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第四章
125 カールの幻を見た
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◆◆◆◆◆
着替えを済ませた俺は、ディートリッヒ家の医師とその助手を、執務室に招き入れた。
殿下が気絶してから、時間が大分経過している。だが、仮眠室は静かなままだ。殿下は、まだ気絶しているのだろうか?それとも既に目覚めていて、自身の行いについて・・反省でもしているのだろうか?
とにかく、仮眠室の扉が閉まっている以上、内部の状況は把握できない。故に、医師にも詳しい状況は説明できなかった。
「王太子殿下の事をよろしくお願いします」
俺は医師に簡単な挨拶だけをして、相手からの反応を待った。だが、返事はなかった。
「・・・・」
ディートリッヒ家の医師は、俺の言葉に対して沈黙で応じた。俺は疑問に感じて、医師の顔を見つめた。その医師の眼差しには、シュナーベル家に対する偏見が含まれていた。
久しぶりに明確な偏見の眼差しを受けて、俺は少し狼狽えてしまった。
「アルミン、行こう」
「マテウス様、お待ち下さい」
「アルミン?」
「ディートリッヒ家の医者よ・・貴方は侯爵家のご子息から挨拶を受けながら、返事を返さなくても良い出自にあるのか?」
アルミンの語気は強かった。医師は一瞬だけ唇を噛み締めると、俺に対して頭を下げた。白髪混じりの頭を下げた男は、かすれた声で話しかけてきた。
「・・申し訳ございません。無礼を働きました。お許しください、マテウス卿」
「私の名を知っているならば、私がシュナーベル家の次期当主の婚約者であることも・・知っている筈だな?無礼な態度が、医師の地位を失わせることもある。気を付けなさい、ディートリッヒ家の医者よ」
俺はそれだけを言うと、アルミンに視線を向けた。アルミンが執務室の扉を開く。俺はできるだけ優雅に見えるように廊下に出た。廊下には誰もいなかった。アルミンが背後で執務室の扉を閉める。
「うぁ、ビビったあ。久しぶりに、がっつり偏見の眼差しで見られたよ。何だか辛いな」
「マテウス、大丈夫か?」
「ん?アルミンは、幼馴染みスタイルで護衛してくれるんだね。ありがと、アルミン。今、抱きつきたい気分だけど・・我慢するよ。さっきの会話の後だしね」
「マテウスは本当に性悪男だな。俺の傷口を抉るのが好きなのか・・変態め!」
「ふふ、私は性悪男です」
俺はアルミンの隣を歩きながら、彼が抱っこするファビアン殿下の髪を撫でた。そして、彼の髪の毛が染めた茶色から、本来の金髪に戻りつつあることに気がついた。
「ファビアン殿下から、カールの姿が消えても・・私は殿下を、慈しめるのかな?」
「不安なのか?」
「不安だよ。殿下の髪色が茶色でなくなることに、私は・・抵抗を感じている。これは、寂しいという気持ちなのかな?そして、そう感じる自分が許せない。ファビアン殿下に対して申し訳なくて、自分が許せないよ・・」
アルミンはポンと俺の肩に、自分の肩を触れさせた。俺は思わずアルミンを見つめた。
「体が平気なら、ファビアン殿下を抱いて歩けよ。俺は疲れた。さあ、抱いてみろ」
「う、うん」
俺は躊躇いながらも、ファビアン殿下を抱き締めた。赤ん坊ではないので、さすがに重い。俺はよろめきながら、ファビアン殿下の髪に顔を埋めた。
「ファビアン殿下にも、僅かだけどシュナーベル家の血脈が流れている筈だけど・・あまり感じないね?」
「ファビアン殿下はまだ幼いし、シュナーベル家の直系のお前とは比較にならないだろ。お前は幼い時から、時々甘い香りを振り撒いていたからな・・」
「まじで!?」
ふらつく俺を見て不安になったのか、アルミンが俺の腕からファビアン殿下を奪っていった。
「お前は鈍感過ぎるよ、マテウス。反対にカールは敏感過ぎたな。カールも幼い頃は、お前と一緒になって俺によく抱きついていた。その事は覚えているか、マテウス?」
「覚えているよ。まだ、産みの親のグンナーも元気だった。楽しくて、幸せな時間だった。私にとっても・・カールにとっても」
「マテウスはいつもニコニコして、俺に抱きついてきた。だけど、いつの間にか・・カールは俺に抱きつかなくなった。それどころか、俺から距離を取り始めた。前にマテウスには言ったよな?カールに、俺からは血の臭いがすると言われたって。カールには、俺のシュナーベルの血脈の流れが、血の匂いに感じられて不快だったんだろうな。穢れるからって、カールからマテウスには近寄らないよう・・警告された」
俺は目を見開いて、アルミンを見つめた。アルミンは苦笑いを浮かべる。
「俺は、『マテウスが勝手に抱きつくから仕方ないだろ』って反論した。カールはすごく悔しそうな顔をして・・少し半泣きになってた」
俺もなんだか、半泣きになりそうになってきた。アルミンが、ためらいがちに言葉を紡ぐ。
「なあ、マテウス・・」
「なに?」
「カールの幻が見えるのか?」
「っ!」
「みえるんだな、お前には」
「・・時々、見える気がするだけ。きっと、罪の意識が私にもあるんだよ。罪の意識が、カールの幻となって・・時々私の前に現れるだけ」
「だけど、その幻に・・お前は、重要な相談事をした。そして、答えをもらった」
「答えはもらっていないよ、アルミン。答えは・・聞いていない。その前に、カールの幻は消えてしまった」
「・・そうか」
ちょうど会話が途切れた頃、ヘクトール兄上の執務室の前に、俺達はたどり着いていた。
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着替えを済ませた俺は、ディートリッヒ家の医師とその助手を、執務室に招き入れた。
殿下が気絶してから、時間が大分経過している。だが、仮眠室は静かなままだ。殿下は、まだ気絶しているのだろうか?それとも既に目覚めていて、自身の行いについて・・反省でもしているのだろうか?
とにかく、仮眠室の扉が閉まっている以上、内部の状況は把握できない。故に、医師にも詳しい状況は説明できなかった。
「王太子殿下の事をよろしくお願いします」
俺は医師に簡単な挨拶だけをして、相手からの反応を待った。だが、返事はなかった。
「・・・・」
ディートリッヒ家の医師は、俺の言葉に対して沈黙で応じた。俺は疑問に感じて、医師の顔を見つめた。その医師の眼差しには、シュナーベル家に対する偏見が含まれていた。
久しぶりに明確な偏見の眼差しを受けて、俺は少し狼狽えてしまった。
「アルミン、行こう」
「マテウス様、お待ち下さい」
「アルミン?」
「ディートリッヒ家の医者よ・・貴方は侯爵家のご子息から挨拶を受けながら、返事を返さなくても良い出自にあるのか?」
アルミンの語気は強かった。医師は一瞬だけ唇を噛み締めると、俺に対して頭を下げた。白髪混じりの頭を下げた男は、かすれた声で話しかけてきた。
「・・申し訳ございません。無礼を働きました。お許しください、マテウス卿」
「私の名を知っているならば、私がシュナーベル家の次期当主の婚約者であることも・・知っている筈だな?無礼な態度が、医師の地位を失わせることもある。気を付けなさい、ディートリッヒ家の医者よ」
俺はそれだけを言うと、アルミンに視線を向けた。アルミンが執務室の扉を開く。俺はできるだけ優雅に見えるように廊下に出た。廊下には誰もいなかった。アルミンが背後で執務室の扉を閉める。
「うぁ、ビビったあ。久しぶりに、がっつり偏見の眼差しで見られたよ。何だか辛いな」
「マテウス、大丈夫か?」
「ん?アルミンは、幼馴染みスタイルで護衛してくれるんだね。ありがと、アルミン。今、抱きつきたい気分だけど・・我慢するよ。さっきの会話の後だしね」
「マテウスは本当に性悪男だな。俺の傷口を抉るのが好きなのか・・変態め!」
「ふふ、私は性悪男です」
俺はアルミンの隣を歩きながら、彼が抱っこするファビアン殿下の髪を撫でた。そして、彼の髪の毛が染めた茶色から、本来の金髪に戻りつつあることに気がついた。
「ファビアン殿下から、カールの姿が消えても・・私は殿下を、慈しめるのかな?」
「不安なのか?」
「不安だよ。殿下の髪色が茶色でなくなることに、私は・・抵抗を感じている。これは、寂しいという気持ちなのかな?そして、そう感じる自分が許せない。ファビアン殿下に対して申し訳なくて、自分が許せないよ・・」
アルミンはポンと俺の肩に、自分の肩を触れさせた。俺は思わずアルミンを見つめた。
「体が平気なら、ファビアン殿下を抱いて歩けよ。俺は疲れた。さあ、抱いてみろ」
「う、うん」
俺は躊躇いながらも、ファビアン殿下を抱き締めた。赤ん坊ではないので、さすがに重い。俺はよろめきながら、ファビアン殿下の髪に顔を埋めた。
「ファビアン殿下にも、僅かだけどシュナーベル家の血脈が流れている筈だけど・・あまり感じないね?」
「ファビアン殿下はまだ幼いし、シュナーベル家の直系のお前とは比較にならないだろ。お前は幼い時から、時々甘い香りを振り撒いていたからな・・」
「まじで!?」
ふらつく俺を見て不安になったのか、アルミンが俺の腕からファビアン殿下を奪っていった。
「お前は鈍感過ぎるよ、マテウス。反対にカールは敏感過ぎたな。カールも幼い頃は、お前と一緒になって俺によく抱きついていた。その事は覚えているか、マテウス?」
「覚えているよ。まだ、産みの親のグンナーも元気だった。楽しくて、幸せな時間だった。私にとっても・・カールにとっても」
「マテウスはいつもニコニコして、俺に抱きついてきた。だけど、いつの間にか・・カールは俺に抱きつかなくなった。それどころか、俺から距離を取り始めた。前にマテウスには言ったよな?カールに、俺からは血の臭いがすると言われたって。カールには、俺のシュナーベルの血脈の流れが、血の匂いに感じられて不快だったんだろうな。穢れるからって、カールからマテウスには近寄らないよう・・警告された」
俺は目を見開いて、アルミンを見つめた。アルミンは苦笑いを浮かべる。
「俺は、『マテウスが勝手に抱きつくから仕方ないだろ』って反論した。カールはすごく悔しそうな顔をして・・少し半泣きになってた」
俺もなんだか、半泣きになりそうになってきた。アルミンが、ためらいがちに言葉を紡ぐ。
「なあ、マテウス・・」
「なに?」
「カールの幻が見えるのか?」
「っ!」
「みえるんだな、お前には」
「・・時々、見える気がするだけ。きっと、罪の意識が私にもあるんだよ。罪の意識が、カールの幻となって・・時々私の前に現れるだけ」
「だけど、その幻に・・お前は、重要な相談事をした。そして、答えをもらった」
「答えはもらっていないよ、アルミン。答えは・・聞いていない。その前に、カールの幻は消えてしまった」
「・・そうか」
ちょうど会話が途切れた頃、ヘクトール兄上の執務室の前に、俺達はたどり着いていた。
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