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第四章
130 カールの欠片
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◆◆◆◆◆
『子供の頃の僕は、マテウスに優しかったはずだよ?忘れてしまったの?マテウスが言葉を失った時、僕は必死にマテウスに話しかけたよ?忘れてしまったの、マテウス?』
『忘れていない。忘れていないよ!』
『でも、マテウスは・・僕を処刑した』
『だって、仕方ないじゃない!私は知らなかった!カールが、父上にあんな・・あんな酷い行為を強いられているなんて・・知らなかったから。カールは突然、私の目の前から消えたもの。言葉を失った私を放り出して、カールは消えてしまったじゃない。泣いたよ!すごく泣いたよ!そして、泣き続ける私を抱き上げて、庭に連れ出してくれたのは・・ヘクトール兄さまだった。そのあと、ずっと私の傍にいてくれたのも、ヘクトール兄さまだった。カールは消えてしまったのだから・・仕方ないじゃない』
『だから、僕は忘れても仕方ない?』
『だって、それ以降の私とカールは、ほとんど接点がなかったよね?時々会っても、すれ違って・・ほとんど会話もなかった。意地悪なのに、時々、素敵な花束をくれたカール。貴方の事が、私にはよく分からなかった。大人になって、ますますカールとは縁遠くなってしまった。そして、気がつけば・・カールは、シュナーベル家を破滅に導こうとしていた』
『すれ違って、縁遠くなって。それでも構わないと、マテウスは思ったんだよね?』
『あの当時。私の中では、カールは存在していながら、存在してはいなかった。存在感が希薄で・・『弟』という『印』に過ぎなかった。だからこそ、処刑を決断できた。なのに、カールは死んでから・・私の中で実体を持ち始めた。沢山の苦痛を与えて、カールを殺してしまった。生きているときも、苦痛だらけの人生だったのに、その最期の時さえも・・苦痛を与えてしまった。私は・・駄目だ。もう、駄目だよ、生きるの辛い。辛い、つらい!つらい!』
『マテウス。しばらくは、僕と共に過ごそう。マテウスは疲れているよ。僕のそばに座りなよ?覚えてる、マテウス?鳥が唄い、花が笑う。そんな話をしようよ、ね?』
『貴方がカールの幻だと・・私は知っている。でも、そうだね。少し疲れてしまった。だから、そばに座っていいかな、カール?』
『いいよ、ここに座って』
『うん、カール』
◇◇◇◇
マテウスとファビアン殿下の治療が終えると、ヘクトールは、二人に仮眠室から出るように指示した。ルドルフとアルミンが不承不承で、部屋を後にする。
しばらくのちに、ヘクトールから仮眠室への入室の許可が出た。二人が部屋に入ると、ベッドで眠るマテウスの衣装が異なっていた。
「マテウス様の着替えなら、俺も喜んで手伝いましたのに。俺は、マテウス様の幼馴染みですよ?マテウス様の着替えを見ても、欲情なんてしませんよ。ヘクトール様と違ってね」
「アルミン、お前がマテウスに惚れている事は知っている。その上で、お前をマテウスの護衛とした。その意味を理解しろ。お前はマテウスの護衛に過ぎない。マテウスの幼馴染みであった過去も捨てろ、アルミン」
「っ!」
「ヘクトール様、不毛な言い争いはやめにして頂きたい。再び、我々を仮眠室に招き入れた理由は何ですか?」
ヘクトールはルドルフの言葉に頷き、ソファーに座るように二人を促す。ファビアン殿下を寝かせたまま、なんとか二人はソファーに座ることができた。
ヘクトールだけは、マテウスのベッドの側に椅子を置きそこに座る。ヘクトールが、マテウスとの約束を守り手を繋ぐ姿を見て、二人は僅かに視線を反らせた。
「シュナーベル家の暗部が、今回の経緯を調べ報告してきた。マテウスが目覚めた後、再度説明をするつもりだ。だがその前に、ルドルフとアルミンには、事の経緯を知っておいて貰いたい。そして、マテウスに隠すべき事柄があれば、二人に指摘して欲しい」
ヘクトールの言葉に、即座に反応を示したのは、アルミンだった。
「お待ち下さい、ヘクトール様。マテウス様を、今回の件に関わらせるおつもりですか?」
アルミンの質問に、ヘクトールが苦い表情を浮かべて応じる。
「マテウスの性格から考え、今回の件に関わるなと命じても無理だろう。マテウスの事だ。異端審問所の牢獄に、自ら侵入を試みる姿が容易に想像できる。そのマテウスの手伝いをしているのは、アルミンだろうな?マテウスに可愛らしく、『牢獄への侵入を手伝って』と言われたら・・アルミンなら断れないだろ?」
アルミンは、膨れっ面になりながら返事をする。
「まあ確かに、俺はマテウスの『可愛くないお願い』に何度も従ってきましたよ。でも仕方ないでしょ?何故なら、マテウスは放っておくと・・一人で危険に突っ込んでいく奴ですから。婚約者のヘクトール様が、しっかり、がっちり、マテウス様を管理していただければ、俺は楽チンなんですけどね~」
アルミンの軽い言葉に、ヘクトールが深いため息をついた。憂いを含んだ主の表情に、アルミンもルドルフも惹き付けられた。
「できることなら、マテウスと早く婚姻関係を結びたい。子を孕んでくれたなら、マテウスも孕み子としての自覚を持つはずだ。シュナーベル家の領地で子を育て一生を屋敷で過ごす。それが、マテウスにとり・・一番の安全につながる筈だ」
ヘクトールの口から発せられた言葉に、アルミンとルドルフが一気に殺気立った。ヘクトールは、二人に向かい不快そうに話しかける。
「何か文句でもあるのか?」
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『子供の頃の僕は、マテウスに優しかったはずだよ?忘れてしまったの?マテウスが言葉を失った時、僕は必死にマテウスに話しかけたよ?忘れてしまったの、マテウス?』
『忘れていない。忘れていないよ!』
『でも、マテウスは・・僕を処刑した』
『だって、仕方ないじゃない!私は知らなかった!カールが、父上にあんな・・あんな酷い行為を強いられているなんて・・知らなかったから。カールは突然、私の目の前から消えたもの。言葉を失った私を放り出して、カールは消えてしまったじゃない。泣いたよ!すごく泣いたよ!そして、泣き続ける私を抱き上げて、庭に連れ出してくれたのは・・ヘクトール兄さまだった。そのあと、ずっと私の傍にいてくれたのも、ヘクトール兄さまだった。カールは消えてしまったのだから・・仕方ないじゃない』
『だから、僕は忘れても仕方ない?』
『だって、それ以降の私とカールは、ほとんど接点がなかったよね?時々会っても、すれ違って・・ほとんど会話もなかった。意地悪なのに、時々、素敵な花束をくれたカール。貴方の事が、私にはよく分からなかった。大人になって、ますますカールとは縁遠くなってしまった。そして、気がつけば・・カールは、シュナーベル家を破滅に導こうとしていた』
『すれ違って、縁遠くなって。それでも構わないと、マテウスは思ったんだよね?』
『あの当時。私の中では、カールは存在していながら、存在してはいなかった。存在感が希薄で・・『弟』という『印』に過ぎなかった。だからこそ、処刑を決断できた。なのに、カールは死んでから・・私の中で実体を持ち始めた。沢山の苦痛を与えて、カールを殺してしまった。生きているときも、苦痛だらけの人生だったのに、その最期の時さえも・・苦痛を与えてしまった。私は・・駄目だ。もう、駄目だよ、生きるの辛い。辛い、つらい!つらい!』
『マテウス。しばらくは、僕と共に過ごそう。マテウスは疲れているよ。僕のそばに座りなよ?覚えてる、マテウス?鳥が唄い、花が笑う。そんな話をしようよ、ね?』
『貴方がカールの幻だと・・私は知っている。でも、そうだね。少し疲れてしまった。だから、そばに座っていいかな、カール?』
『いいよ、ここに座って』
『うん、カール』
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マテウスとファビアン殿下の治療が終えると、ヘクトールは、二人に仮眠室から出るように指示した。ルドルフとアルミンが不承不承で、部屋を後にする。
しばらくのちに、ヘクトールから仮眠室への入室の許可が出た。二人が部屋に入ると、ベッドで眠るマテウスの衣装が異なっていた。
「マテウス様の着替えなら、俺も喜んで手伝いましたのに。俺は、マテウス様の幼馴染みですよ?マテウス様の着替えを見ても、欲情なんてしませんよ。ヘクトール様と違ってね」
「アルミン、お前がマテウスに惚れている事は知っている。その上で、お前をマテウスの護衛とした。その意味を理解しろ。お前はマテウスの護衛に過ぎない。マテウスの幼馴染みであった過去も捨てろ、アルミン」
「っ!」
「ヘクトール様、不毛な言い争いはやめにして頂きたい。再び、我々を仮眠室に招き入れた理由は何ですか?」
ヘクトールはルドルフの言葉に頷き、ソファーに座るように二人を促す。ファビアン殿下を寝かせたまま、なんとか二人はソファーに座ることができた。
ヘクトールだけは、マテウスのベッドの側に椅子を置きそこに座る。ヘクトールが、マテウスとの約束を守り手を繋ぐ姿を見て、二人は僅かに視線を反らせた。
「シュナーベル家の暗部が、今回の経緯を調べ報告してきた。マテウスが目覚めた後、再度説明をするつもりだ。だがその前に、ルドルフとアルミンには、事の経緯を知っておいて貰いたい。そして、マテウスに隠すべき事柄があれば、二人に指摘して欲しい」
ヘクトールの言葉に、即座に反応を示したのは、アルミンだった。
「お待ち下さい、ヘクトール様。マテウス様を、今回の件に関わらせるおつもりですか?」
アルミンの質問に、ヘクトールが苦い表情を浮かべて応じる。
「マテウスの性格から考え、今回の件に関わるなと命じても無理だろう。マテウスの事だ。異端審問所の牢獄に、自ら侵入を試みる姿が容易に想像できる。そのマテウスの手伝いをしているのは、アルミンだろうな?マテウスに可愛らしく、『牢獄への侵入を手伝って』と言われたら・・アルミンなら断れないだろ?」
アルミンは、膨れっ面になりながら返事をする。
「まあ確かに、俺はマテウスの『可愛くないお願い』に何度も従ってきましたよ。でも仕方ないでしょ?何故なら、マテウスは放っておくと・・一人で危険に突っ込んでいく奴ですから。婚約者のヘクトール様が、しっかり、がっちり、マテウス様を管理していただければ、俺は楽チンなんですけどね~」
アルミンの軽い言葉に、ヘクトールが深いため息をついた。憂いを含んだ主の表情に、アルミンもルドルフも惹き付けられた。
「できることなら、マテウスと早く婚姻関係を結びたい。子を孕んでくれたなら、マテウスも孕み子としての自覚を持つはずだ。シュナーベル家の領地で子を育て一生を屋敷で過ごす。それが、マテウスにとり・・一番の安全につながる筈だ」
ヘクトールの口から発せられた言葉に、アルミンとルドルフが一気に殺気立った。ヘクトールは、二人に向かい不快そうに話しかける。
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