娼館で働く托卵の子の弟を義兄は鳥籠に囲いたい

月歌(ツキウタ)

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第一部 ヤン=ビーゲル

第25話 キス

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◆◆◆◆◆


鳥籠の中のインコは剥製だった。
思い出の書籍は本棚にない。
托卵の子は鳥籠の中で生きられない。



◇◇◇◇

母は僕を身籠った後も、侯爵の側室の座を辞することはなかった。托卵の子である僕を父上に抱かせて、母は何を思っていたのだろうか?

托卵の子だけど、僕は父上が好きだった。別邸からビーゲル家の邸宅に引き取られた後、母を思って寂しがる僕のためになんでも望むことを叶えてくれた。

側室の子供でありながら、僕はライナー兄上よりも可愛がられていたと思う。でも、母と恋人のキートの密会が父上にバレると、全てが変わってしまった。

パン工房の見習い職人のキート=ハンソンは、僕と同じ瞳の色をしていて‥‥‥青い目にブラウン色が交じったアースアイは親子の証明として父上に断定された。

僕は父上の子でいたかった。ライナー兄上の弟でありたかった。

でも、僕は母と共にビーゲル家を追放された。生活に困った母は実家のパン工房を訪ねたが、侯爵に不義理を働いた娘を許さず追い返される。パン工房で働いていたキートも職を失い三人で路頭に迷う。

でも、僕は希望を失ってはいなかった。だって、僕はライナー兄上から秘密裏にお金を手渡されていたから。それはパン工房の権利を買い取れるだけの資金だった。

でも、僕は実父かもしれないその男を信じられず母にも貰ったお金の事を伝えられずにいて‥‥。

そして、ある日僕は母に捨てられた。朝目覚めると宿屋に母と男はおらず僕だけがその場に残される。宿代も払われておらず、仕方なく兄上から預かった資金からお金を支払った。

宿屋を出て途方に暮れていると、僕は背後から声をかけられる。振り返ると同じ宿で泊まっていた男が立っていた。

彼の名はギル=ハーネス。

親しげに振る舞うギルに、僕は寂しさから彼に依存してしまった。親友ができたと思った僕は、彼にパン工房の権利を買い取り公衆浴場の主になりたいと語る。すると、彼はパン工房の主になりたいと言った。

上手くいくと思った。気があって共にいて楽しかった。きっと一緒に暮らして仕事したらもっと楽しい筈だ。そう思ったら、ライナー兄上から貰った資金のことを語ってしまっていた。

今思うと、ギルは宿屋で宿代を払う僕を盗み見て大金を持っている事を知ったのだろう。だから、ギルは僕に声を掛けてきた。

ある日、ギルが金がいると言ってきた。パン工房の権利を買うために手付が必要だと。

僕はチャンスだと思った。パン工房の権利が売りに出されるのは珍しい。国に申請してパン工房や公衆浴場を新しく設営するよりもずっと安くつく。

僕はギルを信じていた。

ギルがパン工房の主を務めて、僕が公衆浴場を切り盛りする。思い描いていた庶民の生き方が実現する。このチャンスは逃せない‥‥僕はそう思った。

ギルは取引は自分に任せて欲しいと言ったので、僕は迷うことなく彼にお金を渡した。そうすることが正しいと思ったから‥‥。

でも、ギルはそのまま帰ってこなかった。

お金の無くなった僕は一週間も保たずに、路上に倒れて娼館主に拾われた。

そして、男娼として売り出される。

あっという間に色街の底辺での生活が始まった。様々な男に抱かれながら、毎日泣いて過ごして。それでも、少しずつ仲間もできて‥‥シノとも親しくなった。

このまま、この色街で生涯を終えるのかな?

そう思っていた時にドトールと再会して‥‥ライナー兄上が迎えに来てくれた。逃走劇はハラハラしたけど、少しだけ楽しいと思ったり‥‥‥。

でも、これで正しかったのかな?


◇◇◇


ライナー兄上は僕を抱いたまま、二階の廊下を歩く。一番奥の部屋は扉が開いていて、兄上はそこが僕の部屋だと言った。部屋に入るとライナー兄上は僕を床におろしてくれたので、少しふらつきながら部屋を見回す。

そこは幼い頃の僕の部屋に奇妙なほどそっくりで、薄気味悪いほどに酷似していた。

「僕の部屋だ‥‥。」
「そうだよ、ヤン」

「でも、僕の部屋は父上が壊して閉鎖したのでは‥‥?」

僕の言葉に兄上は優しく微笑む。

「ヤンの為に出来る限り再現したんだ。どこか違うところがあったら兄に教えてほしい。」

「違うところ‥‥?」

僕は天蓋付きのベッドに近づきカバーに触れた。子供の頃のベッドカバーと同じ模様で同じ手触りだ。懐かしくなってしばらく触っていたが、奇妙な気分になり手を離す。

子供の頃の部屋に閉じ込められた気がして、少し息苦しくなる。部屋の扉を見るとすでに閉じてきて、ライナー兄上が静かにこちらを見ていた。

僕はその視線から逃れるように、カーテンに覆われた窓に向う。カーテンを開いて僕は絶句した。どうして、窓に檻のような柵がついているの?

僕は疑問を口にすることもできずに、カーテンを閉じる。そして、再び部屋を見回す。すると、机の上にカバーのかけられた鳥籠があった。

「そうだ‥‥僕はインコを飼っていて。思い出した!名前はピーちゃんで緑の羽根が綺麗なインコで‥‥。」

鳥籠のカバーを取ると、ピーちゃんが木の枝にとまっていた。

「ピーちゃん?」

声を掛けたが動かない。

「あっ‥‥。」

ピーちゃんが鳴かない理由に気がついて、僕は後ずさる。すると背中にライナー兄上の胸が当たった。振り返るとライナー兄上が僕を愛おしそうに見つめている。僕は視線を反らしながら言葉を漏らす。

「ピーちゃんは何処に行ったの?」
「これがお前のピーちゃんだよ」
「嘘だ!」

「嘘じゃないよ、ヤン。父上が部屋を荒らした時にこのインコは死にかけてね。ヤンがこの部屋に戻った時にインコがいなければ寂しがると思って剥製にしたんだ。」

僕は震えながらライナー兄上に聞き返す。

「死にかけていたインコを剥製にしたの?まだ生きていたのに?」

「放っておいてもすぐに死んでいたよ。剥製にするには死にかけのほうが良いそうだよ。そう剥製師が言っていたから間違いない。」

「兄上‥‥。」
「気に入らないかい?」
「何が?」

「剥製のインコだよ。生きたインコを買ってこようか、ヤン」

「やめて‥‥ライナー兄上。」
「いらないのかい?寂しくない?」

言葉を続けられなくて、僕は部屋をまた見回した。そして、壁一面の本棚に向う。子供の頃に大好きだった本が本棚に詰まっている。

本の並びも昔と同じだ。今は気にならないけど、子供の頃は神経質で決まった位置に本を収めないと気がすまなかった。

「‥‥‥同じ本を購入して本棚に並べたの、ライナー兄上?」

「本の位置を間違っているかな?」
「間違ってないよ‥‥でも、」
「でも?」
「一冊足りない」
「そうかな?」
「そうだよ」

僕は本棚を何度も見回したが、一番のお気に入りが見当たらない。ライナー兄上がその本を忘れるはずがないのに。僕が大好きだって‥‥知っていた筈なのに。

「『庶民の暮らし王都編』がない」
「そうだね」
「どうしてないの、ライナー兄上」
「必要ないからだよ、ヤン」
「必要ない?」

「ヤンはもう庶民の暮らしなどしたくないだろ?これからは貴族として生きていくのだから‥‥その本は必要ない。」

ライナー兄上がこちらに近づいてきたので、僕はベッドの方に向う。

「もう疲れたから眠っていい?」
「構わないよ、ヤン。」

不意にライナー兄上に抱き寄せられて、僕は息を止めた。

「ヤン、よく戻ってきてくれた」
「‥‥ライナー兄上。」

「もう不幸な人生は歩ませない。ヤンが安全に歩けるように、私がお前を導く。共に生きていこう、ヤン。」

鳥籠だ。
この部屋は鳥籠だ。

「僕が托卵の子だから‥‥ここに閉じ込めるの、兄上?僕が嫌いなの?」

「嫌い?違うよ、ヤン。私はお前が好きだ。誰よりも愛している、ヤン‥‥私の大切な弟。」

托卵の子は鳥籠の中で生きていくしかないの?

「さあ、ヤン。ベッドに行こう。眠るまでそばにいる。元気になれば庭園を散策しよう。アカンサスの花が咲き始めてとても綺麗だよ、ヤン」

ライナー兄上に抱き上げられる。その胸に頭を擡げながら兄上に尋ねた。

「僕は外に出られるの?」
「どうしてそんな事を聞くんだい」
「‥‥‥なんとなく」

「私がどこにでも連れて行ってあげるよ。ヤンが望む所に。」

「シノのところにも?」
「‥‥‥‥そうだね‥‥いつかはね。」
「兄上」

「ヤンが私のそばにいると誓うなら、その内にシノにも会えるよ。」

僕はライナー兄上の胸に顔を埋めながら泣いた。

「ライナー兄上のそばにいる。」
「ありがとう、ヤン。」

ライナー兄上が僕をベッドに横たえる。そして、僕の額に甘いキスを落とした。僕はそっと目を閉じて淡い吐息を零した。



【第一部 完】


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