121 / 239
第四章
156
しおりを挟む
◆◆◆◆◆◆
ヴォルフラムの手を離れたクッキー缶は、俺とアルミンの間をすり抜けて、廊下に転がり出た。俺は思わず、クッキー缶の行方を目で追ってしまった。
「アルミン、気をつけろ!ヴォルフラムは、扉から外に出る気だ!」
ヴォルフラムの狙いが、フリートヘルムから、扉の入り口に立つ俺達に移ったことは明らかだった。
「マテウス、廊下に出ろ!扉は俺が閉める。マテウスは部屋を離れて、誰かに助けを求めろ」
「アルミン、でも!」
「早く!」
「っ、分かった」
ヴォルフラムが、アルミンを目掛けて突進してきた。俺は慌てて廊下に向かう。だが、マテウスの目前で、ヴォルフラムは突然動きを変化させた。
「あっ!」
廊下に出ようとした俺の腕を掴んだのは、ヴォルフラムだった。俺はヴォルフラムに抱き込まれて、動きを封じ込められた。俺を人質にして、ヴォルフラムは廊下に出るつもりだ。
「マテウス!」
アルミンが武器を取り出す気配を見せた。俺は慌ててアルミンを制する。
「武器は必要ないよ、アルミン。ヴォルフラムはもう限界だから・・彼は、もう動けない」
「マテウス・・ヴォルフラムの状態は異常だ」
「それでも、武器は使わないで」
武器は必要ないと、俺は判断した。ヴォルフラムは肩で息をしている。ひどい顔色で、今にも倒れそうだった。そして、本当に倒れてしまった。
「ヴォルフラム様!」
俺はヴォルフラムを支えようとして、共に部屋の床に倒れ込んでしまった。地面に叩き付けられる直前に、俺はヴォルフラムに庇われた。衝撃はあったが、痛みはそれほど感じなかった。
「ぐっ、つうっ!」
「ヴォルフラム様、しっかりして。マテウスです。わかりますか?マテウスです、ヴォルフラム様・・」
ファビアン殿下が作ってくれたクッキーが床に散らばり、踏まれて粉々になっていた。部屋中が、クッキーの甘い香りで満ちていた。
「ファビアン殿下が作って下さったクッキーが、粉々になってしまいました。ヴォルフラム様と一緒に食べるつもりだったのに・・クッキー缶を武器に使うなんて、なんて愚かな騎士なの・・ヴォルフラム様」
甘いクッキーの香りが、ファビアン殿下の笑顔を脳裏に呼び起こした。俺の眼から涙が溢れでる。ポロポロと零れ落ちる涙が、ヴォルフラムの頬を濡らした。
ヴォルフラムの顔の右半分は、包帯で覆われていた。暴れた為に包帯は少しほどけていて、右目に押された焼き印の痕が少し見えた。皮膚は赤く腫れて、盛り上がりひきつれていた。
包帯に触れると、ヴォルフラムはびくりと震えた。俺は構わず包帯の上から触れて、傷を確認していく。右耳は削がれてなくなっていた。
「ヴォルフラム様、私の事がわかりますか?」
左目は無事な筈なのに、何も景色を写していないように思えた。俺はさらに、包帯に触れる。
「ヴォルフラム様、マテウスは貴方の前にいます。無事に傷ひとつなく、貴方の前にいます。わかりますか、ヴォルフラム様?」
ヘンドリク = マーシャルは、本当にヴォルフラムの体の右側を、執拗に拷問したようだ。胴体にも包帯が巻かれている。包帯が血で滲んでいた。あれだけ暴れたなら傷も開く。
「ヴォルフラム様、貴方は『マテウスの騎士』でしょ?守るべき本人は、目の前にいますよ?それなのに、貴方は・・異端審問所の牢獄に、向かうつもりなのですか?」
ヴォルフラムの右腕も包帯で巻かれている。そして、右手の五本の指がなくなっていた。涙が出て止まらなかった。
「ヴォルフラム様・・貴方はひどい拷問を受けました。でも、貴方が暴れて周囲の注目を引き付けてくれたお陰で・・私は、マテウスは、拷問を受けずに済みました。わかりますか?ヘンドリクは、私を捕らえることも、拷問することも出来なかった」
不意に、ヴォルフラムの右手が動いた。右手が俺の頬を撫でようとした。だが、その動きが止まる。ヴォルフラムの左目がまじまじと自身の右手を見つめていた。そして、彼は掠れた声で呟いた。
「指がない」
俺はヴォルフラムが見つめる右手に、自らの手を重ねた。
「指はないですが・・ヴォルフラム様の大切な右手です。それに、左手。左手は無事です」
「だが、もう・・剣を掴む指がない。私は、護衛騎士ではなくなった。騎士でなくなった私には、もう何の価値もない」
俺はヴォルフラムの左手に触れていた。そして、俺はゆっくりと話しかけた。
「学園時代のヴォルフラム様は、『遅れてやってきた騎士』でした。私は、ヘンドリク = マーシャルに体を触れられ、とても不快な思いをしました・・」
「・・『遅れてやってきた騎士』」
「でも、今回は違う。ヴォルフラム様は体を張って、ファビアン殿下を守りました。私を探し回るヘンドリクを呼び戻す為に・・貴方は暴れて周囲の注目を集めた。貴方は、ヘンドリクに私を見つけることを諦めさせた。私は、ヘンドリクに捕まっていません。牢獄には、一度もいれられなかった」
ヴォルフラムが俺の顔を見つめる。左目に俺の泣き顔が映り込んでいた。俺はできるだけ笑みを浮かべ話しかけた。
「ようやく・・ヴォルフラム様が、私を見てくるた。ね、私は牢獄にはいないでしょ?マテウスは、貴方の傍にいます」
「だが、貴方の・・マテウス卿の声が牢獄に響いていた。私はあの場所で、確かに貴方の悲鳴を聞いた。ひどく苦しげに助けを求めていたのに・・私は何も出来なかった」
ヴォルフラムが、左目からポロポロ涙を流していた。俺は胸がつぶれる思いがした。
◆◆◆◆◆
ヴォルフラムの手を離れたクッキー缶は、俺とアルミンの間をすり抜けて、廊下に転がり出た。俺は思わず、クッキー缶の行方を目で追ってしまった。
「アルミン、気をつけろ!ヴォルフラムは、扉から外に出る気だ!」
ヴォルフラムの狙いが、フリートヘルムから、扉の入り口に立つ俺達に移ったことは明らかだった。
「マテウス、廊下に出ろ!扉は俺が閉める。マテウスは部屋を離れて、誰かに助けを求めろ」
「アルミン、でも!」
「早く!」
「っ、分かった」
ヴォルフラムが、アルミンを目掛けて突進してきた。俺は慌てて廊下に向かう。だが、マテウスの目前で、ヴォルフラムは突然動きを変化させた。
「あっ!」
廊下に出ようとした俺の腕を掴んだのは、ヴォルフラムだった。俺はヴォルフラムに抱き込まれて、動きを封じ込められた。俺を人質にして、ヴォルフラムは廊下に出るつもりだ。
「マテウス!」
アルミンが武器を取り出す気配を見せた。俺は慌ててアルミンを制する。
「武器は必要ないよ、アルミン。ヴォルフラムはもう限界だから・・彼は、もう動けない」
「マテウス・・ヴォルフラムの状態は異常だ」
「それでも、武器は使わないで」
武器は必要ないと、俺は判断した。ヴォルフラムは肩で息をしている。ひどい顔色で、今にも倒れそうだった。そして、本当に倒れてしまった。
「ヴォルフラム様!」
俺はヴォルフラムを支えようとして、共に部屋の床に倒れ込んでしまった。地面に叩き付けられる直前に、俺はヴォルフラムに庇われた。衝撃はあったが、痛みはそれほど感じなかった。
「ぐっ、つうっ!」
「ヴォルフラム様、しっかりして。マテウスです。わかりますか?マテウスです、ヴォルフラム様・・」
ファビアン殿下が作ってくれたクッキーが床に散らばり、踏まれて粉々になっていた。部屋中が、クッキーの甘い香りで満ちていた。
「ファビアン殿下が作って下さったクッキーが、粉々になってしまいました。ヴォルフラム様と一緒に食べるつもりだったのに・・クッキー缶を武器に使うなんて、なんて愚かな騎士なの・・ヴォルフラム様」
甘いクッキーの香りが、ファビアン殿下の笑顔を脳裏に呼び起こした。俺の眼から涙が溢れでる。ポロポロと零れ落ちる涙が、ヴォルフラムの頬を濡らした。
ヴォルフラムの顔の右半分は、包帯で覆われていた。暴れた為に包帯は少しほどけていて、右目に押された焼き印の痕が少し見えた。皮膚は赤く腫れて、盛り上がりひきつれていた。
包帯に触れると、ヴォルフラムはびくりと震えた。俺は構わず包帯の上から触れて、傷を確認していく。右耳は削がれてなくなっていた。
「ヴォルフラム様、私の事がわかりますか?」
左目は無事な筈なのに、何も景色を写していないように思えた。俺はさらに、包帯に触れる。
「ヴォルフラム様、マテウスは貴方の前にいます。無事に傷ひとつなく、貴方の前にいます。わかりますか、ヴォルフラム様?」
ヘンドリク = マーシャルは、本当にヴォルフラムの体の右側を、執拗に拷問したようだ。胴体にも包帯が巻かれている。包帯が血で滲んでいた。あれだけ暴れたなら傷も開く。
「ヴォルフラム様、貴方は『マテウスの騎士』でしょ?守るべき本人は、目の前にいますよ?それなのに、貴方は・・異端審問所の牢獄に、向かうつもりなのですか?」
ヴォルフラムの右腕も包帯で巻かれている。そして、右手の五本の指がなくなっていた。涙が出て止まらなかった。
「ヴォルフラム様・・貴方はひどい拷問を受けました。でも、貴方が暴れて周囲の注目を引き付けてくれたお陰で・・私は、マテウスは、拷問を受けずに済みました。わかりますか?ヘンドリクは、私を捕らえることも、拷問することも出来なかった」
不意に、ヴォルフラムの右手が動いた。右手が俺の頬を撫でようとした。だが、その動きが止まる。ヴォルフラムの左目がまじまじと自身の右手を見つめていた。そして、彼は掠れた声で呟いた。
「指がない」
俺はヴォルフラムが見つめる右手に、自らの手を重ねた。
「指はないですが・・ヴォルフラム様の大切な右手です。それに、左手。左手は無事です」
「だが、もう・・剣を掴む指がない。私は、護衛騎士ではなくなった。騎士でなくなった私には、もう何の価値もない」
俺はヴォルフラムの左手に触れていた。そして、俺はゆっくりと話しかけた。
「学園時代のヴォルフラム様は、『遅れてやってきた騎士』でした。私は、ヘンドリク = マーシャルに体を触れられ、とても不快な思いをしました・・」
「・・『遅れてやってきた騎士』」
「でも、今回は違う。ヴォルフラム様は体を張って、ファビアン殿下を守りました。私を探し回るヘンドリクを呼び戻す為に・・貴方は暴れて周囲の注目を集めた。貴方は、ヘンドリクに私を見つけることを諦めさせた。私は、ヘンドリクに捕まっていません。牢獄には、一度もいれられなかった」
ヴォルフラムが俺の顔を見つめる。左目に俺の泣き顔が映り込んでいた。俺はできるだけ笑みを浮かべ話しかけた。
「ようやく・・ヴォルフラム様が、私を見てくるた。ね、私は牢獄にはいないでしょ?マテウスは、貴方の傍にいます」
「だが、貴方の・・マテウス卿の声が牢獄に響いていた。私はあの場所で、確かに貴方の悲鳴を聞いた。ひどく苦しげに助けを求めていたのに・・私は何も出来なかった」
ヴォルフラムが、左目からポロポロ涙を流していた。俺は胸がつぶれる思いがした。
◆◆◆◆◆
22
お気に入りに追加
4,578
あなたにおすすめの小説
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?
「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。
王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り
更新頻度=適当
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。