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第四章
152
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◆◆◆◆◆◆◆
急にヘクトール兄上に、キスをしたくなったのだから仕方ない。
「お休みなさい、ヘクトール兄上」
「え、あ、ああ。お休み」
兄上は急にキスをされて、少し焦っているみたい。婚約者の俺でも、急に触れられると抵抗を感じるのかな?俺は、兄上の反応が少し寂しかった。だが、今は・・ヴォルフラムの事に集中しよう。
「フリートヘルム様、私は出来るだけ早くヴォルフラム様にお会いしたいです。そして、安心して静養していただきたい。できれば、明日の昼にでもディートリッヒ家にお伺いしたいです。構わないでしょうか、フリートヘルム様?」
「感謝します、マテウス卿」
フリートヘルムの言葉数は少なかったが、十分に気持ちは伝わってきた。だから、俺はできるだけ頑張って、可愛らしく微笑んだつもりだ。だが、視線を即座に逸らされてしまった。えー?
「マテウス・・お前は、相変わらず早急だな。だが、勝手に動かれるのも心配だ。明日、ディートリッヒ家を訪問できるように・・今から、フリートヘルム卿と段取りを相談する。マテウスは、部屋に戻ってよく休みなさい」
「はい、ヘクトール兄上」
俺は応接室を出る時に、ふと部屋を振り返った。ヘクトール兄上が、獲物を見るような鋭い眼差しで、フリートヘルムを見ていた。
まあ、フリートヘルムはヘクトール兄上に頼った以上は、何か見返りを要求されることは分かっているだろう。兄上は、フリートヘルムから何かを得るまでは、邸から帰すつもりはないに違いない。
ちょっぴり、ヘクトール兄上が怖いので・・俺はそそくさと応接室を後にして、安心安全な自室のベッドに潜り込んだ。
◇◇◇◇
翌日、目が覚めると、すでに朝より昼に近かった。今日は、ディートリッヒ家に向かうのに、寝過ごしてしまった。
俺は慌てて身支度を開始する。使用人が用意してくれたお湯で、顔を洗い髪を整える。俺の身支度の時間は、孕み子としては最速かもしれない。まあ、不細工だから良いのだ!
そして、そのまま部屋を出ようとして、寝着のままだと気がつく。いくら、寝着兼外出着の怠惰の衣装でも、毎日同じものを着るほどには、自分を捨ててはいない。体臭が気になるからね。
クローゼットに駆け寄り扉を開くと、怠惰の衣装がズラリと並んでいた。全て、デザインが少しづつ異なっている。だがどれも、着心地は、まさに怠惰の極み。
「よし、今日はこれだ!」
詰め襟の茶色の衣装に、シルフィウムの刺繍が繊細に施されている。やはり、着用するとしっくりと体に馴染む。鏡に全身を写し、自分にちょっと笑い掛けてみた。すると、やはり何故だか、可愛らしく見える。
「ミラクル!」
俺は、一言そう叫んでから自室を出た。そして、アルミンに怒られた。
「遅い、マテウス!」
「アルミン、部屋の前で待ち伏せはやめて。それに、寝坊はしたけど身支度は最速で済ませたから・・まだ、大丈夫でしょ?」
「いや、すでにディートリッヒ家の迎えの馬車が到着している」
「え、嘘?」
「使用人が何度も起こしたが、死んだように寝ていたそうだ。心配した使用人がルドルフを呼び、診察して帰って行った。診断名は、寝不足だそうだ」
「恐ろしいことに、全く記憶にない。でも、確かに寝不足だったかも。まあ、よく寝たから改善されたみたい。頭もスッキリしているもの。社畜時代には考えられない、爽やかな目覚め。さあ、アルミン!ディートリッヒ家に行くよ」
アルミンが、嫌な表情を浮かべて俺をみた。
「テンション高すぎて、情緒が不安定な奴にしか見えないぞ、マテウス?」
俺は思わず黙り込んで、アルミンをじろじろと見つめてしまった。今度は、アルミンが狼狽える。俺は少し笑って口を開いた。
「さすが、アルミンだね。もちろん、情緒は不安定だよ。だって、これから・・ヴォルフラム様に会いに行くんだよ?彼に笑顔を向けるには、これくらい元気がないと私には無理だよ。どれほどひどい傷でも姿でも・・私は動揺しない。まして、憐れんだりしないし、涙も流さない。でも、不安」
「マテウス・・」
「今日はずっと傍にいて、アルミン。怖くなって、私が逃げ出しそうになったら・・背中を叩いて元気付けて。お願いね、アルミン?」
アルミンは苦い表情を浮かべた。
「そこまでして・・ヴォルフラムに会う必要があるのか?様子を見なくても、あいつが計画の主要部分を担えないのは明らかだ。奴の刃は欠けた」
「計画立案の天才が、ヴォルフラムを選んだ。私の予見もそう示していた。だけど・・どこかで狂いが生じて、運命が彼を計画から弾き出した。運命には逆らえないよ、アルミン」
「マテウスは、ヴォルフラムに会う前から・・もう、今回の計画を中止にするつもりなんだな?シュナーベル家の血脈が途絶える。お前はそれを容認するのか?その事に耐えられるのか、マテウス?」
「分からない。でも、今回が駄目でも・・ヘクトール兄上なら、別の計画を立ててくれるよ。私たち一族が生き残る道を。その計画に、ヴォルフラム様が、加わらないだけ。それだけの事だよ」
アルミンが不意に、俺の腕を掴み引き寄せた。そして、唇が触れるほどの位置で呟いた。
「殿下の処刑計画から、ヴォルフラムを外したいのは・・あいつが好きだからなんだろ?」
◆◆◆◆◆◆
急にヘクトール兄上に、キスをしたくなったのだから仕方ない。
「お休みなさい、ヘクトール兄上」
「え、あ、ああ。お休み」
兄上は急にキスをされて、少し焦っているみたい。婚約者の俺でも、急に触れられると抵抗を感じるのかな?俺は、兄上の反応が少し寂しかった。だが、今は・・ヴォルフラムの事に集中しよう。
「フリートヘルム様、私は出来るだけ早くヴォルフラム様にお会いしたいです。そして、安心して静養していただきたい。できれば、明日の昼にでもディートリッヒ家にお伺いしたいです。構わないでしょうか、フリートヘルム様?」
「感謝します、マテウス卿」
フリートヘルムの言葉数は少なかったが、十分に気持ちは伝わってきた。だから、俺はできるだけ頑張って、可愛らしく微笑んだつもりだ。だが、視線を即座に逸らされてしまった。えー?
「マテウス・・お前は、相変わらず早急だな。だが、勝手に動かれるのも心配だ。明日、ディートリッヒ家を訪問できるように・・今から、フリートヘルム卿と段取りを相談する。マテウスは、部屋に戻ってよく休みなさい」
「はい、ヘクトール兄上」
俺は応接室を出る時に、ふと部屋を振り返った。ヘクトール兄上が、獲物を見るような鋭い眼差しで、フリートヘルムを見ていた。
まあ、フリートヘルムはヘクトール兄上に頼った以上は、何か見返りを要求されることは分かっているだろう。兄上は、フリートヘルムから何かを得るまでは、邸から帰すつもりはないに違いない。
ちょっぴり、ヘクトール兄上が怖いので・・俺はそそくさと応接室を後にして、安心安全な自室のベッドに潜り込んだ。
◇◇◇◇
翌日、目が覚めると、すでに朝より昼に近かった。今日は、ディートリッヒ家に向かうのに、寝過ごしてしまった。
俺は慌てて身支度を開始する。使用人が用意してくれたお湯で、顔を洗い髪を整える。俺の身支度の時間は、孕み子としては最速かもしれない。まあ、不細工だから良いのだ!
そして、そのまま部屋を出ようとして、寝着のままだと気がつく。いくら、寝着兼外出着の怠惰の衣装でも、毎日同じものを着るほどには、自分を捨ててはいない。体臭が気になるからね。
クローゼットに駆け寄り扉を開くと、怠惰の衣装がズラリと並んでいた。全て、デザインが少しづつ異なっている。だがどれも、着心地は、まさに怠惰の極み。
「よし、今日はこれだ!」
詰め襟の茶色の衣装に、シルフィウムの刺繍が繊細に施されている。やはり、着用するとしっくりと体に馴染む。鏡に全身を写し、自分にちょっと笑い掛けてみた。すると、やはり何故だか、可愛らしく見える。
「ミラクル!」
俺は、一言そう叫んでから自室を出た。そして、アルミンに怒られた。
「遅い、マテウス!」
「アルミン、部屋の前で待ち伏せはやめて。それに、寝坊はしたけど身支度は最速で済ませたから・・まだ、大丈夫でしょ?」
「いや、すでにディートリッヒ家の迎えの馬車が到着している」
「え、嘘?」
「使用人が何度も起こしたが、死んだように寝ていたそうだ。心配した使用人がルドルフを呼び、診察して帰って行った。診断名は、寝不足だそうだ」
「恐ろしいことに、全く記憶にない。でも、確かに寝不足だったかも。まあ、よく寝たから改善されたみたい。頭もスッキリしているもの。社畜時代には考えられない、爽やかな目覚め。さあ、アルミン!ディートリッヒ家に行くよ」
アルミンが、嫌な表情を浮かべて俺をみた。
「テンション高すぎて、情緒が不安定な奴にしか見えないぞ、マテウス?」
俺は思わず黙り込んで、アルミンをじろじろと見つめてしまった。今度は、アルミンが狼狽える。俺は少し笑って口を開いた。
「さすが、アルミンだね。もちろん、情緒は不安定だよ。だって、これから・・ヴォルフラム様に会いに行くんだよ?彼に笑顔を向けるには、これくらい元気がないと私には無理だよ。どれほどひどい傷でも姿でも・・私は動揺しない。まして、憐れんだりしないし、涙も流さない。でも、不安」
「マテウス・・」
「今日はずっと傍にいて、アルミン。怖くなって、私が逃げ出しそうになったら・・背中を叩いて元気付けて。お願いね、アルミン?」
アルミンは苦い表情を浮かべた。
「そこまでして・・ヴォルフラムに会う必要があるのか?様子を見なくても、あいつが計画の主要部分を担えないのは明らかだ。奴の刃は欠けた」
「計画立案の天才が、ヴォルフラムを選んだ。私の予見もそう示していた。だけど・・どこかで狂いが生じて、運命が彼を計画から弾き出した。運命には逆らえないよ、アルミン」
「マテウスは、ヴォルフラムに会う前から・・もう、今回の計画を中止にするつもりなんだな?シュナーベル家の血脈が途絶える。お前はそれを容認するのか?その事に耐えられるのか、マテウス?」
「分からない。でも、今回が駄目でも・・ヘクトール兄上なら、別の計画を立ててくれるよ。私たち一族が生き残る道を。その計画に、ヴォルフラム様が、加わらないだけ。それだけの事だよ」
アルミンが不意に、俺の腕を掴み引き寄せた。そして、唇が触れるほどの位置で呟いた。
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