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第四章
142 ヴォルフラムの負傷
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◆◆◆◆◆
「だが、ヘンドリクの執拗な拷問は、ヴォルフラムの右側の身体機能を完全に破壊した。失った機能は戻らない。今の彼なら、たとえ復帰できたとしても・・誰でも殺せる。俺でもだ」
俺は言葉もなく、ヘクトール兄上を見つめていた。そんな傷を負った彼が、王太子殿下を殺すのか?
小説の筋書き通りに?だけど、もう小説の筋書きからは、外れている気もする。
小説の中のヴォルフラムは、王太子殿下を刺した後、殿下の手で足首を掴まれていた。だが、よろめく事もなく殿下の手を振り切っていた。
半身を失ったヴォルフラムに、そんな事が可能だろうか?冷静にならないと。冷静に・・
「ヘクトール兄上、お茶を飲みましょう。そして、落ち着きを取り戻したら・・私の知らない情報を全て教えて下さい」
「マテウス、大丈夫かい?」
「とにかく、今は・・落ち着きたいのです」
◇◇◇
ヘクトール兄上は、手持ちの情報を全て私に与えてくれた。俺に気を使いながらも、隠し事をせずに話してくれている。その事が、とても嬉しく感じられた。
「兄上」
「どうした?」
テーブルをはさみ、ヘクトール兄上と向き合いながら、紅茶をゆっくりと飲んでいる。兄上が入れてくれた紅茶は適温で、旨味がたっぷり出ていた。とても美味しい。
「ヘクトール兄上、こんな時でも・・紅茶を美味しいと感じている私は、狂ってしまったのでしょうか?」
「マテウスが狂っているなら、俺も狂っている事になるな。自身でいれた紅茶を旨いと感じ、満足しているのだからね」
俺は兄上の返事に笑顔で応じようとした。だが、笑顔は崩れ泣き笑いになってしまった。
ヘクトール兄上が、心配そうにこちらを伺っている。俺は兄上を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ヘクトール兄上・・この処刑計画は、失敗に終わる可能性があります」
「それはそうだろうね?完全な処刑計画など、有りはしない。だからこそ、欠けたピースを埋めながら、計画を限りなく完全に近づける事が重要になってくる。マテウスは、欠けたピースを見つけたのかな?」
俺は僅かにためらった。ヘクトール兄上は俺のためらいを敏感に感じ取ったようだ。兄上が、ゆっくりと俺から視線を外す。
俺は深く息を吐き出し、そして、切り出した。
「王太子殿下が殺害される事を・・私は予見しておりました」
「っ!」
ヘクトール兄上は、驚いた表情で俺を見た。だが、口を挟むことはなかった。俺は、ゆっくりと話を続ける。
「ヴォルフラム様が、殿下を殺害する事も予見していました。ですが、彼が殿下を害する動機が見当たらず、困惑しておりました」
「マテウス、何時から予見していたんだい?先見をしたのは・・最近かい?」
「ずいぶん昔に先見をしました。秘密にしていてごめんなさい、兄上」
「いや・・それより、体は大丈夫かい?」
兄上がこんな時でも、俺の体調に気を使ってくれることが嬉しかった。
「ヘクトール兄上。先見をしたからといって、寿命が削られる訳ではありませんよ?」
「マテウス!」
「兄上?」
「寿命が削られるなどと口にしては駄目だ、マテウス。あまりに不吉で・・恐ろしい」
俺はテーブル越しに手を伸ばした。ヘクトール兄上もつられて手を伸ばす。俺は兄上の手に触れた。そして、手を繋ぐ。
「ヘクトール兄上・・私は、ここにいます」
「そうだな。手を繋いでいる」
「生きているでしょ?」
「ああ。どうやら、俺も生きているようだ」
「そうですとも、兄上」
俺はヘクトール兄上と手を繋いだまま、会話を続けた。
「私は・・ヴォルフラム様が、殿下を害する姿を見ました。そして、彼が進む道の先に人影もみました。その人影は、殿下のご存じの方のようでした。ですが、正体まではわかりませんでした」
「その人影は、俺だろうな。マテウスの先見と処刑計画は、全てが合致している。それでも尚、マテウスはこの計画が失敗すると言うのかい?それは予言かい、マテウス?」
俺は首を振り否定した。
「『処刑計画は失敗する』そう予言した訳ではありませんよ、兄上?そのような能力は、私にはありませんから」
「では、何故?」
「私が先見したヴォルフラム様は・・先ほど兄上が仰ったような怪我を、負ってはいらっしゃらなかったのです」
「・・つまり、彼は半身を引き摺るような状態では、なかったと云うことかい?」
俺は、兄上への返答にためらった。俺は先見をしたわけではない。実際のところは、小説の文脈から読み取った情報に過ぎない。
ヴォルフラムは、殿下に足首を掴まれても平然としていた。だから、彼は半身を失った状態ではないと判断しただけだ。
だが、実際のところはどうなのだろうか?
「マテウス?」
「兄上、私の先見も予見も完全なものではありません。ですが、今回の処刑計画の要は、ヴォルフラム様でしょ?そのヴォルフラム様の負傷により・・先々の事柄が変化しても、おかしくはないでしょ?」
「処刑計画を実行すれば失敗する・・そう言いたいのかい、マテウス?」
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「だが、ヘンドリクの執拗な拷問は、ヴォルフラムの右側の身体機能を完全に破壊した。失った機能は戻らない。今の彼なら、たとえ復帰できたとしても・・誰でも殺せる。俺でもだ」
俺は言葉もなく、ヘクトール兄上を見つめていた。そんな傷を負った彼が、王太子殿下を殺すのか?
小説の筋書き通りに?だけど、もう小説の筋書きからは、外れている気もする。
小説の中のヴォルフラムは、王太子殿下を刺した後、殿下の手で足首を掴まれていた。だが、よろめく事もなく殿下の手を振り切っていた。
半身を失ったヴォルフラムに、そんな事が可能だろうか?冷静にならないと。冷静に・・
「ヘクトール兄上、お茶を飲みましょう。そして、落ち着きを取り戻したら・・私の知らない情報を全て教えて下さい」
「マテウス、大丈夫かい?」
「とにかく、今は・・落ち着きたいのです」
◇◇◇
ヘクトール兄上は、手持ちの情報を全て私に与えてくれた。俺に気を使いながらも、隠し事をせずに話してくれている。その事が、とても嬉しく感じられた。
「兄上」
「どうした?」
テーブルをはさみ、ヘクトール兄上と向き合いながら、紅茶をゆっくりと飲んでいる。兄上が入れてくれた紅茶は適温で、旨味がたっぷり出ていた。とても美味しい。
「ヘクトール兄上、こんな時でも・・紅茶を美味しいと感じている私は、狂ってしまったのでしょうか?」
「マテウスが狂っているなら、俺も狂っている事になるな。自身でいれた紅茶を旨いと感じ、満足しているのだからね」
俺は兄上の返事に笑顔で応じようとした。だが、笑顔は崩れ泣き笑いになってしまった。
ヘクトール兄上が、心配そうにこちらを伺っている。俺は兄上を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ヘクトール兄上・・この処刑計画は、失敗に終わる可能性があります」
「それはそうだろうね?完全な処刑計画など、有りはしない。だからこそ、欠けたピースを埋めながら、計画を限りなく完全に近づける事が重要になってくる。マテウスは、欠けたピースを見つけたのかな?」
俺は僅かにためらった。ヘクトール兄上は俺のためらいを敏感に感じ取ったようだ。兄上が、ゆっくりと俺から視線を外す。
俺は深く息を吐き出し、そして、切り出した。
「王太子殿下が殺害される事を・・私は予見しておりました」
「っ!」
ヘクトール兄上は、驚いた表情で俺を見た。だが、口を挟むことはなかった。俺は、ゆっくりと話を続ける。
「ヴォルフラム様が、殿下を殺害する事も予見していました。ですが、彼が殿下を害する動機が見当たらず、困惑しておりました」
「マテウス、何時から予見していたんだい?先見をしたのは・・最近かい?」
「ずいぶん昔に先見をしました。秘密にしていてごめんなさい、兄上」
「いや・・それより、体は大丈夫かい?」
兄上がこんな時でも、俺の体調に気を使ってくれることが嬉しかった。
「ヘクトール兄上。先見をしたからといって、寿命が削られる訳ではありませんよ?」
「マテウス!」
「兄上?」
「寿命が削られるなどと口にしては駄目だ、マテウス。あまりに不吉で・・恐ろしい」
俺はテーブル越しに手を伸ばした。ヘクトール兄上もつられて手を伸ばす。俺は兄上の手に触れた。そして、手を繋ぐ。
「ヘクトール兄上・・私は、ここにいます」
「そうだな。手を繋いでいる」
「生きているでしょ?」
「ああ。どうやら、俺も生きているようだ」
「そうですとも、兄上」
俺はヘクトール兄上と手を繋いだまま、会話を続けた。
「私は・・ヴォルフラム様が、殿下を害する姿を見ました。そして、彼が進む道の先に人影もみました。その人影は、殿下のご存じの方のようでした。ですが、正体まではわかりませんでした」
「その人影は、俺だろうな。マテウスの先見と処刑計画は、全てが合致している。それでも尚、マテウスはこの計画が失敗すると言うのかい?それは予言かい、マテウス?」
俺は首を振り否定した。
「『処刑計画は失敗する』そう予言した訳ではありませんよ、兄上?そのような能力は、私にはありませんから」
「では、何故?」
「私が先見したヴォルフラム様は・・先ほど兄上が仰ったような怪我を、負ってはいらっしゃらなかったのです」
「・・つまり、彼は半身を引き摺るような状態では、なかったと云うことかい?」
俺は、兄上への返答にためらった。俺は先見をしたわけではない。実際のところは、小説の文脈から読み取った情報に過ぎない。
ヴォルフラムは、殿下に足首を掴まれても平然としていた。だから、彼は半身を失った状態ではないと判断しただけだ。
だが、実際のところはどうなのだろうか?
「マテウス?」
「兄上、私の先見も予見も完全なものではありません。ですが、今回の処刑計画の要は、ヴォルフラム様でしょ?そのヴォルフラム様の負傷により・・先々の事柄が変化しても、おかしくはないでしょ?」
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