上 下
91 / 239
第四章

126 マテウスを優先しろ

しおりを挟む
◆◆◆◆◆◆



気がつくと、俺たちはヘクトール兄上の執務室の前にたどり着いていた。不意に、アルミンがニヤニヤと笑いだす。

「何でニヤニヤしてるの、アルミン?」

「いやぁ、全く似合っていないマテウスの肩だし衣装を見て・・ヘクトール様が、どんな反応を示すかが楽しみだ~」

「兄上なら、きっと私を見て『可愛い』と言って下さるはず!兄上の目は腐っているから、大丈夫!間違いない!」

「何か掛けるか?」

「いいよ。兄上が可愛いと言ってくれなかったら、アルミンの欲しいものをあげる」

「では、俺の額に口付けをくれ、マテウス」
「っ!」
「のるか?」

「アルミンの意地悪」
「マテウスの性悪男」

「わかった、のるよ。ただし、アルミンが負けたら・・後で何か要求するから。今は思いつかないから、後で要求するからね」

「後で何か要求するって、ずり~!」
「いくよ、アルミン!」


◇◇◇


俺は兄上の執務室の扉を、静かにノックした。そして、室内からの許可が下りる前に、俺は執務室の扉を開き中に入った。

俺は執務室の扉の前で、出来るだけ優雅に見えるように最敬礼をした。最敬礼をすると、執務室の床しか見えない。でも、兄上の反応が怖いので・・まずは、この態勢から入ることにした。

俺は可愛らしい声を意識して、ヘクトール兄上にゆっくりと話しかける。全ては、兄上の『可愛い』の言葉を得るため。全力を尽くす!

「ヘクトール兄さま。もしも、私を心から愛しいと想って下さっているなら・・どうか、愛の証として、マテウスの我が儘を全て叶えてくださいませ。もしも、我が儘を聞き入れて下さるなら、私も兄上への愛の証として・・身も心も全て差し上げます、あにうえ」

執務室に沈黙が落ちた。

ん??

兄上からの反応がない。しまった!言葉遊びが過ぎて、兄上に呆れられたのかも?あるいは、この衣装が似合わなすぎて、言葉を失ってしまったのかもしれない。

俺は恐る恐る、執務室の床から視線を上げた。

「あぅ、ルドルフおじさま!!」

執務室のソファーには、ヘクトール兄上と主治医のルドルフおじさまが座っていた。ほぼ同時に、二人と視線が絡み、俺は顔が真っ赤になった。

執務室での兄上のイメージ像は、孤独に仕事をこなすイケテル男だった。だが、部下や、時には、ルドルフおじさまが、執務室に居たとしても何もおかしくはない。その事を、失念していた・・完全に。

「うにぁ、あにうえ・・あの、その」

不意に、ルドルフおじさまが立ち上がる。そして、上着を脱ぎながらこちらに近づいてくる。俺は思わず後退りしてしまった。

「マテウス様。もしも、この場が舞踏会ならば・・私は、迷わずマテウス様にダンスを申し込む事でしょう。不得手なステップを誤魔化しながら、貴方の前では・・必死に、良い男を演じるに違いない」

「ルドルフ様」

ルドルフがにこりと笑い、俺の露出した肩に上着を掛けてくれた。ルドルフは香水をつけているのか、彼の上着からは微かに良い香りがした。俺が顔を赤らめて、ルドルフおじさまを見つめると、彼は少し困った表情を浮かべた。

「ですが、私はマテウス様の主治医です。肩を冷やす衣装は・・舞踏会の時だけになさいと、アドバイスせねばなりません。それに、首が赤い。ヘクトール様から理由も伝えられず、急に呼び出され不審に思っていましたが、ようやく状況を把握しました。さあ、マテウス様・・仮眠室で、診察させてください」

「ルドルフおじさまは、ヘクトール兄上に呼び出されたのですね?では、兄上は、殿下の執務室での騒動を、把握されておられる訳ですね。良かった!では、説明を省きます。ルドルフ様、まずは、私ではなく、ファビアン殿下の治療を優先してください。先程から気を失ったまま、目を覚まさないのです。心に大きな傷を負った殿下を、先に診察してください、お願いしますね、ルドルフ様!」

「ルドルフ、マテウスを優先しろ」

兄上の声は鋭く、一気に部屋の主導権を握った。俺は驚きを隠すことなく、ソファーに座るヘクトール兄上に視線を向けた。

「兄上、私は平気です。ファビアン殿下の治療を、優先してください!」

「駄目だ!」

ヘクトール兄上は突然立ち上がり、大股で俺に近づく。あまりの勢いに驚き、俺はアルミンの腕を掴もうとして左手をさ迷わせた。

だが、兄上にその左手を掴まれ、その胸に抱き寄せられた。戸惑い僅かに肩を震わせた俺を、ヘクトール兄上は強く抱き締める。

「兄上、私は・・」

「頼むから・・俺の前でまで、平気なふりはしないでくれ、マテウス。お前が王太子殿下から・・酷い仕打ちを受けた事は、フリートヘルムから聞き及んでいる。先程、ディートリッヒ家の次期当主が、俺の執務室を訪ねてきた。フリートヘルムは、今回の出来事の発端と、詳しい状況を説明していった。そして、お前を騒動に巻き込んだ事を、彼は俺に謝罪していった」

「フリートヘルム様は、とても優しい方です。私の事を、とても心配してくださいました」

俺の言葉に、ヘクトール兄上は苦い表情を浮かべた。



◆◆◆◆◆◆
しおりを挟む
感想 252

あなたにおすすめの小説

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?

「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。 王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り 更新頻度=適当

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。