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第四章
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◆◆◆◆◆
フリートヘルムは、ディートリッヒ家の邸の玄関ホールで、俺とアルミンを待っていてくれた。約束の時間より遅れての到着であったが、彼は歓迎してくれた。
「急な申し出にも関わらず、応じて頂き感謝いたします、マテウス卿」
「いえ、フリートヘルム様。お気になさらず」
「マテウス卿?」
「・・・」
どうやら、俺の表情と言葉が固すぎたらしい。フリートヘルムが気遣って、俺の名を呼んだ。だが、その言葉に返事が返せなかった。
「フリートヘルム卿、申し訳ありません。マテウス様は、少々気鬱を発症しておりまして」
アルミンが口を挟んだので、俺は幼馴染みに黙るように視線を向けた。だが、彼は黙らなかった。
「ディートリッヒ家の御者は、我々が馬車に乗り込む時に舌打ちをしました。その上、邸に到着すると『穢れた血脈の者が乗った馬車は、処分するしかないな』と、御者は我々に聞かせるように、大きな独り言を呟きまして・・」
「アルミン、余計な事は言わなくていい!」
「いやいや、駄目ですよ。マテウス様の悪い噂が、フリートヘルム卿の耳に届く前に、真実を伝えるべきでしょう?」
「アルミン、黙りなさい!」
「いえ、黙りません。ヘクトール様もこれを契機に、ディートリッヒ家との捻れた関係を、改善したいと希望されています。ですが、マテウス様の御者への言動は、ディートリッヒ家自体を侮辱したと、捉えられてもおかしくありません。妙な噂を立てられる前に、言い訳がましくても言い訳してください、マテウス様」
俺は思わず唇を噛んだ。ディートリッヒ家の馬車に乗り込んだ瞬間から、気鬱の症状が現れていた。そして、邸に到着して御者の発言を耳にした瞬間に、俺は簡単に切れてしまったのだ。
自分の成長のなさに、がっくりしている最中だが、この様な態度をとり続けては不味い。俺は大きく息を吐き出し、何とか冷静さを取り戻そうとする。
俺の不機嫌な理由を知ったフリートヘルムは、視線を合わせて素直に謝ってくれた。
「そうでしたか。我が家の使用人が、失礼な態度をとり・・主としてお詫びします。件の御者には、相応の罰を与えます。不快な思いをさせて申し訳ない、マテウス卿」
「フリートヘルム様、それには及びません。その御者には、たっぷりと嫌味で応酬しましたので。私は御者に、こういい放ちました。『御者の身分で、馬車の処分を決めていいの?不味いことになるのではない?だって、ディートリッヒ家は、シュナーベル家と違って・・領地収入が安定していないでしょ?古くて乗り心地の最悪な馬車だったけれど、簡単に処分すべきではないと、私は思うけれど・・どうかしら?それとも、乗り心地が悪かったのは・・御者の質が悪いからかしら?フリートヘルム様に、新しい御者を紹介するのも良いわね?貴方は、新しい職を探すべきね。では、失礼・・無礼な御者さん』・・私の言葉で、彼は今頃路頭に迷うかもしれないと、悶々としているはず。ですから、罰は不要です」
御者に対して発言した言葉を、俺は一言一句違えずに、フリートヘルムに伝えた。ちなみに、フリートヘルムにはソフトに伝えたが、実際には上から目線で、思いっきり御者を見下す態度で、発言していた。
今更ながら、恥ずかしくなってきた。
でも、ディートリッヒ家の邸に入ってからも、出会う使用人達から、慇懃無礼な態度を取られて、感情のコントロールが難しくなってしまった。
久々に気鬱が発症して、イライラして息が苦しい。過呼吸にならないとよいのだけれど。
「フリートヘルム様。私の発言には、ディートリッヒ家を貶める言葉がありました。ごめんなさい。頭にきて・・つい、言葉が過ぎました。私の発言により、両家の関係がより悪化することは望んでおりません。その、ごめんなさい」
「マテウス卿、こちらに非があったのです。そう、落ち込まれなくても大丈夫です。もう、以前のように・・貴方の悪い噂に惑わされる事はありません。さあ、こちらに・・マテウス卿」
フリートヘルムが、俺に手を差し出してきた。
孕み子が苦手な男が、俺などをエスコートしようとしている。その手つきが不器用でも、俺の心はぽっこりした。
「ありがとうございます、フリートヘルム様」
少なくとも、ディートリッヒ家の次期当主がエスコートする孕み子に、不躾な視線は向けられないはず。
「ところで、マテウス卿?」
「はい?」
「胸に大切に抱えていらっしゃる、小箱には、何が入っているのですか?」
「これですか?この缶には、ファビアン殿下が作って下さった、レーズンクッキーが入っています。ヴォルフラム様と共に、殿下のお話をしながら、クッキーを食べたいと思いまして。あの、駄目でしたか・・フリートヘルム様?」
フリートヘルムが会話の途中で表情を曇らせたので、急に不安になってしまった。突然、後ろを歩くアルミンの顔が見たくなったが、振り返ることはしなかった。
「ヴォルフラムは、昨日から完全に食事を拒絶して、自室から脱出しようと画策しては、騒ぎを起こす状態で・・やむ無く、自室から監禁部屋に移動させました。マテウス卿を見て、正気に戻ってくれるとよいのだが・・」
「監禁部屋・・」
俺はショックを隠せなかった。軟禁されているとは聞いていたが、本格的な監禁に移行しているなんて。もっと早くに、ヴォルフラムの見舞いに来るべきだった。
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フリートヘルムは、ディートリッヒ家の邸の玄関ホールで、俺とアルミンを待っていてくれた。約束の時間より遅れての到着であったが、彼は歓迎してくれた。
「急な申し出にも関わらず、応じて頂き感謝いたします、マテウス卿」
「いえ、フリートヘルム様。お気になさらず」
「マテウス卿?」
「・・・」
どうやら、俺の表情と言葉が固すぎたらしい。フリートヘルムが気遣って、俺の名を呼んだ。だが、その言葉に返事が返せなかった。
「フリートヘルム卿、申し訳ありません。マテウス様は、少々気鬱を発症しておりまして」
アルミンが口を挟んだので、俺は幼馴染みに黙るように視線を向けた。だが、彼は黙らなかった。
「ディートリッヒ家の御者は、我々が馬車に乗り込む時に舌打ちをしました。その上、邸に到着すると『穢れた血脈の者が乗った馬車は、処分するしかないな』と、御者は我々に聞かせるように、大きな独り言を呟きまして・・」
「アルミン、余計な事は言わなくていい!」
「いやいや、駄目ですよ。マテウス様の悪い噂が、フリートヘルム卿の耳に届く前に、真実を伝えるべきでしょう?」
「アルミン、黙りなさい!」
「いえ、黙りません。ヘクトール様もこれを契機に、ディートリッヒ家との捻れた関係を、改善したいと希望されています。ですが、マテウス様の御者への言動は、ディートリッヒ家自体を侮辱したと、捉えられてもおかしくありません。妙な噂を立てられる前に、言い訳がましくても言い訳してください、マテウス様」
俺は思わず唇を噛んだ。ディートリッヒ家の馬車に乗り込んだ瞬間から、気鬱の症状が現れていた。そして、邸に到着して御者の発言を耳にした瞬間に、俺は簡単に切れてしまったのだ。
自分の成長のなさに、がっくりしている最中だが、この様な態度をとり続けては不味い。俺は大きく息を吐き出し、何とか冷静さを取り戻そうとする。
俺の不機嫌な理由を知ったフリートヘルムは、視線を合わせて素直に謝ってくれた。
「そうでしたか。我が家の使用人が、失礼な態度をとり・・主としてお詫びします。件の御者には、相応の罰を与えます。不快な思いをさせて申し訳ない、マテウス卿」
「フリートヘルム様、それには及びません。その御者には、たっぷりと嫌味で応酬しましたので。私は御者に、こういい放ちました。『御者の身分で、馬車の処分を決めていいの?不味いことになるのではない?だって、ディートリッヒ家は、シュナーベル家と違って・・領地収入が安定していないでしょ?古くて乗り心地の最悪な馬車だったけれど、簡単に処分すべきではないと、私は思うけれど・・どうかしら?それとも、乗り心地が悪かったのは・・御者の質が悪いからかしら?フリートヘルム様に、新しい御者を紹介するのも良いわね?貴方は、新しい職を探すべきね。では、失礼・・無礼な御者さん』・・私の言葉で、彼は今頃路頭に迷うかもしれないと、悶々としているはず。ですから、罰は不要です」
御者に対して発言した言葉を、俺は一言一句違えずに、フリートヘルムに伝えた。ちなみに、フリートヘルムにはソフトに伝えたが、実際には上から目線で、思いっきり御者を見下す態度で、発言していた。
今更ながら、恥ずかしくなってきた。
でも、ディートリッヒ家の邸に入ってからも、出会う使用人達から、慇懃無礼な態度を取られて、感情のコントロールが難しくなってしまった。
久々に気鬱が発症して、イライラして息が苦しい。過呼吸にならないとよいのだけれど。
「フリートヘルム様。私の発言には、ディートリッヒ家を貶める言葉がありました。ごめんなさい。頭にきて・・つい、言葉が過ぎました。私の発言により、両家の関係がより悪化することは望んでおりません。その、ごめんなさい」
「マテウス卿、こちらに非があったのです。そう、落ち込まれなくても大丈夫です。もう、以前のように・・貴方の悪い噂に惑わされる事はありません。さあ、こちらに・・マテウス卿」
フリートヘルムが、俺に手を差し出してきた。
孕み子が苦手な男が、俺などをエスコートしようとしている。その手つきが不器用でも、俺の心はぽっこりした。
「ありがとうございます、フリートヘルム様」
少なくとも、ディートリッヒ家の次期当主がエスコートする孕み子に、不躾な視線は向けられないはず。
「ところで、マテウス卿?」
「はい?」
「胸に大切に抱えていらっしゃる、小箱には、何が入っているのですか?」
「これですか?この缶には、ファビアン殿下が作って下さった、レーズンクッキーが入っています。ヴォルフラム様と共に、殿下のお話をしながら、クッキーを食べたいと思いまして。あの、駄目でしたか・・フリートヘルム様?」
フリートヘルムが会話の途中で表情を曇らせたので、急に不安になってしまった。突然、後ろを歩くアルミンの顔が見たくなったが、振り返ることはしなかった。
「ヴォルフラムは、昨日から完全に食事を拒絶して、自室から脱出しようと画策しては、騒ぎを起こす状態で・・やむ無く、自室から監禁部屋に移動させました。マテウス卿を見て、正気に戻ってくれるとよいのだが・・」
「監禁部屋・・」
俺はショックを隠せなかった。軟禁されているとは聞いていたが、本格的な監禁に移行しているなんて。もっと早くに、ヴォルフラムの見舞いに来るべきだった。
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