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第四章
139 今は猫舌の気分です、兄上
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◆◆◆◆◆◆
俺は安堵の息を付いた。ヘクトール兄上は俺の体を支えつつ、アルミンに対して命じる。
「アルミン、ルドルフの監禁を解くことを許可する。お前が行ってルドルフの監禁を解け。それと、俺の許可があるまでは、この部屋には誰も入らぬように周知しろ。しばらく、マテウスと二人で過ごす。さあ、行け」
兄上の命令に、アルミンは僅かに逡巡を見せた。ヘクトール兄上は、そんなアルミンに鋭い視線を投げつける。
「お前はマテウスの護衛だが・・俺たちの関係に口を出す資格はない。行け、アルミン」
アルミンが唇を噛み締める。何だか胸が苦しくて、俺はアルミンから視線を逸らせた。アルミンを真っ直ぐに見つめることが、俺には出来なかった。
「では、失礼します。ヘクトール様。マテウス様・・」
アルミンはヘクトール兄上に一礼すると部屋から出て行ってしまった。扉に消えるアルミンの後姿に、俺は胸の痛みを感じた。
◇◇◇
窓の外はまだ暗い。それでも、夜が明ける気配を感じ取った。
「兄上・・夜明けが近いのですね?」
「夜明けにはまだ間がある。もう少し横になっているかい、マテウス?」
「兄上はお疲れではありませんか?何か食べ物を口にされましたか?」
「いや、食欲がなくてね」
ヘクトール兄上の手はひどく冷えていた。俺を寝ずに見守っている内に、体の芯から冷えてしまったのかもしれない。顔色もあまり良くない。俺はヘクトール兄上に視線を向けて、口を開いた。
「温かい飲み物を飲みたいです。それに、少しお腹が空きました。兄上、一緒に食事に付き合って下さいますか?」
「構わないよ。ティーポットの湯は取り替えたばかりだから、すぐに温かい紅茶を飲めると思う。もっと熱いお茶が飲みたいなら、新しい湯を用意させる。どうする、マテウス?」
「今は猫舌の気分です、兄上」
「マテウスは、気分によって舌の状態が変わるのかい?」
「ヘクトール兄上は、変わりませんか?」
「うーん、俺は常に猫舌だな。だが飲み物や食べ物には、それぞれに相応しい温度がある。料理人も適温で食べてもらいたいと期待して、料理を作っているはずだ。だから、どれほど苦痛な温度の料理や飲み物でも、俺は平気な顔で飲食できるように努力をしてきた。だが、グラタンとシチューは最悪だ。あれは厄災以外の何物でもない」
俺は思わず兄上に抱きついてしまった。そして、肩を震わせて笑い出してしまった。
「マテウス?」
「兄上ったら、ふふっ!ヘクトール兄上は、もっと我儘に生きるべきでだと思います!私と同じくらいに『性悪男』にならないと駄目です。今度から、料理人にはグラタンとシチューは熱くない状態で出して貰いましょう」
「だが、シュナーベル家の次期当主が猫舌だと知れると・・威厳に欠けると思わないかい?」
「思いません!!」
俺は笑いをこらえながら、ヘクトール兄上の背中に手を回した。その時になり、フリートヘルムが用意してくれた肩出し衣装を、自分が着ていない事にようやく気が付いた。
「初めて着る衣服だな、んん?」
赤茶色の髪とグラデーションを為すような、茶系の衣装。デザインは、詰め襟のパンツスーツで、上着の裾には細やかな刺繍が施されている。いや、それよりも・・
「兄上!この衣服の生地は新素材ですか?すごく柔軟性があって動きやすいです!なのに、詰め襟のデザインが型崩れしない。それに、なんて美しい光沢なんだろう!」
ヘクトール兄上が、嬉しそうに微笑んだ。少しずつ、兄上の顔色も良くなっているみたい。
「マテウスの為に、この生地を作ってみた。我が婚約者は、王城でよく気を失って寝込むからね。寝着と外出着が同じなら、いつどこで倒れても快適に休めるだろ?勿論、俺はマテウスが寝込む事など、望んではいないよ?」
寝着と外出着・・ジャージか!高級ブランドのジャージだ!めちゃくちゃ着心地いい。
「ベッドから出てもいい、兄上?姿見で、全身を確認したいのです。もしも、兄上の許可を頂けるのから、この衣装で王城出仕したいです」
「支えてあげるから、ゆっくりベッドから出なさい。儀式や舞踏会の場を除いて、王城への出仕には、準礼服を着用する事が通例となっている。その生地で準礼服を仕立てるのは、かなり難しかったと聞いている。でも、何とかなりそうだね?」
俺は兄上に支えられて、姿見を覗きこんだ。ヘクトール兄上は、相変わらず良い男だ。だけど、俺の目を引いたのは自分自身だった。
「兄上、大変です!」
「?」
「私の不細工さが、軽減されています!いや、むしろ・・可愛いような?え、まさか・・この私が?何故だ・・この衣装が原因??」
◆◆◆◆◆◆
俺は安堵の息を付いた。ヘクトール兄上は俺の体を支えつつ、アルミンに対して命じる。
「アルミン、ルドルフの監禁を解くことを許可する。お前が行ってルドルフの監禁を解け。それと、俺の許可があるまでは、この部屋には誰も入らぬように周知しろ。しばらく、マテウスと二人で過ごす。さあ、行け」
兄上の命令に、アルミンは僅かに逡巡を見せた。ヘクトール兄上は、そんなアルミンに鋭い視線を投げつける。
「お前はマテウスの護衛だが・・俺たちの関係に口を出す資格はない。行け、アルミン」
アルミンが唇を噛み締める。何だか胸が苦しくて、俺はアルミンから視線を逸らせた。アルミンを真っ直ぐに見つめることが、俺には出来なかった。
「では、失礼します。ヘクトール様。マテウス様・・」
アルミンはヘクトール兄上に一礼すると部屋から出て行ってしまった。扉に消えるアルミンの後姿に、俺は胸の痛みを感じた。
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窓の外はまだ暗い。それでも、夜が明ける気配を感じ取った。
「兄上・・夜明けが近いのですね?」
「夜明けにはまだ間がある。もう少し横になっているかい、マテウス?」
「兄上はお疲れではありませんか?何か食べ物を口にされましたか?」
「いや、食欲がなくてね」
ヘクトール兄上の手はひどく冷えていた。俺を寝ずに見守っている内に、体の芯から冷えてしまったのかもしれない。顔色もあまり良くない。俺はヘクトール兄上に視線を向けて、口を開いた。
「温かい飲み物を飲みたいです。それに、少しお腹が空きました。兄上、一緒に食事に付き合って下さいますか?」
「構わないよ。ティーポットの湯は取り替えたばかりだから、すぐに温かい紅茶を飲めると思う。もっと熱いお茶が飲みたいなら、新しい湯を用意させる。どうする、マテウス?」
「今は猫舌の気分です、兄上」
「マテウスは、気分によって舌の状態が変わるのかい?」
「ヘクトール兄上は、変わりませんか?」
「うーん、俺は常に猫舌だな。だが飲み物や食べ物には、それぞれに相応しい温度がある。料理人も適温で食べてもらいたいと期待して、料理を作っているはずだ。だから、どれほど苦痛な温度の料理や飲み物でも、俺は平気な顔で飲食できるように努力をしてきた。だが、グラタンとシチューは最悪だ。あれは厄災以外の何物でもない」
俺は思わず兄上に抱きついてしまった。そして、肩を震わせて笑い出してしまった。
「マテウス?」
「兄上ったら、ふふっ!ヘクトール兄上は、もっと我儘に生きるべきでだと思います!私と同じくらいに『性悪男』にならないと駄目です。今度から、料理人にはグラタンとシチューは熱くない状態で出して貰いましょう」
「だが、シュナーベル家の次期当主が猫舌だと知れると・・威厳に欠けると思わないかい?」
「思いません!!」
俺は笑いをこらえながら、ヘクトール兄上の背中に手を回した。その時になり、フリートヘルムが用意してくれた肩出し衣装を、自分が着ていない事にようやく気が付いた。
「初めて着る衣服だな、んん?」
赤茶色の髪とグラデーションを為すような、茶系の衣装。デザインは、詰め襟のパンツスーツで、上着の裾には細やかな刺繍が施されている。いや、それよりも・・
「兄上!この衣服の生地は新素材ですか?すごく柔軟性があって動きやすいです!なのに、詰め襟のデザインが型崩れしない。それに、なんて美しい光沢なんだろう!」
ヘクトール兄上が、嬉しそうに微笑んだ。少しずつ、兄上の顔色も良くなっているみたい。
「マテウスの為に、この生地を作ってみた。我が婚約者は、王城でよく気を失って寝込むからね。寝着と外出着が同じなら、いつどこで倒れても快適に休めるだろ?勿論、俺はマテウスが寝込む事など、望んではいないよ?」
寝着と外出着・・ジャージか!高級ブランドのジャージだ!めちゃくちゃ着心地いい。
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俺は兄上に支えられて、姿見を覗きこんだ。ヘクトール兄上は、相変わらず良い男だ。だけど、俺の目を引いたのは自分自身だった。
「兄上、大変です!」
「?」
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