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第二部 シノ=アングル
第7話 真珠のカフスボタン
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◆◆◆◆◆
「ヤンが盗みを働いた?」
親父の部屋を訪ねた俺は呆然として聞き返していた。ソファーに座った親父は、背後のガラスキャビネットを指差し口を開く。
「ああ、そうだ。俺がカフスボタンを集めているのは知ってるだろ?そのコレクションから真珠のカフスボタンが盗まれてな‥。」
「真珠のカフスボタン?」
俺は動揺を隠せず思わずソファーから立ち上がた。脳裏に浮かんだヤンの顔を振り払い、俺はガラスキャビネットに近づき覗き込む。
「カーラが無くなっている事に気づいて俺に教えてくれた。それまで全く気が付かず迂闊だった。」
「母が気が付いたのですか?」
「そうだ。とにかく座れ、シノ」
親父に座るよう命じられて、俺は親父の前のソファーに座る。
「それで母はどこに?」
「カフスボタンの盗難に気が付いたのは三日前だ。カーラはもう邸に戻ってる。アイツがこの娼館を嫌っていることはお前も知っているだろ」
「‥‥三日前」
正妻が亡くなったとはいえ、母は元娼婦で親父の妾に過ぎない。住まいも親父とは別で色街の外れに小さな家を貰い住んでいる。
娼館を嫌って親父の部屋に訪れる事も稀なのに、カフスボタンの紛失に気がつくものなのか?
「何を考えている、シノ?」
「いえ‥‥」
俺はヤンより母親を疑っている?
「今日、ヤンは真珠のカフスボタンを身に付けて俺の前に現れた。流石の俺も驚いてヤンにカフスボタンの事を尋ねた。そうしたら何と答えたと思う、シノ?」
「‥‥わかりません」
俺がそう答えると親父は吐き捨てるように言葉を発した。
「厚顔無恥にもアイツはこう言ったのだ!『ハルス様からの贈り物だとカーラ様から頂きました。一生大切にします。』とな。ヤンがこれほど愚かだとは思わなかった。」
俺は慌てて口を挟む。
「親父、待ってくれ。」
「なんだ?」
「ヤンが盗みを働くとは思えない」
「そうか。ならば犯人は誰だ?」
「それは‥‥」
俺だ答えに窮すると、親父は嫌な笑みを浮かべた。そして、低い声で呟く。
「答えられないか?」
「‥‥‥。」
「母親のカーラを疑っているな?」
「っ、それは!」
「俺も疑っている。」
「え?」
親父は目を細めて俺を見ると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「お前の母親ならやりそうだと思わないか?俺やお前がヤンを可愛がっていると知って、カーラは嫉妬したのだろうな。やはり娼婦はいつまで経っても頭が軽い」
俺は思わず唇を噛み締める。
母の事を貶す父親には腹が立つが、反論する余地がない。母が愚かである事は息子である俺が誰よりも知っているから‥‥。
「親父‥‥母を問い詰めるなら、俺も同席させて欲しい。母は弱い人だから何をするかわからない。」
親父は俺の言葉に笑みを深める。
「息子にも見放されて、カーラも気の毒だな。だが、カーラを問い詰める気はないから安心しろ」
「え?」
「盗みを働いたのはヤンだ。」
「‥‥何を言ってるんだ、親父?」
親父は暗い表情で立ち上がると、背後のガラスキャビネットを見つめた。そして、俺を見る事なく怨嗟の言葉を吐き出した。
「行倒れのヤンに息子の面影を見て助けたが‥‥今は後悔している。ヤンを見る度にダンテの死を思い出して苦しかった。ダンテは貴族の馬車に轢かれて死んだんだ!幼いダンテは即死もできずに手脚を引き裂かれ死んだ!あの叫びは一生忘れない!痛いと泣き叫ぶダンテの声を忘れられるか!!」
親父は叫びながら拳を振り上げるとガラスに叩きつける。ガラスにヒビが入り砕けると、親父の腕は血だらけになっていた。
◆◆◆◆◆
「ヤンが盗みを働いた?」
親父の部屋を訪ねた俺は呆然として聞き返していた。ソファーに座った親父は、背後のガラスキャビネットを指差し口を開く。
「ああ、そうだ。俺がカフスボタンを集めているのは知ってるだろ?そのコレクションから真珠のカフスボタンが盗まれてな‥。」
「真珠のカフスボタン?」
俺は動揺を隠せず思わずソファーから立ち上がた。脳裏に浮かんだヤンの顔を振り払い、俺はガラスキャビネットに近づき覗き込む。
「カーラが無くなっている事に気づいて俺に教えてくれた。それまで全く気が付かず迂闊だった。」
「母が気が付いたのですか?」
「そうだ。とにかく座れ、シノ」
親父に座るよう命じられて、俺は親父の前のソファーに座る。
「それで母はどこに?」
「カフスボタンの盗難に気が付いたのは三日前だ。カーラはもう邸に戻ってる。アイツがこの娼館を嫌っていることはお前も知っているだろ」
「‥‥三日前」
正妻が亡くなったとはいえ、母は元娼婦で親父の妾に過ぎない。住まいも親父とは別で色街の外れに小さな家を貰い住んでいる。
娼館を嫌って親父の部屋に訪れる事も稀なのに、カフスボタンの紛失に気がつくものなのか?
「何を考えている、シノ?」
「いえ‥‥」
俺はヤンより母親を疑っている?
「今日、ヤンは真珠のカフスボタンを身に付けて俺の前に現れた。流石の俺も驚いてヤンにカフスボタンの事を尋ねた。そうしたら何と答えたと思う、シノ?」
「‥‥わかりません」
俺がそう答えると親父は吐き捨てるように言葉を発した。
「厚顔無恥にもアイツはこう言ったのだ!『ハルス様からの贈り物だとカーラ様から頂きました。一生大切にします。』とな。ヤンがこれほど愚かだとは思わなかった。」
俺は慌てて口を挟む。
「親父、待ってくれ。」
「なんだ?」
「ヤンが盗みを働くとは思えない」
「そうか。ならば犯人は誰だ?」
「それは‥‥」
俺だ答えに窮すると、親父は嫌な笑みを浮かべた。そして、低い声で呟く。
「答えられないか?」
「‥‥‥。」
「母親のカーラを疑っているな?」
「っ、それは!」
「俺も疑っている。」
「え?」
親父は目を細めて俺を見ると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「お前の母親ならやりそうだと思わないか?俺やお前がヤンを可愛がっていると知って、カーラは嫉妬したのだろうな。やはり娼婦はいつまで経っても頭が軽い」
俺は思わず唇を噛み締める。
母の事を貶す父親には腹が立つが、反論する余地がない。母が愚かである事は息子である俺が誰よりも知っているから‥‥。
「親父‥‥母を問い詰めるなら、俺も同席させて欲しい。母は弱い人だから何をするかわからない。」
親父は俺の言葉に笑みを深める。
「息子にも見放されて、カーラも気の毒だな。だが、カーラを問い詰める気はないから安心しろ」
「え?」
「盗みを働いたのはヤンだ。」
「‥‥何を言ってるんだ、親父?」
親父は暗い表情で立ち上がると、背後のガラスキャビネットを見つめた。そして、俺を見る事なく怨嗟の言葉を吐き出した。
「行倒れのヤンに息子の面影を見て助けたが‥‥今は後悔している。ヤンを見る度にダンテの死を思い出して苦しかった。ダンテは貴族の馬車に轢かれて死んだんだ!幼いダンテは即死もできずに手脚を引き裂かれ死んだ!あの叫びは一生忘れない!痛いと泣き叫ぶダンテの声を忘れられるか!!」
親父は叫びながら拳を振り上げるとガラスに叩きつける。ガラスにヒビが入り砕けると、親父の腕は血だらけになっていた。
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