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第四章
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◆◆◆◆◆◆
ヴォルフラムが、左目からポロポロ涙を流していた。俺は胸がつぶれる思いがした。
「ヴォルフラム様、貴方が牢獄で聞いた叫び声は・・私の声ではありません」
「ヘンドリク = マーシャルは、マテウス卿を捕らえて、拷問を加えていると言っていた。マテウス卿の左目を焼き印で潰し、左手の指を全て斬り落とし、左耳は切り落とされ・・」
俺は両手でヴォルフラムの頬を包み込んだ。そして、彼の左目を覗き込んだ。そして、ゆっくりとヴォルフラムに話しかけた。
「ヴォルフラム様。私を見て!マテウスを見て!私の左耳が見えるでしょ?貴方の頬に触れる私の左手には、五本の指があるでしょ?何より、私の左目は・・ヴォルフラム様の顔を写しています。ヴォルフラム様、私は拷問を一切受けておりません」
ヴォルフラムが左目を大きく見開き、俺の顔を見つめる。そして、掠れた声で俺の名を呼んでくれた。
「マテウス卿」
「はい、ヴォルフラム様」
「では、あの悲鳴は・・?牢獄で救いを求めるあの声は・・マテウス卿の声ではなかった。ならば、あれは・・私の幻聴ですか?」
「ヴォルフラム様・・」
「マテウス卿」
俺は真実を語ることにした。俺は呼吸を整えてから、 ヴォルフラムに話し掛けた。
「ヴォルフラム様、幻聴ではありません。ヘンドリク = マーシャルは、ヴォルフラム様をより苦しめる為に・・隣の牢獄で、囚人を拷問していました。貴方はその声を聞いたのです。ですが、ヴォルフラム様が、罪悪感を感じる必要はありません。全ての罪は、ヘンドリク = マーシャルにあります」
「だが、マテウス卿。顔も知らぬ誰かが、俺を苦しめる為だけに拷問を受けていたのです。それを知りながら・・マテウス卿は罪悪感を感じる必要はないと、おっしゃるのですか?」
ヴォルフラムの問いに応じようとして、俺は黙り込んでしまった。ヴォルフラムが耳にした声は罪人の声だ。正直、罪人の存在にまで、心を傾ける余裕はなかった。
「ヴォルフラム様・・私は・・」
その罪人の罪が、拷問を受けるに見合うものなのかは知らない。だが、ヴォルフラムがその罪人の為に命を削ってまで、救いに行く必要はないと感じた。
俺は非情な決断を下していた。
「私はヴォルフラム様を、私だけの騎士にしたい。ヴォルフラム様には、『マテウスの騎士』になって欲しい。なのに、貴方の心は・・異端審問所の『牢獄の囚人』に向けられている」
「マテウス卿、私は!」
「ヴォルフラム様が、『マテウスの騎士』であることをやめるなら・・そうなさい。私より、囚人を救って、一時の満足を得るといい。ヴォルフラム様が、私を求めないのならば・・私も貴方を求めない。私達の関係はここまでです。私はそれでも・・構わない」
俺はヴォルフラムから、身を離そうとした。だが、ヴォルフラムに身を引き寄せられた。床に倒れ込んだまま、互いに視線を絡ませる。
「マテウス卿は、非情で・・残酷だ」
「ヴォルフラム様は、王弟殿下のお子です。その為に、貴方は陛下から様々な制約を受けてきました。その中で、貴方は・・護衛騎士の道を選んだのでしょ?」
ヴォルフラムが顔を歪め、掠れた声で呟いた。
「・・制約の多い私には、護衛騎士の道しか選べなかった。それでも、懸命に勤めてきたつもりです。ヴェルンハルト殿下や、ファビアン殿下の、護衛騎士となれたことは名誉な事です。ですが、何よりも・・王城で、マテウス卿と再開できたことが、私の喜びでした」
「ヴォルフラム様」
「学園時代の私は、自信に溢れ・・未来は無限に広がっていると思っていました。ヘンドリク = マーシャルから、貴方を救った時も・・私は英雄気取りでした。ですが、マテウス卿は私に現実を突きつけました。『遅れてやって来た騎士』には、何の価値もないと・・そう言い切ったマテウス卿に、私の心は一気に奪われた」
俺は思わず苦笑いを浮かべそうになってしまった。ヴォルフラム様に救われながら、何て生意気な言葉を投げつけたのだろう。
「そんな事もありましたね、ヴォルフラム様」
「はい、ありました。ですから、マテウス卿に再会したことで、私は『遅れてやって来た騎士』から卒業する機会を得ました。そして、マテウス卿と共に過ごす内に、少しずつ貴方の騎士として成長していると感じていました」
俺は思わず笑顔になった。
「はい、ヴォルフラム様。貴方はもう『遅れてやって来た騎士』ではありません。私の大切な、『マテウスの騎士』です!」
不意に、ヴォルフラムの表情が歪む。俺はその様子を見つめながら、彼の名を呼んだ。
「ヴォルフラム様?」
「ですが、もう・・貴方の騎士ではなくなりました。私には、剣を握る指がありません。何度見ても、私の右手には一本も指が残っていません。もう、護衛騎士の任務は勤められない。私は・・生きていても、意味のない存在となりました」
「ヴォルフラム様!」
「私は・・牢獄で死ぬべきでした」
ヴォルフラムの言葉に、胸が痛くなった。同時に、怒りが心に沸き立つ。俺は、ヴォルフラムの傷だらけの頬を思いっきり叩いていた。
◆◆◆◆◆◆
ヴォルフラムが、左目からポロポロ涙を流していた。俺は胸がつぶれる思いがした。
「ヴォルフラム様、貴方が牢獄で聞いた叫び声は・・私の声ではありません」
「ヘンドリク = マーシャルは、マテウス卿を捕らえて、拷問を加えていると言っていた。マテウス卿の左目を焼き印で潰し、左手の指を全て斬り落とし、左耳は切り落とされ・・」
俺は両手でヴォルフラムの頬を包み込んだ。そして、彼の左目を覗き込んだ。そして、ゆっくりとヴォルフラムに話しかけた。
「ヴォルフラム様。私を見て!マテウスを見て!私の左耳が見えるでしょ?貴方の頬に触れる私の左手には、五本の指があるでしょ?何より、私の左目は・・ヴォルフラム様の顔を写しています。ヴォルフラム様、私は拷問を一切受けておりません」
ヴォルフラムが左目を大きく見開き、俺の顔を見つめる。そして、掠れた声で俺の名を呼んでくれた。
「マテウス卿」
「はい、ヴォルフラム様」
「では、あの悲鳴は・・?牢獄で救いを求めるあの声は・・マテウス卿の声ではなかった。ならば、あれは・・私の幻聴ですか?」
「ヴォルフラム様・・」
「マテウス卿」
俺は真実を語ることにした。俺は呼吸を整えてから、 ヴォルフラムに話し掛けた。
「ヴォルフラム様、幻聴ではありません。ヘンドリク = マーシャルは、ヴォルフラム様をより苦しめる為に・・隣の牢獄で、囚人を拷問していました。貴方はその声を聞いたのです。ですが、ヴォルフラム様が、罪悪感を感じる必要はありません。全ての罪は、ヘンドリク = マーシャルにあります」
「だが、マテウス卿。顔も知らぬ誰かが、俺を苦しめる為だけに拷問を受けていたのです。それを知りながら・・マテウス卿は罪悪感を感じる必要はないと、おっしゃるのですか?」
ヴォルフラムの問いに応じようとして、俺は黙り込んでしまった。ヴォルフラムが耳にした声は罪人の声だ。正直、罪人の存在にまで、心を傾ける余裕はなかった。
「ヴォルフラム様・・私は・・」
その罪人の罪が、拷問を受けるに見合うものなのかは知らない。だが、ヴォルフラムがその罪人の為に命を削ってまで、救いに行く必要はないと感じた。
俺は非情な決断を下していた。
「私はヴォルフラム様を、私だけの騎士にしたい。ヴォルフラム様には、『マテウスの騎士』になって欲しい。なのに、貴方の心は・・異端審問所の『牢獄の囚人』に向けられている」
「マテウス卿、私は!」
「ヴォルフラム様が、『マテウスの騎士』であることをやめるなら・・そうなさい。私より、囚人を救って、一時の満足を得るといい。ヴォルフラム様が、私を求めないのならば・・私も貴方を求めない。私達の関係はここまでです。私はそれでも・・構わない」
俺はヴォルフラムから、身を離そうとした。だが、ヴォルフラムに身を引き寄せられた。床に倒れ込んだまま、互いに視線を絡ませる。
「マテウス卿は、非情で・・残酷だ」
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ヴォルフラムが顔を歪め、掠れた声で呟いた。
「・・制約の多い私には、護衛騎士の道しか選べなかった。それでも、懸命に勤めてきたつもりです。ヴェルンハルト殿下や、ファビアン殿下の、護衛騎士となれたことは名誉な事です。ですが、何よりも・・王城で、マテウス卿と再開できたことが、私の喜びでした」
「ヴォルフラム様」
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俺は思わず苦笑いを浮かべそうになってしまった。ヴォルフラム様に救われながら、何て生意気な言葉を投げつけたのだろう。
「そんな事もありましたね、ヴォルフラム様」
「はい、ありました。ですから、マテウス卿に再会したことで、私は『遅れてやって来た騎士』から卒業する機会を得ました。そして、マテウス卿と共に過ごす内に、少しずつ貴方の騎士として成長していると感じていました」
俺は思わず笑顔になった。
「はい、ヴォルフラム様。貴方はもう『遅れてやって来た騎士』ではありません。私の大切な、『マテウスの騎士』です!」
不意に、ヴォルフラムの表情が歪む。俺はその様子を見つめながら、彼の名を呼んだ。
「ヴォルフラム様?」
「ですが、もう・・貴方の騎士ではなくなりました。私には、剣を握る指がありません。何度見ても、私の右手には一本も指が残っていません。もう、護衛騎士の任務は勤められない。私は・・生きていても、意味のない存在となりました」
「ヴォルフラム様!」
「私は・・牢獄で死ぬべきでした」
ヴォルフラムの言葉に、胸が痛くなった。同時に、怒りが心に沸き立つ。俺は、ヴォルフラムの傷だらけの頬を思いっきり叩いていた。
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