嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す

月歌(ツキウタ)

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第四章

117 ファビアン殿下の泣き声

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◆◆◆◆◆◆


何気にクリスティアンが、俺の事をディスってきたのだが・・まあ許そう。きっと、今までに出会った孕み子は、枢機卿に従順な者達ばかりだったのだろう。

「倪下、何も心配はいりません。ヴェルンハルト殿下にお会いして、教会に入る許可を貰って参りますね。クリスティアン様は、こちらでお待ち下さい」

「マテウス卿!」
「それと、クリスティアン様・・」

俺は僅かに俯きながら、頬を赤らめて見せた。正確には、格好いい男性に抱き寄せられ、自然に頬が赤くなってしまっただけなのだが。

「・・この様な容姿ではありますが、私にも婚約者がおります。もしも、男性に抱き寄せられた姿を婚約者に見られては・・婚約破棄されかねません。容姿がこれですから、とても切実な問題なのです。クリスティアン様、どうか・・私を、解放して下さい」

俺が弱々しい声で懇願すると、クリスティアンは即座に反応を示した。

「申し訳ございません、マテウス卿。私の配慮が足りませんでした。しかし、貴方との婚約を破棄する者がいたならば・・その者は愚か者です。マテウス卿ほど、白く美しい肌を持った孕み子は、今までに見たことがありません。本国に連れ帰りたいと強く思うほどです」

「クリスティアン様、誉めても無駄ですよ?私は、自分の容姿を過大評価する愚か者ではありません。」

「これは本心ですよ、マテウス卿?」

俺の腕を掴む枢機卿の力が弛む。そして、クリスティアンはゆっくりと俺を解放してくれた。 

「ありがとうございます、倪下」
「いえ・・」

その時だった。

王太子殿下の執務室から、子供の泣き声が聞こえてきた。俺はびくりと肩を震わせながら、子供の名を呼んでいた。

「ファビアン殿下!!」

俺は何も考えられず、執務室の扉に向かい突進していた。扉を守る二人の衛兵が、ギョッとした表情でこちらを見ていた。だが、彼等と会話する時間さえ惜しかった。

ファビアン殿下が泣いている・・茶色の髪の。

「アルミン、前言撤回します!まずは、衛兵を気絶させて!それから、執務室の扉を開けて!私は突入します。扉に鍵が掛かっていたなら、ぶっ壊さない程度に扉をぶっ壊してちょうだい!」

アルミンの動きは俊敏だった。二人の衛兵が、気絶して床に崩れ落ちる。同時に、扉は壊れることなく開いた。

「おい、マテウス!落ち着け、このバカ!」

「ファビアン殿下が泣いているんだよ!私は殿下の言葉の先生なんだから、あの子を守らないと!アルミンも一緒に執務室に入って良し!但し、殿下の視界に入らないように、虫の如く行動して!」

開いた執務室の扉の中に、俺は突入した。そして、危うく俺は生首となって床に転がるところだった。

「マテウス!」

「うにゃぁ!」

アルミンが俺に抱きついて、床に伏せさせてくれなかったら ・・確実に死んでた。やはり、王太子殿下の執務室は危険がいっぱいだった!

「マテウス卿?」

フリートヘルム = ディートリッヒが、剣の切っ先をこちらに向けたまま警戒している。俺を生首にしようとした犯人は、ヴォルフラム様の兄だったようだ。

王太子殿下は、フリートヘルムの背後から俺に声をかけてきた。随分、不機嫌な様子だ。

「マテウス、何の真似だ?執務室に強引に侵入して、俺を殺しにでもきたのか?しかも、なぜその男を同伴している?その変態を俺に近付けるな!」

俺は二人の言葉を、無視することにした。俺の目的は、今は一つだけだから。

「ファビアン殿下、マテウスが遊びに来ましたよ?ファビアン殿下、そんなに泣いたりしないで。マテウスは、殿下に泣かれると悲しくて、辛いのです。どうか、マテウスを救うために、姿を見せてください、ファビアン殿下!」

俺は床に伏せたまま、執務室内で視線をさ迷わせた。だが、ファビアン殿下の泣き声は聞こえるのに、姿が見えない。

気持ちが焦り体が震えだす。泣きそうになって、俺は唇をきつく噛んだ。不意に、アルミンが俺の唇に指を這わせた。その指に、僅かに血がつく。

「アルミン?」

「マテウス、唇を噛むな。よく聞け・・ファビアン殿下は、執務机の下に身を隠している。ファビアン殿下は無事だ。安全は保たれている。だから、お前は落ちつけ。無闇に動くなよ」

「アルミン、分かった!」

俺は執務机に向かおうと、立ち上がろうとした。だが、アルミンが俺の腰をつかんで離さない。俺は再び床に転がる。

「何が『アルミン、分かった!』だよ。全然、分かってないだろ。動くなと言ったら、動かないの!バカなのか?バカだろ、マテウス!」

「アルミン!貴方は、ファビアン殿下に会いたくないの!あの可愛いファビアン殿下が、泣いているのに、放っておける訳がないでしょ!」

俺たちが床で揉み合っていると、殿下が突然大きな声で笑いだした。俺はびくりと震えて、殿下を見た。

ヴェルンハルト殿下は、俺と目が合うと不意に笑いを納める。そして、ゆっくりと執務室の机に向かう。

「ふん、紛らわしい奴等だ。フリートヘルム、剣を収めていいぞ。マテウスの無様さに免じて、罪には問わない」

「承知しました、殿下」

フリートヘルムが、殿下の言葉に応じて剣を鞘に納めた時に、それは起こった。突然、ヴェルンハルト殿下が、ファビアン殿下が隠れる執務机を何度も蹴り出したのだ。

ガンガンと机を叩く激しい音に、ファビアン殿下の泣き声が怯えて震えだす。

「ファビアン!お前は、全くの役立たずだな?いまだに言葉も満足に出せぬ上に、その染めた髪の毛!異端審問官が、お前に目を付けて、調べに来るのも当然だ!お前が言葉を話せない原因は、悪魔つきだかららしいぞ、ファビアン?お前は、父親である俺を・・窮地に陥れる為に産まれてきたのか?ようやく、危機を脱して王となろうとする父の邪魔をするのか、ファビアン!ふざけるなよ!ファビアン、聞け!ヴォルフラムは、お前の身代わりとなり、今頃は異端審問官と拷問官から、ひどい拷問を受けているだろうな!俺の産みの親を、火刑にしたような奴等だ!貴様のせいで、ヴォルフラムは腕の一本は失うかもな!ヴォルフラムは、ディートリッヒ家のお気に入りだ。お前は、俺からディートリッヒ家の後ろ楯を奪うつもりか!ファビアン、聞いているのか!ヴォルフラムを無事に取り戻したいなら、泣かずに、言葉をはなせ!人間の言葉を話せ、ファビアン!」



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