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第一部 ヤン=ビーゲル
第24話 違和感
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◆◆◆◆◆
鳥籠の中のインコは剥製だった。
思い出の書籍は本棚にない。
◇◇◇◇
「本当にあの色街が取り壊されるのですか?住人の意志を無視して?」
僕の疑問にライナー兄上が静かに答える。
「私は王弟殿下に働きかけ、国王陛下に進言してもらった。王都の治安を悪化させる色街は不要だと。実際にヤンは娼館主に無理やり働かされていた‥‥そんな色街はこの王都に必要ない。」
「‥‥兄上」
「何度もあの場所でヤンを探した。だが、娼館主達は私を騙してお前を隠し続けた‥‥許せるはずがない。」
僕が言葉を出そうとすると、ライナー兄上に更に抱きしめられた。僕は声が出せず黙り込む。
「あの色街には『元貴族のヤン』を名乗る男娼たちがいる。あの場所を取り壊さなければ‥‥お前の名は穢され続ける。そのような事を私は認めない。」
王弟殿下とライナー兄上は王立学院の学友だ。兄上が私怨から色街の取り壊しを進言したのなら‥‥そんなの間違ってる。間違ってるけど、それも全て僕が原因だ。
「ライナー兄上、ごめんなさい」
「なぜ謝るんだ、ヤン?」
「僕が托卵の子供でなければ、こんなにも兄上に迷惑を掛ける事はなかったのに‥‥。」
「ヤンは何も悪くない。お前を守れなかった私を責めなさい。そうでなければ、私はもっと苦しくなる。」
「ライナー兄上‥‥僕は、」
「疲れた顔をしているよ、ヤン。もうすぐビーゲル邸に付く。お前の部屋まで抱いていくから、そのままベッドで休みなさい。」
「はい、ライナー兄上」
僕は答えが見いだせずただ頷いて口を閉じる。馬車がビーゲル邸の門をくぐり敷地内に入った。車窓から懐かしい景色が広がる。
アカンサスの緑の葉が庭園を鮮やかに彩る。咲き始めの小さな白い花が風を受けサワサワと揺れていた。
「昔のままだ。」
「そうだよ、ヤン。お前の帰りを皆が待っている。」
馬車の速度が落ちていく。
邸の前には家令と上級使用人達が立ち並び、馬車から降りる主を待っている。こんな風に迎えられる事が当たり前の日々があった。
「あれ?」
「どうした、ヤン?」
「知っている顔が一人もいないと思って。家令も侍従も知らない人ばかりだ。」
馬車が完全に止まる。ライナー兄上が僕を抱き上げるのと同時に、馬車の扉が開いた。
「出るよ、ヤン」
「はい、兄上」
ライナー兄上に抱っこされたまま馬車から降りる。恥ずかしいと思ったが体がだるいこともあり兄に頼ることにした。
「おかえりなさいませ、旦那様」
家令らしき人がライナー兄上に近づき声をかけた。やはりその顔に覚えはない。僕がこの家にいた時のじいやは家令を辞したのだろうか?
「私はこのまま弟を部屋に連れて行く。しばらく二人で過ごしたい。皆は私の許可があるまで階下にいるように。」
「承知しました、旦那様」
「頼む」
ライナー兄上は軽々と僕を抱いて邸の中に入る。僕は懐かしい玄関ホールの装飾に目をやり涙ぐむ。ようやく帰ってこられた。
「本当に昔のままだ‥‥。」
もう帰ることはないと思っていた場所だけど、幼少期の思い出が胸に押し寄せて涙腺を崩壊させる。
「そうだよ、ヤン。昔のままだ。」
ライナー兄上はそう言って微笑むと、二階に向う階段をのぼる。この階段を走って降りて家令のじいやによく怒られたっけ‥‥。
「家令が変わったんだね、兄上」
「父上が病で領地に戻った時に、使用人を一新したんだ。以前の使用人で残っているのは母の侍女だけだよ。じいやと仲の良かったヤンには寂しい思いをさせるね‥‥すまない」
ライナー兄上に謝られて慌てて頭を振る。次期当主の兄上が決めたことに異論はない。
でも、母上の侍女が残ったのは良かったと思った。身の回りのもの全員が変わっては、母上も落ち着かないだろうから‥‥。
側室の子供である僕を父上が邸に呼び寄せたことを、正妻であるライナーの母上は快くは思っていなかった。母上と呼ぶように父上に言われたが、ほとんど会話をする機会はなく‥‥無視されていたと思う。
でも、虐めを受けたことはない。
ライナー兄上が僕と仲良くしてくれていたから、虐められなかったのかな?そう思い兄上の顔をちらりと見ると目があってしまった。
「どうした?」
「あの‥‥母上はお元気ですか?」
「ああ、元気だよ」
「僕が邸に戻ってきた事はご存知なのですか?もしも母上が望んでおられないなら、僕は別の場所に‥‥」
「ヤン!」
「はい、兄上」
「私はお前を二度と手放さないと自身に誓った。母に反対されようともその誓いは揺るがない。だから安心していい。」
「はい、ライナー兄上」
やはり、母上は僕を迎えることを反対したのかな‥‥。側室の子供だと思って我慢して同じ邸で過ごしていたのに、母が姦通して出来た子だなんて思いもしなかっただろうし。
パン工房の一人娘だった母のマウリーは、侯爵に見初められて側室となった。
庶民の母を妾ではなく側室として迎えるために、父上は母を一度伯爵家の養子にしている。そして、母は侯爵位ビーゲル家当主の側室になった。
母は別邸を与えられ優雅に暮らしていたけど、母には侯爵に見初められる以前から恋人がいて‥‥その人はパン工房の職人見習いで母の幼馴染だった。
母は父上の側室になった後もその人と密会を重ねて僕を身籠った。
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鳥籠の中のインコは剥製だった。
思い出の書籍は本棚にない。
◇◇◇◇
「本当にあの色街が取り壊されるのですか?住人の意志を無視して?」
僕の疑問にライナー兄上が静かに答える。
「私は王弟殿下に働きかけ、国王陛下に進言してもらった。王都の治安を悪化させる色街は不要だと。実際にヤンは娼館主に無理やり働かされていた‥‥そんな色街はこの王都に必要ない。」
「‥‥兄上」
「何度もあの場所でヤンを探した。だが、娼館主達は私を騙してお前を隠し続けた‥‥許せるはずがない。」
僕が言葉を出そうとすると、ライナー兄上に更に抱きしめられた。僕は声が出せず黙り込む。
「あの色街には『元貴族のヤン』を名乗る男娼たちがいる。あの場所を取り壊さなければ‥‥お前の名は穢され続ける。そのような事を私は認めない。」
王弟殿下とライナー兄上は王立学院の学友だ。兄上が私怨から色街の取り壊しを進言したのなら‥‥そんなの間違ってる。間違ってるけど、それも全て僕が原因だ。
「ライナー兄上、ごめんなさい」
「なぜ謝るんだ、ヤン?」
「僕が托卵の子供でなければ、こんなにも兄上に迷惑を掛ける事はなかったのに‥‥。」
「ヤンは何も悪くない。お前を守れなかった私を責めなさい。そうでなければ、私はもっと苦しくなる。」
「ライナー兄上‥‥僕は、」
「疲れた顔をしているよ、ヤン。もうすぐビーゲル邸に付く。お前の部屋まで抱いていくから、そのままベッドで休みなさい。」
「はい、ライナー兄上」
僕は答えが見いだせずただ頷いて口を閉じる。馬車がビーゲル邸の門をくぐり敷地内に入った。車窓から懐かしい景色が広がる。
アカンサスの緑の葉が庭園を鮮やかに彩る。咲き始めの小さな白い花が風を受けサワサワと揺れていた。
「昔のままだ。」
「そうだよ、ヤン。お前の帰りを皆が待っている。」
馬車の速度が落ちていく。
邸の前には家令と上級使用人達が立ち並び、馬車から降りる主を待っている。こんな風に迎えられる事が当たり前の日々があった。
「あれ?」
「どうした、ヤン?」
「知っている顔が一人もいないと思って。家令も侍従も知らない人ばかりだ。」
馬車が完全に止まる。ライナー兄上が僕を抱き上げるのと同時に、馬車の扉が開いた。
「出るよ、ヤン」
「はい、兄上」
ライナー兄上に抱っこされたまま馬車から降りる。恥ずかしいと思ったが体がだるいこともあり兄に頼ることにした。
「おかえりなさいませ、旦那様」
家令らしき人がライナー兄上に近づき声をかけた。やはりその顔に覚えはない。僕がこの家にいた時のじいやは家令を辞したのだろうか?
「私はこのまま弟を部屋に連れて行く。しばらく二人で過ごしたい。皆は私の許可があるまで階下にいるように。」
「承知しました、旦那様」
「頼む」
ライナー兄上は軽々と僕を抱いて邸の中に入る。僕は懐かしい玄関ホールの装飾に目をやり涙ぐむ。ようやく帰ってこられた。
「本当に昔のままだ‥‥。」
もう帰ることはないと思っていた場所だけど、幼少期の思い出が胸に押し寄せて涙腺を崩壊させる。
「そうだよ、ヤン。昔のままだ。」
ライナー兄上はそう言って微笑むと、二階に向う階段をのぼる。この階段を走って降りて家令のじいやによく怒られたっけ‥‥。
「家令が変わったんだね、兄上」
「父上が病で領地に戻った時に、使用人を一新したんだ。以前の使用人で残っているのは母の侍女だけだよ。じいやと仲の良かったヤンには寂しい思いをさせるね‥‥すまない」
ライナー兄上に謝られて慌てて頭を振る。次期当主の兄上が決めたことに異論はない。
でも、母上の侍女が残ったのは良かったと思った。身の回りのもの全員が変わっては、母上も落ち着かないだろうから‥‥。
側室の子供である僕を父上が邸に呼び寄せたことを、正妻であるライナーの母上は快くは思っていなかった。母上と呼ぶように父上に言われたが、ほとんど会話をする機会はなく‥‥無視されていたと思う。
でも、虐めを受けたことはない。
ライナー兄上が僕と仲良くしてくれていたから、虐められなかったのかな?そう思い兄上の顔をちらりと見ると目があってしまった。
「どうした?」
「あの‥‥母上はお元気ですか?」
「ああ、元気だよ」
「僕が邸に戻ってきた事はご存知なのですか?もしも母上が望んでおられないなら、僕は別の場所に‥‥」
「ヤン!」
「はい、兄上」
「私はお前を二度と手放さないと自身に誓った。母に反対されようともその誓いは揺るがない。だから安心していい。」
「はい、ライナー兄上」
やはり、母上は僕を迎えることを反対したのかな‥‥。側室の子供だと思って我慢して同じ邸で過ごしていたのに、母が姦通して出来た子だなんて思いもしなかっただろうし。
パン工房の一人娘だった母のマウリーは、侯爵に見初められて側室となった。
庶民の母を妾ではなく側室として迎えるために、父上は母を一度伯爵家の養子にしている。そして、母は侯爵位ビーゲル家当主の側室になった。
母は別邸を与えられ優雅に暮らしていたけど、母には侯爵に見初められる以前から恋人がいて‥‥その人はパン工房の職人見習いで母の幼馴染だった。
母は父上の側室になった後もその人と密会を重ねて僕を身籠った。
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