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第三章
9 9 ヘクトールの計略
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◆◆◆◆◆
「過去、学園の生徒だったヴォルフラムが、先触れもなく、シュナーベルの領地の屋敷を訪ねてきた事があった。マテウスの恩人であるヴォルフラムを、俺は丁重にもてなした。だが、ヴォルフラムは説明を一切省き、マテウスを正妻に欲しいと俺に申し出てきた」
「それはまた・・」
「俺は当然、そんな申し出は断った。マテウスは、俺の妻にするつもりだと伝えた。だが、ヴォルフラムは突然立ち上がると、俺に決闘を申し込んできた。『貴方はマテウスにとって、害になる存在だと直感しました』ヴォルフラムはそう俺に言い放ってな」
「信じられません。ヴォルフラムは常識ある人物に見えましたが・・」
「決闘を挑んできたヴォルフラムは、常識が通じる相手とは到底思えなかった。だから、気が済むまで決闘の相手をしてやった。つい苛立ち、深く斬りつけてしまったがな・・今考えると、あの時に殺しておくべきだったかもしれない。過去を悔やんでも仕方ないがな」
「ヴォルフラムが、危険な人物である事は分かりました。マテウス様から引き離すべきです。ヘクトール様は、何故そうなさらないのですか?」
「ヴォルフラムは、マテウスに危害を加えないと確信しているからだ。ヴォルフラムは、王弟殿下の子種だと知った時に全てを失った。ヴォルフラムにとって、『マテウスの騎士』になる事だけが、一度崩壊した己の自我を守る術だったのだろうな。『騎士は主に対して、愛の代わりに己の犠牲を捧げる』ヴォルフラムは、元々そういう生き方しか出来ない奴だったのだろう。王弟殿下の子種として孕み子の腹で目覚めた時に、ヴォルフラムの不幸は始まった」
「マテウス様に危害を加えなくとも、ヘクトール様に危害を加える可能性があります。ヴォルフラムが一度でも、貴方をマテウス様の害になると判断したのなら、その思いは今も変わっていない筈です」
「俺を心配してくれるのか、ルドルフ?」
「シュナーベル家本家の当主となる資格のある御方は、もう貴方しかいません。シュナーベル家の血脈を濃く継いだカール様は、貴方により既に排除されましたから・・身も心も」
「お前らしい答えだな、ルドルフ。俺は子供の頃から、血脈の薄さに劣等感を抱いていた。シュナーベル家の者達は、嫡男の俺を蔑ろにしてカールを大切に扱った。俺は常にカールの影に怯えていた。子供の頃の俺は、濃い血脈を何よりも欲していた。だが、今は産みの親が傍流であった事に感謝している。俺の中に流れるシュナーベルの血脈が、薄まっている事を願ってやまない。俺は、マテウスの自由を奪いたくない。俺は父上の様にはなりたくない、絶対にだ!」
「ヘクトール様」
「ヴォルフラムは、殿下がマテウスの害になると感じれば・・躊躇いなく殺すだろう。時も場所も選ばずにね。だが、それでは俺が困る。マテウスが巻き込まれる事は避けねばならない」
「・・・・」
「俺の役割は、ヴォルフラムの精神をゆっくりと侵食する事だ。そして、誘導すればいい。決行は、殿下の戴冠式直前がいいな。誰もが、ヴォルフラムの犯行を目撃するだろう。これで、ディートリッヒ家は終わりだ。王族殺しを出したディートリッヒ家の名声は、確実に地に落ちる。シュナーベル家と同じ道を歩めばいい」
「全てが曖昧で、確実性のない計画です。ヘクトール様らしくもない」
「俺らしさとは何だ?」
「それは・・」
「俺らしさなど、何もない。ただ必死に日々を生きているだけだ・・昔からな」
「ヘクトール様、この会話は既に成立していません。私を貴方の話し相手から解放して下さい。本来の医者の立場に戻していただきたい」
「もう少しで、話は終わる。話し相手を務めろ、ルドルフ=シュナーベル」
「っ、承知しました」
「殿下を殺害した、功労者のヴォルフラム。彼には、いまいちど・・俺との決闘の機会を与えてやるつもりだ。殿下を殺したその道の先に、俺は立っているだけでいい。ヴォルフラムは、必ず俺が立つ方向に歩みを進める筈だ。『マテウスの騎士』は、俺をマテウスにとり害ある者と既に判断している。迷いはない筈だ。ヴォルフラムが牢獄に入れば、俺を排除する機会はもう巡ってはこない。ヴォルフラムは必ず剣を手にして、俺に歩み寄る・・俺を殺す為に」
「ヘクトール様、正気とは思えません」
「俺は正気だ。ヴォルフラムの共犯者ではない事を周囲に示しつつ、俺は奴と死闘を繰り広げればいい。やがて、決闘の決着はつく。俺が生き残り、ヴォルフラムが死ぬ。そして、俺は晴れてマテウスを妻に迎える。マテウスを幸せにする。俺の正妻となったマテウスは、ヴォルフラムを殺した俺を、伴侶として受け入れてくれるだろうか?」
「ヘクトール様、現実に目覚める時間です。貴方の未来の正妻が眠っている間に、治療を施します。使用人も必要です。治療の妨げになります。ベッドから離れて頂けますか、ヘクトール様?」
「マテウスとずっと手を繋いでいると約束した。手を離せば・・マテウスは、また悪夢を見るかもしれない」
「ヘクトール様・・悪夢を見ているのは貴方です。起こり得ない未来に身を置いて、時を過ごすことは馬鹿げています。少なくとも、シュナーベル家の次期当主が、妄想を真顔で語るのはやめた方がいい。貴方もアルノー様と同じように、シュナーベル家の一族により軟禁されかねませんよ、ヘクトール様?」
「妄想と言い切るか、ルドルフ?」
「ヘクトール様の為ではなく、マテウス様の為に、妄想であって欲しいと心から願います」
「ルドルフ、その答えは気に入った。マテウスの治療に当たってくれ。俺は使用人を呼ぶ」
マテウスの手をしっかりと握っていたヘクトールの指先が、そっと離れていった。
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「過去、学園の生徒だったヴォルフラムが、先触れもなく、シュナーベルの領地の屋敷を訪ねてきた事があった。マテウスの恩人であるヴォルフラムを、俺は丁重にもてなした。だが、ヴォルフラムは説明を一切省き、マテウスを正妻に欲しいと俺に申し出てきた」
「それはまた・・」
「俺は当然、そんな申し出は断った。マテウスは、俺の妻にするつもりだと伝えた。だが、ヴォルフラムは突然立ち上がると、俺に決闘を申し込んできた。『貴方はマテウスにとって、害になる存在だと直感しました』ヴォルフラムはそう俺に言い放ってな」
「信じられません。ヴォルフラムは常識ある人物に見えましたが・・」
「決闘を挑んできたヴォルフラムは、常識が通じる相手とは到底思えなかった。だから、気が済むまで決闘の相手をしてやった。つい苛立ち、深く斬りつけてしまったがな・・今考えると、あの時に殺しておくべきだったかもしれない。過去を悔やんでも仕方ないがな」
「ヴォルフラムが、危険な人物である事は分かりました。マテウス様から引き離すべきです。ヘクトール様は、何故そうなさらないのですか?」
「ヴォルフラムは、マテウスに危害を加えないと確信しているからだ。ヴォルフラムは、王弟殿下の子種だと知った時に全てを失った。ヴォルフラムにとって、『マテウスの騎士』になる事だけが、一度崩壊した己の自我を守る術だったのだろうな。『騎士は主に対して、愛の代わりに己の犠牲を捧げる』ヴォルフラムは、元々そういう生き方しか出来ない奴だったのだろう。王弟殿下の子種として孕み子の腹で目覚めた時に、ヴォルフラムの不幸は始まった」
「マテウス様に危害を加えなくとも、ヘクトール様に危害を加える可能性があります。ヴォルフラムが一度でも、貴方をマテウス様の害になると判断したのなら、その思いは今も変わっていない筈です」
「俺を心配してくれるのか、ルドルフ?」
「シュナーベル家本家の当主となる資格のある御方は、もう貴方しかいません。シュナーベル家の血脈を濃く継いだカール様は、貴方により既に排除されましたから・・身も心も」
「お前らしい答えだな、ルドルフ。俺は子供の頃から、血脈の薄さに劣等感を抱いていた。シュナーベル家の者達は、嫡男の俺を蔑ろにしてカールを大切に扱った。俺は常にカールの影に怯えていた。子供の頃の俺は、濃い血脈を何よりも欲していた。だが、今は産みの親が傍流であった事に感謝している。俺の中に流れるシュナーベルの血脈が、薄まっている事を願ってやまない。俺は、マテウスの自由を奪いたくない。俺は父上の様にはなりたくない、絶対にだ!」
「ヘクトール様」
「ヴォルフラムは、殿下がマテウスの害になると感じれば・・躊躇いなく殺すだろう。時も場所も選ばずにね。だが、それでは俺が困る。マテウスが巻き込まれる事は避けねばならない」
「・・・・」
「俺の役割は、ヴォルフラムの精神をゆっくりと侵食する事だ。そして、誘導すればいい。決行は、殿下の戴冠式直前がいいな。誰もが、ヴォルフラムの犯行を目撃するだろう。これで、ディートリッヒ家は終わりだ。王族殺しを出したディートリッヒ家の名声は、確実に地に落ちる。シュナーベル家と同じ道を歩めばいい」
「全てが曖昧で、確実性のない計画です。ヘクトール様らしくもない」
「俺らしさとは何だ?」
「それは・・」
「俺らしさなど、何もない。ただ必死に日々を生きているだけだ・・昔からな」
「ヘクトール様、この会話は既に成立していません。私を貴方の話し相手から解放して下さい。本来の医者の立場に戻していただきたい」
「もう少しで、話は終わる。話し相手を務めろ、ルドルフ=シュナーベル」
「っ、承知しました」
「殿下を殺害した、功労者のヴォルフラム。彼には、いまいちど・・俺との決闘の機会を与えてやるつもりだ。殿下を殺したその道の先に、俺は立っているだけでいい。ヴォルフラムは、必ず俺が立つ方向に歩みを進める筈だ。『マテウスの騎士』は、俺をマテウスにとり害ある者と既に判断している。迷いはない筈だ。ヴォルフラムが牢獄に入れば、俺を排除する機会はもう巡ってはこない。ヴォルフラムは必ず剣を手にして、俺に歩み寄る・・俺を殺す為に」
「ヘクトール様、正気とは思えません」
「俺は正気だ。ヴォルフラムの共犯者ではない事を周囲に示しつつ、俺は奴と死闘を繰り広げればいい。やがて、決闘の決着はつく。俺が生き残り、ヴォルフラムが死ぬ。そして、俺は晴れてマテウスを妻に迎える。マテウスを幸せにする。俺の正妻となったマテウスは、ヴォルフラムを殺した俺を、伴侶として受け入れてくれるだろうか?」
「ヘクトール様、現実に目覚める時間です。貴方の未来の正妻が眠っている間に、治療を施します。使用人も必要です。治療の妨げになります。ベッドから離れて頂けますか、ヘクトール様?」
「マテウスとずっと手を繋いでいると約束した。手を離せば・・マテウスは、また悪夢を見るかもしれない」
「ヘクトール様・・悪夢を見ているのは貴方です。起こり得ない未来に身を置いて、時を過ごすことは馬鹿げています。少なくとも、シュナーベル家の次期当主が、妄想を真顔で語るのはやめた方がいい。貴方もアルノー様と同じように、シュナーベル家の一族により軟禁されかねませんよ、ヘクトール様?」
「妄想と言い切るか、ルドルフ?」
「ヘクトール様の為ではなく、マテウス様の為に、妄想であって欲しいと心から願います」
「ルドルフ、その答えは気に入った。マテウスの治療に当たってくれ。俺は使用人を呼ぶ」
マテウスの手をしっかりと握っていたヘクトールの指先が、そっと離れていった。
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