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第四章

115 殿下は孤独な人

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王太子殿下の執務室に向かう道中、俺はクリスティアンとの会話を楽しんでいた。相変わらず彼は優しい表情を崩さない。それが、彼を守る仮面であるのか、それとも彼の素の表情なのかは判断できなかった。

『孕み子狩り』と呼ばれる、クリスティアン = バイラント。その恐ろしげな名に反して、彼はとても穏やかな人物だった。殿下には勿体ない。俺が親友になりたいくらいだ。

「マテウス卿」
「はい、倪下」

「マテウス卿のご親友ならば、ヴェルンハルト殿下はきっと立派な方なのでしょうね?」

クリスティアン = バイラントは、ヴェルンハルト殿下と出逢うと・・小説の筋書通りに、一目惚れしてしまうのだろうか?嫌なんだけど。

「・・・・」
「マテウス卿?」

「・・ん?ああ、クリスティアン様!申し訳ございません。少し考え事をしておりました。倪下、ヴェルンハルト殿下は端正なお顔立ちに相応しい、立派で逞しい肉体美をお持ちです!」

「そうですか・・」

しまった。クリスティアン = バイラントの聞きたい事とは、違っていたようだ。

「ですが・・殿下には、少し気難しい一面もございます。殿下は、私を親友として遇して下さいます。しかし、殿下は、いずれは国王におなりになる方です。私などには、計り知れない孤独を、抱えておられるに違いありません」

「・・孤独ですか」

「クリスティアン様が殿下と親交を深めて、ヴェルンハルト殿下を孤独から救って下さると・・私も安心して王城を去れるのですが」

「神は常に人と共にあります。孤独にある人を救うことは、神の意に添うことだと考えます。私は殿下の為に、出来うる限りの事をさせていただきたく思います・・少しは、安心頂けましたでしょうか、マテウス卿?」

俺は素直に頷き、クリスティアンににこりと微笑み掛けた。

「ありがとうございます、倪下」

やはり、倪下は好い人だ。こんな人が、殿下に一目惚れするなど・・神の手違いか、BL作者の手違いに違いない。

ここは、素の殿下を見てもらおう。そして、クリスティアンには、殿下の親友ポジションに留まって貰う。それが、最善の一手とみた。

少なくとも、恋愛絡みでクリスティアンが苦しみ、ヴェルンハルト殿下を凌辱するコースは避けたい。殿下の為ではなく、クリスティアンの為に!


◇◇◇


それ以降は、殿下の話はしなかった。その代わりに、クリスティアンが今までに巡ってきた国々の話を聞かせて貰った。どの話も面白く新鮮で、俺は彼の旅の話に夢中になっていた。クリスティアンは話上手で、人を飽きさせなかった。

「マテウス様、もうすぐ殿下の執務室に到着しますよ。気を引き締めて下さい」

「早っ!」

アルミンの言葉に、俺は思わず大人げない反応を返していた。アルミンが、痛い子を見るような目で俺を見つめていた。そんな目で見ないで、アルミン!

クリスティアンと話していたら、あっという間に王太子殿下の執務室の側まで来てしまっていた。今の俺は、緊張感皆無の状態だ。

「マテウス・・大丈夫なのか?」

「大丈夫ではないね。殿下の執務室に入るには、緊張感が足りない」

もう少し、クリスティアンと会話を楽しみたかったと残念に思っていると、アルミンが呆れた表情で俺を見つめてきた。俺は呆れ顔のアルミンに、こっそと話し掛けていた。

「アルミン・・私には、穏やかな親友が必要だと実感した。クリスティアンを標的に定めたいのだけど、どのような戦略を練るべきかな?」

「マテウス・・親友を得るのに『標的』とか『戦略』なんて言葉は、普通は使わないぞ」

「そう?でも、戦略は必要でしょ?」

「マテウスの思考が怪しいから、一緒に執務室に入っていいか?」

「それは駄目」
「くそ! 」

俺はアルミンと、こっそり会話をしていた。その時、不意にアルミンが神経を尖らせた。アルミンだけではなく、枢機卿の護衛もさりげなく、クリスティアンを庇うように動く。

「どうしたの、アルミン?」

俺がアルミンに尋ねると、幼馴染みは俺を身近に引き寄せた。ほぼ同時に、王太子殿下の執務室から、大きな怒鳴り声が聞こえた。

私は思わず、肩をびくりと震わせてしまった。



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