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第四章

111 クリスティアン = バイラント

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王城の庭園にある、ガゼボのベンチ。隣り合ってベンチに座ったアルミンが、俺を強く抱き締めていた。

アルミンに抱き締められて、俺は目眩を感じていた。アルミンの体内を巡る血脈を感じる。その血脈の流れに反応して、俺の鼓動は高鳴り、胸が締め付けられる。

ヘクトール兄上との二度の情交が、俺の感覚を鋭敏にしたのかもしれない。このままでは、アルミンの血脈に飲み込まれる。俺はアルミンに、話し掛けていた。

「アルミン・・私は、ヘクトール兄上の婚約者です。アルミン、お願い・・離して」

「嫌だと言ったら?」

「アルミンは、私を困らせたりしない。何時だって、貴方を困らせるのは・・私の方だもの。そうでしょ、アルミン?」

「マテウス」
「お願い、アルミン」
「・・・・」

アルミンは、深いため息を吐き出した。そして、俺からゆっくりと身を離す。アルミンが離れていく。俺は思わず、アルミンの衣服を掴みそうになった。でも、自らの掌を握りしめて、衝動を抑え込んだ。

俺自身がアルミンを突き放しておきながら、必要な時だけ利用する。俺は卑怯だ。

「悪かった、マテウス。忘れてくれ」
「アルミン、私は・・」

「マテウス、まじで今の行動は忘れてくれ。俺は、どうかしていた。それより、マテウス。このガゼボに向かって、人が近付いてくる気配がある。二人組のようだ」

「ファビアン殿下とヴォルフラム様?」
「いや、違うようだ」

「二人ではないの?うーん、ヴェルンハルト殿下と王弟殿下にだけは、鉢合わせしたくないな。誰が此方に来るのか確認しないと!」

「おい、マテウス。ちょっとまて!」

俺はガゼボの柱に身を隠しながら、庭園の小路を此方に向かう二人の人物を確認した。その姿を見て、俺は思わず声をあげてしまった。

「クリスティアン = バイラント!」

「誰だそれ?」
「フォルカー教国の枢機卿だよ!」


庭園の小路を歩くクリスティアンは、立ち襟の黒の祭服を隙なく着込み、金糸で彩られた緋色のローブをふわりと身に纏っていた。

金髪から覗く碧眼の瞳は、凛々しくも優しい。クリスティアンが身に纏う祭服は、彼の逞しい肉体とうまく調和し美しくもあった。

「おー、彼は殿下の好みに合致するな!殿下と出逢ったら、即座に愛人関係になりそうだ。そう思わないか、マテウス?」

アルミンの枢機卿に対する感想に、俺は思わず反論していた。

「それが、そうは上手くいかないんだよねぇ」

「何でそんな事が分かるんだ?」

「『誠の恋の道は、なかなか思うように進まないもの』だからだよ」

「恋の初心者のマテウスが、背伸びしてる~。可愛い~。でもさあ、彼は確実に殿下の好みだと思うけどな。まあ、枢機卿が殿下の誘いに、応じるとは限らないけどな」

「でも、おかしいな。枢機卿は、まだ教会に篭っている時期の筈だけど・・どうして、王城をうろうろしているのかな?」

「案内係と一緒だから、王城見学だろ?」

「枢機卿が、案内係と一緒に王城見学?いやいや、教会の関係者を一人も連れずに、単独行動はおかしいでしょ?」

「・・確かに」

「それに、クリスティアンは真面目な性格だから、教会の関係者を困らせる行動はしないと思うけどなぁ?」

アルミンが妙な表情を浮かべて、俺の顔を見つめてきた。やめて、俺の不細工な顔を細部にわたり観察するつもりか、アルミン!

「アルミン、何?」
「マテウス、あの枢機卿と知り合いなのか?」

「彼の事は、全て知り尽くしていると思いたい・・赤の他人です」

「・・マテウス、大丈夫か?」
「多分、大丈夫」
「・・・」

アルミンの視線が痛い。可哀想な子を見るような目で見ないで。正気だから!

BL小説『愛の為に』を、幾度も読み返した読者としては、クリスティアンの事は全て知り尽くしていると想いたいんだよね。

だけど、彼も殿下と同様に、俺が知らない一面があったとしても当然のことだ。BL小説の内容に縛られずに、この世界を見るべきだとは思っている。だけど、俺は未だに、小説の支配下にあるようだ。

それにしても、やはりおかしい。

王家からの正式な招待を受けた後に、枢機卿は初めて王城を訪れる。

その際、枢機卿の接待役を務める王太子殿下の凛々しい姿を見て、クリスティアンは殿下に一目惚れをする事となる。

小説の筋書きでは、そうなっている。なのに何故、クリスティアンは今ここにいる?謎だ。

「・・ん?まずい!」
「何がまずいって?」

「恋の消滅の危機が迫っている、アルミン!」
「だから、何の話だ?」

今の荒んだ王太子殿下を、枢機卿が見てしまったら・・一目惚れはまずない。何故なら、今の王太子殿下は、ちっとも凛々しくないから。そうなると、二人の間に恋も愛も生まれないではないか!

「アルミン・・枢機卿を今すぐに、王城から追い払う必要があります!アルミン、今すぐに名案を捻り出して!」

「なんだそれは!?」

アルミンがあたまを抱えたその時、枢機卿と案内係の会話が聞こえてきた。

俺は即座にしゃがみこんで、盗み聞きの態勢に入った。アルミンもなんだか楽しそうに、俺と動きを共にする。



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