死に戻りの不感症オメガは王都で穏やかに暮らしたい

月歌(ツキウタ)

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2.死に戻り

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階段から落ちた僕の体は、骨が砕けて立てる状態ではなかった。なのに、今の僕は両足で大地をしっかりと踏みしめている。

「・・えっ?」

視線を天に向けると、群青色の空に教会の屋根が映えてきらめく。歩く度に土と草の香りがするその場所は、教会に隣接した墓所だ。

「??」

「随分とおとなしいな、ハンス。墓守りが初めてだから緊張しているのか?」

声を掛けられて、僕が一人でないことに初めて気が付いた。ぼんやりとした思考がようやく動き出す。だけど、声を発することができない。

「無視するなよ、ハンス」

僕の前を歩いていた人物がゆっくりと振り返る。その人物をみて僕は目を見開き呟いていた。

「ニコラウス?」
「ん?なんだよ、その反応は?」

混乱していた。ハルトムート兄上に引き取られた僕の年齢は13歳。共に孤児院で育ったニコラウスは18歳で、僕が去ってすぐに孤児院を出たと聞いている。

「顔色が悪いぞハンス?」

それから時を経て僕は18歳になり、兄上に屋敷を出ることを決意して・・階段から落ちてたぶん死んだ。なのに、目の前に18歳のニコラウスがいる。ニコラウスが目の前にいる。

「ニコラウス!」
「うおっあ!」

僕はニコラウスに抱きついていた。突然に僕に抱きつかれてバランスを崩す。僕たちはそのまま地面に崩れ落ちた。ニコラウスが墓標に頭をぶつけて呻く。

「なにしてんだよ、ハンス!痛えだろ」
「だって、だって!」
「まて、泣くなよ。怒ってないし、な?」

涙がポロポロと溢れて止まらない。僕は死んだはずだ。なのに、もう逢えないと思っていた人が目の前にいる。どうなっている?

「なあ、ハンス・・そんなに墓守の役が嫌なら俺が変わってやるよ。お前はいつもみたいに目立たない場所で、墓所の草むしりをしておけよ」

不意にニコラウスが墓標に背を預けたまま僕を抱き寄せる。僕はニコラウスに身を寄せてその胸に顔を埋めていた。

「まあ、不安になる気持ちもわかる。孤児院に来て以来、お前はラインマー先生から目立たないように過ごせと命じられてたものな。それが急に墓守を命じるなんて・・先生は今回の件で何か言ってなかったか?」

そうだった。13歳で初めて墓守を命じられて、ハルトムート兄上と出逢ったんだった。

「・・ラインマー先生が言ってた。不感症の男オメガを引き取る物好きはいないって。だけど、ハルトムート兄上は僕と同い年の弟を亡くしたばかりだから、目をかけてくれるかもしれないって。先生からは、いっぱい媚を売るように言われた」

「ハルトムート兄上?」
「!」
「ハンス?」
「ハルトムート・ボーリンガー」
「ボーリンガー?侯爵家のボーリンガーか?」
「たぶん」

「くそ、ラインマーの奴め。色気を出しやがって。上手くいったら、俺との約束を反故にするつもりだな。あー、ムカつく」

ニコラウスが苛立ちの言葉を口にしたので、僕は驚いて彼の顔を見た。すると、ニコラウスと視線があった。

「まだ話していなかったが、俺はもうすぐ孤児院を出る。母親が手切れ金をくれたから、それを資金に王都で生活していくことにした」

「そうなんだ」
「お前も連れて行く」
「え?」

ニコラウスは僕の頭を撫でながら口を開く。

「言い方は悪いが、不感症の男オメガはこの教会の孤児院ではただの穀潰しだ。たけど、お前の母親との契約で18歳までは孤児院で面倒をみなくちゃならない。愛人の子とはいえ、俺もお前も貴族の子だ。庶民の子なら変態貴族にだって簡単に売り付けるが、貴族の子ではそうもいかない」

「貴族の子と庶民の子で・・そんなに扱いが違うの?全然知らなかった」

何も知らなかった。庶民の子にたびたび虐められて、ラインマー先生に訴えた事もあった。だけど、庶民の子が僕に苛立ちを向けたのも当然かもしれない。同じ孤児院に暮らしながら、庶民の子は貴族の玩具として売られていたのだから。

「知っても辛いだけだ。本当はハンスにこんな話はしたくなかった。とにかく、庶民の子のように粗末に扱えば、貴族の寄付で成り立つ教会や孤児院に悪い噂が立ちかねない。だが、庶民より良い待遇をしないとならない俺やお前は迷惑な存在だ。早く孤児院を出ていってほしいのが本音だろうな。だから、俺の提案にラインマーは食いついた。なのに、裏切りやがって!」

僕は首をかしげてニコラウスを見つめた。そして彼に向かい質問する。

「先生に何を提案したの、ニコラウス?」
「お前と一緒に孤児院を出ること」
「えっ、えぇ!?」

「お前に相談しなかったのは悪かった。けど、話がまとまってからお前に告げたかった。なあ、お前の返事を聞かせてくれないか?」

「ニコラウス」
「ハンス、俺と一緒に行こう」

僕は思わず頬を染めていた。こんな反応は間違えている。孤児院に預けられてから、ニコラウスとはずっと同部屋だった。でも、アルファの彼が僕をオメガとして見たことはない。不感症の男オメガなんて、アルファにとっては恋愛の対象外だろから当然だ。

でも、嬉しい。

「一緒に行きたい」
「まじか!?」
「え?まじの告白じゃなかったの?」
「そんなわけ無いだろ!マジだ。マジ!」

ニコラウスが僕をギュッと抱きしめた。僕は彼の背に腕を回す。彼を抱きしめてはっきりと実感した。彼は18歳のニコラウス。ならば、ここは過去の世界。

僕は死に戻りした。

ならば、同じことを繰り返さないように動かないと。ハルトムート兄上と出逢えば・・僕も兄上も不幸になる。ニコラウスを利用するようで後ろめたいけど、彼の提案を受ける。そして、王都で共に暮らす。僕はニコラウスに微笑みかけようとして、表情を凍らせた。

「大丈夫かい、君たち。孤児院の子かな?」

墓標の向こう側に、少し困り顔の男性が立っていた。僕は目を見開き思わず呟いていた。

「・・兄上」

僕の呟きにハルトムート・ボーリンガーは大きく表情を変えた。



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