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第四章
141 ヘンドリク = マーシャル
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◆◆◆◆◆◆
「シュナーベル家の次期当主として、王太子殿下が王位を継ぐことは認めない。玉座には、ファビアン殿下についてもらう」
ヘクトール兄上は、はっきりと玉座の行方について口にした。
「ファビアン殿下を玉座に・・」
ヘクトール兄上は、不意に俺にたいして頭を下げた。俺は思わず、肩を震わせた。
「ヘクトール兄上?」
「マテウスを巻き込みたくはなかった。だが、処刑計画を進めるには、ヴォルフラム = ディートリッヒの存在が重要になる。そして、今のヴォルフラムを動かせるのは、マテウスだけだと確信している。すまない、マテウス」
すべてが、小説『愛の為に』の筋書きどおりに進んでいる。小説内で、ヴォルフラムは王太子殿下を殺害した。でも、動機は語られなかった。ヴォルフラムが動機を語らなかったのは、その必要がなかったからかもしれない。
王太子殿下への殺害動機があるのは、シュナーベル家のヘクトール兄上と・・俺だから。
「・・ヘクトール兄上」
「なんだい?」
「ヴォルフラム様に、王太子殿下を殺害させるつもりですか?」
「そのつもりだ」
「兄上・・」
俺は体の震えを押さえる事ができなかった。俺はヘクトール兄上に抱きつき、その背に腕を回した。
「・・マテウス」
「ヴォルフラム様が殿下を殺害したあと、彼はどうなりますか、ヘクトール兄上?」
「王太子殿下を殺害した者には・・死だけが待っている。ヴォルフラムなら、牢獄で死を待つよりも別の道を選ぶだろう」
「っ!」
「兄上は、ヴォルフラム様の味方ではないのですね?彼を生かすつもりは・・救うつもりはないのですね?」
「ああ、そうだ」
小説『愛の為に』では、ヴォルフラムのその後の人生は語られなかった。ただ、ヴォルフラムの歩むその先に、彼を待つ人物がいることだけは記されていた。
その人物の正体は、小説内では明らかにされなかった。でも、孤独な生い立ちのヴォルフラムが、王家への裏切りに見合う何かを得たのだと思っていた。そう、思いたかった。ヴォルフラムを待つ人物が、真実、彼の味方であって欲しかった。
「・・ヘクトール兄上」
「なんだい?」
ヴォルフラムに味方はいない。兄上は、ヴォルフラムを救うことはしないだろう。むしろ、彼が牢獄に入る前に、口を封じようとする筈だ。
「兄上は、ヴォルフラム様が牢獄に入る前に、口を封じるおつもりですか?ですが、その機会は巡ってくるでしょうか?」
「その場で、ヴォルフラムを斬るつもりだ。彼は俺を敵視している。殿下の殺害後に、俺がヴォルフラムの前に姿を見せれば、必ず俺を排除しようと向かって来る筈だ」
俺は驚いてヘクトール兄上の顔を見つめた。俺は不安になり口を開いた。
「ヴォルフラム様と剣を交えて対峙なさるおつもりですが、ヘクトール兄上?」
「そのつもりだ」
「ですが、兄上!相手は、護衛騎士のヴォルフラム様です。兄上が剣術に長けている事は存じております。ですが、危険な賭けです。兄上が身を張る必要はないはずです!」
俺の言葉に、ヘクトール兄上の表情が陰った。
「兄上?」
「ヴォルフラムがシュナーベル家の次期当主に、自ら剣を向けて挑む事に意味がある。見境なく剣をふるうヴォルフラムは、他人からは乱心したように見えるだろうからね。それに・・俺が、彼に負けることは絶対にない」
「どうして、そう言いきれるのです!」
俺が語気強く迫ると、ヘクトール兄上ははっきりとした口調で応じた。
「今回、ヴォルフラムを連れ去った異端審問官の名が判明した。ヘンドリク = マーシャルだ」
「ヘンドリク = マーシャル!?」
俺は驚き目を見開いた。不意に、学園時代に彼に襲われた時の記憶がよみがえる。改宗を迫りながら、その眼差しは欲望で濁っていた。
「ヘンドリク = マーシャルが、異端審問官になっていることは知っていました。ヴォルフラム様が以前に教えて下さって・・あの時、ヘンドリクは、私の事をいまだに恨み狙っていると聞かされました。でも、私は・・聞き流してしまった。忘れたかった、あんな奴の事は」
震えだした俺を、ヘクトール兄上は抱き締めてくれた。兄上の温もりに包まれながら、危惧した事を口にしていた。
「ヘンドリク = マーシャルが、関わっていたのなら・・今回の異端審問の狙いは、ファビアン殿下ではなかったのですね、兄上?」
「マテウス」
「本当の狙いは、私とヴォルフラム様」
大きな衝撃が心を揺さぶる。ファビアン殿下は巻き込まれたのだ。そして、王太子殿下も巻き込まれた。俺はヴォルフラムから忠告を受けながら、恐ろしくて過去と向き合えなかった。その為に・・問題を長引かせてしまった。
俺に殿下を糾弾する資格はあったのだろうか?
「マテウス、今から君にとり、とても辛いことを話す。心を落ち着かせて聞いて欲しい」
「何をです?何を落ち着いて聞けと?」
「ヴォルフラムは・・異端審問所の牢獄で、ヘンドリク = マーシャルから、激しい拷問を受けたらしい」
「!?」
「ヴォルフラムは、ディートリッヒ家の手の者により、既に牢獄から救出されている。激しい拷問に耐えて、命は繋いだ。今は、安全な場所で静養している」
「あぁ、ヴォルフラム様!」
ヘクトール兄上の言葉に俺は安堵の息をつく。だが、次の瞬間には息が凍てついた。
「だが、ヘンドリクの執拗な拷問は、ヴォルフラムの右側の身体機能を完全に破壊した。失った機能は戻らない。今の彼なら、たとえ復帰できたとしても・・誰でも殺せる。俺でもだ」
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「シュナーベル家の次期当主として、王太子殿下が王位を継ぐことは認めない。玉座には、ファビアン殿下についてもらう」
ヘクトール兄上は、はっきりと玉座の行方について口にした。
「ファビアン殿下を玉座に・・」
ヘクトール兄上は、不意に俺にたいして頭を下げた。俺は思わず、肩を震わせた。
「ヘクトール兄上?」
「マテウスを巻き込みたくはなかった。だが、処刑計画を進めるには、ヴォルフラム = ディートリッヒの存在が重要になる。そして、今のヴォルフラムを動かせるのは、マテウスだけだと確信している。すまない、マテウス」
すべてが、小説『愛の為に』の筋書きどおりに進んでいる。小説内で、ヴォルフラムは王太子殿下を殺害した。でも、動機は語られなかった。ヴォルフラムが動機を語らなかったのは、その必要がなかったからかもしれない。
王太子殿下への殺害動機があるのは、シュナーベル家のヘクトール兄上と・・俺だから。
「・・ヘクトール兄上」
「なんだい?」
「ヴォルフラム様に、王太子殿下を殺害させるつもりですか?」
「そのつもりだ」
「兄上・・」
俺は体の震えを押さえる事ができなかった。俺はヘクトール兄上に抱きつき、その背に腕を回した。
「・・マテウス」
「ヴォルフラム様が殿下を殺害したあと、彼はどうなりますか、ヘクトール兄上?」
「王太子殿下を殺害した者には・・死だけが待っている。ヴォルフラムなら、牢獄で死を待つよりも別の道を選ぶだろう」
「っ!」
「兄上は、ヴォルフラム様の味方ではないのですね?彼を生かすつもりは・・救うつもりはないのですね?」
「ああ、そうだ」
小説『愛の為に』では、ヴォルフラムのその後の人生は語られなかった。ただ、ヴォルフラムの歩むその先に、彼を待つ人物がいることだけは記されていた。
その人物の正体は、小説内では明らかにされなかった。でも、孤独な生い立ちのヴォルフラムが、王家への裏切りに見合う何かを得たのだと思っていた。そう、思いたかった。ヴォルフラムを待つ人物が、真実、彼の味方であって欲しかった。
「・・ヘクトール兄上」
「なんだい?」
ヴォルフラムに味方はいない。兄上は、ヴォルフラムを救うことはしないだろう。むしろ、彼が牢獄に入る前に、口を封じようとする筈だ。
「兄上は、ヴォルフラム様が牢獄に入る前に、口を封じるおつもりですか?ですが、その機会は巡ってくるでしょうか?」
「その場で、ヴォルフラムを斬るつもりだ。彼は俺を敵視している。殿下の殺害後に、俺がヴォルフラムの前に姿を見せれば、必ず俺を排除しようと向かって来る筈だ」
俺は驚いてヘクトール兄上の顔を見つめた。俺は不安になり口を開いた。
「ヴォルフラム様と剣を交えて対峙なさるおつもりですが、ヘクトール兄上?」
「そのつもりだ」
「ですが、兄上!相手は、護衛騎士のヴォルフラム様です。兄上が剣術に長けている事は存じております。ですが、危険な賭けです。兄上が身を張る必要はないはずです!」
俺の言葉に、ヘクトール兄上の表情が陰った。
「兄上?」
「ヴォルフラムがシュナーベル家の次期当主に、自ら剣を向けて挑む事に意味がある。見境なく剣をふるうヴォルフラムは、他人からは乱心したように見えるだろうからね。それに・・俺が、彼に負けることは絶対にない」
「どうして、そう言いきれるのです!」
俺が語気強く迫ると、ヘクトール兄上ははっきりとした口調で応じた。
「今回、ヴォルフラムを連れ去った異端審問官の名が判明した。ヘンドリク = マーシャルだ」
「ヘンドリク = マーシャル!?」
俺は驚き目を見開いた。不意に、学園時代に彼に襲われた時の記憶がよみがえる。改宗を迫りながら、その眼差しは欲望で濁っていた。
「ヘンドリク = マーシャルが、異端審問官になっていることは知っていました。ヴォルフラム様が以前に教えて下さって・・あの時、ヘンドリクは、私の事をいまだに恨み狙っていると聞かされました。でも、私は・・聞き流してしまった。忘れたかった、あんな奴の事は」
震えだした俺を、ヘクトール兄上は抱き締めてくれた。兄上の温もりに包まれながら、危惧した事を口にしていた。
「ヘンドリク = マーシャルが、関わっていたのなら・・今回の異端審問の狙いは、ファビアン殿下ではなかったのですね、兄上?」
「マテウス」
「本当の狙いは、私とヴォルフラム様」
大きな衝撃が心を揺さぶる。ファビアン殿下は巻き込まれたのだ。そして、王太子殿下も巻き込まれた。俺はヴォルフラムから忠告を受けながら、恐ろしくて過去と向き合えなかった。その為に・・問題を長引かせてしまった。
俺に殿下を糾弾する資格はあったのだろうか?
「マテウス、今から君にとり、とても辛いことを話す。心を落ち着かせて聞いて欲しい」
「何をです?何を落ち着いて聞けと?」
「ヴォルフラムは・・異端審問所の牢獄で、ヘンドリク = マーシャルから、激しい拷問を受けたらしい」
「!?」
「ヴォルフラムは、ディートリッヒ家の手の者により、既に牢獄から救出されている。激しい拷問に耐えて、命は繋いだ。今は、安全な場所で静養している」
「あぁ、ヴォルフラム様!」
ヘクトール兄上の言葉に俺は安堵の息をつく。だが、次の瞬間には息が凍てついた。
「だが、ヘンドリクの執拗な拷問は、ヴォルフラムの右側の身体機能を完全に破壊した。失った機能は戻らない。今の彼なら、たとえ復帰できたとしても・・誰でも殺せる。俺でもだ」
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