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第四章

132 アルミンの苛立ち

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ヘクトールは、アルミンにちらりと視線を送る。そして、ヘクトールは結論を口にした。

「実に単純な事だった。学園時代にマテウスに邪な感情を抱いた男が、欲望を暴発させ孕み子であるマテウスを襲った。その窮地を救ったのが、ヴォルフラム = ディートリッヒだった。事件は公にはならなかったが、マテウスは心を病み学園を去った。同時に、マテウスを襲った男も、学園側から退学を言い渡された。学園を卒業できなかった者に、王城勤めは事実上不可能だ。だが、男はどういうコネを使ったのか・・異端審問官となっていた」

「男の名前を教えてくれ、ヘクトール」

アルミンが、ヘクトールを真っ直ぐに見つめて男の名を求めた。だが、ヘクトールはアルミンを無視して話を進める。

「男は異端審問官になれたものの、無能な奴が勤められる職務ではなかった。男は上司や同僚に、早々に無能だと判断された。やがて、男に与えられる仕事は、雑用ばかりとなった。その男は、牢獄の掃除までさせられていたらしい。それが異端審問官の仕事で無い事は、本人もわかっていただろう。だが、男は上司からそんな仕事しか与えられなかった。男は職場で、明らかに虐めを受けていたようだ」

「それって、自業自得っていいませんか?同情には値しないでしょ、ヘクトール様?」

アルミンの言葉にヘクトールが頷く。ルドルフも同様だった。

「確かにその通りだ。だが、そんな男に同情した者がいた。それは、牢獄の拷問官だった。拷問官は、掃除男におちた異端審問官に、拷問を手伝わせるようになった。嗜虐志向のあった男にとって、牢獄は瞬く間に・・最高の場所となったようだ。男はコネを使って、異端審問官になった筈が、いつの間にか、拷問を楽しむ牢獄の住人となっていた。そして、そんな無価値な異端審問官の行動に、興味や関心をよせる者は誰もいなかった」

「明らかに、異端審問所の落ち度ですね」

「ルドルフの指摘は正しい。牢獄に入り浸りの異端審問官など、早々に辞職させるべきだった。だが、男は放置された。そして、男は牢獄で囚人に拷問を繰り返すうちに、現実と妄想の境界が曖昧になったのだろう。男は、罪状のない者まで、牢獄に閉じ込めたくなった。その標的にされたのが・・マテウスだった」

アルミンが苛立ちを爆発させた。

「何故、その『男の名前』を口にしない!」
「口にすれば、即座に殺しにいくだろう?」

「ああ・・殺す。マテウスが王城に出仕すると決まった際に、学園で襲われた話はマテウス自身から聞いた。だが、マテウスは相手の名前を言わなかった。それは、男を殺すなとの意味だと俺は受け取った。だから、殺さずにいた。だが、男は再びマテウスを狙った・・なら、殺すしかないだろ?名前を教えろ、ヘクトール!」

ヘクトールは、アルミンを睨み付けた。だが、アルミンは退くことなく、ヘクトールを睨み返す。ヘクトールは、そんな様子のアルミンから視線を外して、深いため息をついた。

「個人的な恨みから動いた異端審問官だ。男が職を失う事は確実だ。だが、異端審問所の責任者は・・不祥事を公にはせず密かに処理するつもりだった。無能な男が辞職すれば、問題は解決する・・異端審問所の責任者は、そう軽く考えていた。男が捕らえてきた人間が、ディートリッヒ家の者だとは思いもよらなかったらしい。相手がただの庶民なら・・簡単に不祥事は揉み消せるはずだった。過去の経験から軽くそう考えたのだろうな。だが、相手が悪かった。ディートリッヒ家は、侯爵家の上に不正な行為を決して許さない家風を持っている。フリートヘルムが、異端審問所の揉み消し行為を許す筈がなかった。フリートヘルムは、件の男を異端審問に掛けるように、異端審問所の責任者に圧力を掛けた。男の異常な行動は『悪魔つき』の証だと主張し、異端審問に掛けることを望んだ」

「・・取り締まる側の異端審問官が、異端審問に掛けられる。過去に前例はありますが・・反対勢力の抵抗が大きく、異端審問に持ち込む前に、頓挫することが多いと記憶しています」

ヘクトールはルドルフを見て僅かに嗤った。

「ルドルフは、アルミンと違い勉強熱心だな?処刑人に戻れ、ルドルフ。その知識を失う事は、シュナーベル家の損失だ」

ヘクトールの言葉に、ルドルフはすぐに拒絶の言葉を口にした。

「ヘクトール様、その命令には従えません」

「そりゃそうだよな!クソ兄貴は処刑人には戻れませんよ、ヘクトール様。偽善者面して医者なんかして・・感謝される職についた今、処刑人一家に戻れる筈もない」

「アルミン・・」
「事実だろ?」



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