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第四章

140 怠惰の衣装

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「マテウスは、何時だって可愛いよ?」

俺は兄上に支えられたまま、くるくると鏡の前で回転してみた。長めの上着の裾がふわりと舞い上がる。裾の細やかな刺繍が、美しく際立つ。

「私の容姿に関しては、兄上の意見は参考になりません。でも、この衣装は・・誰よりも、私が一番上手く着こなせる自信があります!」

「それは良かった。デザイナーに色々と口出しをして、少々嫌がられたが・・その甲斐はあったようだね。マテウスに似合うと、確信はしていたけれど・・これ程喜んで貰えるとは、思いもしなかった」

「兄上、このデザインとても素敵です!そして何より、この生地!とても心地よいです」

「この生地が量産できれば、売れると思うかい、マテウス?」

「勿論、売れますとも!この生地は、人を堕落させるに違いありません。寝着、普段着、外出着が一着で済むなんて・・怠惰の罪を、皆が犯すに違いありません!」

ヘクトール兄上は、苦笑いを浮かべながら俺の言葉に応じた。

「怠惰の罪・・マテウス、その宣伝文言はやめたほうがよさそうだ。それより、裾の刺繍をよく見てごらん。マテウスは、覚えているかな?その植物の名前を?」

「ん、んん?もしや、これは・・絶滅してしまった、『シルフィウム』ですか?それをモチーフにした刺繍?」

「覚えていたのか、マテウス。少し意外だな。『シルフィウム』の話をしたのは、随分と昔だから、忘れたかと思っていた」

俺は細やかな刺繍に触れながら、笑みを浮かべた。視線を兄に向けると、ヘクトール兄上も俺に微笑みかけてくれていた。

「・・言葉を失った私を、カールは何時も見守り支えてくれていた。だけど、弟は突然私の前から消えてしまった。私は混乱して、部屋で泣くことしかできなかった。そんな私を抱き上げて、屋敷の庭に連れ出してくれたのが・・ヘクトール兄さまでした」

「そうだったね、マテウス」

「でも、兄上ったら・・私に毒草の話ばかりを聞かせるものだから、私まで毒草に関心を抱くようになってしまいました。これは、完全に兄上による洗脳としか思えません!」

「洗脳とは、人聞きが悪い。マテウスは、俺が不器用な人間だと知っているだろ?あの時、大泣きするマテウスを庭に連れ出したが・・会話が見つからず参った。だが、最初の頃は無難な花の話題を、マテウスに聞かせていた筈なのだが・・いつから、毒草の話に話題が逸れたのだろう?」

俺は兄上の疑問に笑みを浮かべた。そして、ヘクトール兄上の問いに答えた。

「ヘクトール兄上、不思議なことなど何もありません。庭に植えられた草花に、毒が含まれていると知り、私が興味を抱いたのです。その事が、当時の私には、不思議でたまらなかったのです。毒を含んでいると知りながら、私たちは草花を植える。避けるべき物と共存している不思議に・・私は魅力されたのです」

「確かにそうだね、マテウス」

「特に、兄上が話して下さった『シルフィウム』の話は私の興味をひきました!避妊薬として人気がありすぎて、採取され尽くされ・・絶滅してしまった。雑草が価値を見いだされ、人の欲望により失われる。その話は、私には衝撃的でした。『シルフィウム』の話は今も良く覚えています、ヘクトール兄上」

俺は『シルフィウム』の刺繍に触れながら、呟いていた。

「ヘクトール兄上。私は『シルフィウム』と同じ道は辿りたくはありません。血族婚や近親婚に問題があることはわかっています。ですが、今の現状では・・世間は私たちの血脈を受け入れる事はないでしょう」

「・・マテウス」

俺は真剣な表情でヘクトール兄上を見つめていた。俺は深い息を吐き出し、決意を言葉にこめた。

「シュナーベル家の直系として、『死と再生の神』の末裔として・・血脈を絶やしたくはありません。植物の『シルフィウム』は、黙って絶滅を受け入れました。ですが、私は植物じゃない。黙って、シュナーベル家の血脈が途絶える事は容認できません・・」

兄上は真剣な表情で俺を見つめていた。俺もヘクトール兄上を見つめ返していた。

「ヘクトール兄上・・私の衣装に『シルフィウム』の刺繍を施した事には、何かしら思うところがあっての事ではないのですか?」

兄上は、苦い表情を浮かべながら口を開いた。

「俺は、己に賭けを仕掛けていた。もしも、マテウスが、『シルフィウム』の刺繍をただの衣服のデザインとして捉えたなら、全て黙ったまま処刑計画を遂行しようと考えていた。だが、マテウスは先に、答えを出してしまったね」

「答え?」

「辿る道は違えど、望む場所は同じ。俺は、シュナーベル家の滅びを認めない」

「兄上・・」

「シュナーベル家の次期当主として、王太子殿下が王位を継ぐことは認めない。玉座には、ファビアン殿下についてもらう」

ヘクトール兄上は、はっきりと玉座の行方について口にした。



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