語り手』だから、信用しないけどね。

しかし、マニアな読者・・つまり、俺の様な読者になると、たとえ、恋愛の舞台にならなくとも、後宮は要チェックの場所である。

何故なら、BL小説『愛の為に』の作者は、アガサ・クリスティをこよなく愛するあまり、後宮内部に架空の田舎街『セント・メアリ・ミード村』を作り上げてしまったのだ。

『セント・メアリ・ミード村』とは、推理作家のアガサ・クリスティが創作した、名探偵老婦人ミス・マープルが住む英国の田舎街である。

マリー・アントワネットが、プチ・トリアノンの庭に擬似農村の『王妃の村里』を作り上げた事は有名だ。

そこから着想を得たBL作家は、作中の後宮内に『セント・メアリ・ミード村』を、ぶち込む事を思い付いたに違いない。

著作権的にどうなのだろうか?・・そんなお節介な心配をしつつも、同じくアガサのファンであった前世の俺は、愛読書に『セント・メアリ・ミード村』が登場した時には、素直に喜んだ記憶がある。


◇◇◇


「アルミン、急いで!急いで!もうすぐ、後宮の入り口だよ!後宮内の『セント・メアリ・ミード村』を、散策できるなんて嬉しい~!にやける~!」

俺はニヤニヤしながら、後宮に繋がる回廊を進んでいた。気分が上がり、久しぶりにスキップなどしてみた。

「マテウス、その奇妙な動きは止めろ!跳び跳ね方が、非常に気持ち悪い!」

「気持ち悪いとは、何事っ!?」

俺がアルミンに抗議すると、幼馴染みは別の質問を返事として返してきた。

「とにかく落ち着け、マテウス。後宮内はヘロルド殿下の産みの親の、イグナーツ = ファッハが支配している場所だ。もう少し緊張感を持ってくれ・・頼むよ、マテウス」

「もちろん、その事は理解しているよ?」
「・・本当か?」

アルミンが疑わしそうな表情で、俺を見つめてきた。だが、俺は寛大な心で、アルミンの問に応じた。

「ヘロルド殿下の産みの親が、後宮内で幅を利かせている事は知ってるよ?でも、支配していると言うには・・大げさじゃない?それに、後宮は広いから、イグナーツ = ファッハに出会う事はないと思うよ?もし出会っても・・優雅に挨拶して、相手を威圧するから大丈夫だよ!」

「駄目だ・・マテウスが、後宮内で騒動を起こす姿しか想像できない」

「アルミン、そんなに不安なの?じゃあ、出来るだけ気配を消して『セント・メアリ・ミード村』を散策するね?安心して!」

「マテウス・・ファビアン殿下を迎えに行く為に、後宮に行くんだよな?後宮散策が、マテウスの真の目的に思えるのは・・俺の勘違いだよな?勘違いだと言ってくれ、マテウス」

アルミンが鋭い指摘をしてきた。なんとか、誤魔化さなくてはならない。

「もちろん後宮に行くのは、ファビアン殿下を迎えに行く為だよ?でも、後宮に入れる事は単純に嬉しいよ。だって・・あの王太子殿下から、正式に後宮の出入り許可札を手渡されたんだよ?これって・・殿下が、私に少しは心を開いてくれた、証じゃないのかな?そう思わない、アルミン?それに、この許可札!こんなに緻密な彫刻が施せるのは・・殿下が、繊細な心の持ち主だという事の現れじゃない?なんだか、ちょっとだけ・・殿下に好意を抱いちゃったよ!」

殿下から手渡された後宮の許可札を、俺は取り出した。許可札の繊細な彫刻を見ると、自然に笑みが浮かぶ。

だが、そんな俺の姿を見たアルミンが、妙な事を言い出した。

「あんな扱いを受けながら、殿下に好感を抱くとは・・マテウスは、真正マゾなのか?ん、んん?まさか、ヘクトール様のサド加減に満足できずに、婚約破棄するつもりじゃないだろうな、マテウス!?そして、真正サド殿下の元に夜逃げして・・サド殿下の側室の座に収まるつもりか!?なんてことだ!夜な夜な・・サド殿下のお仕置きを楽しむつもりなんだな、マゾのマテウス!?」

アルミンの馬鹿げた妄想に呆れながら、俺は反論を開始した。

「『マゾのマテウス』って、何だよ!?アルミンは、馬鹿なの?私はサド殿下の側室なんて、絶対に嫌だから!それに、殿下が言っていた事を忘れたの、アルミン?殿下が後宮に通わない日限定で、私は後宮への出入りを許可されたんだよ?後宮の側室は美形揃いだから、その中に不細工な私を見かけたら・・アソコが萎えるって、殿下自身が言ったのだから。そんな私が、殿下の側室に、なれるわけがないでしょ?なりたくもないしね!」



◆◆◆◆◆◆
しおりを挟む
感想 252

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。