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第一部 ヤン=ビーゲル
第19話 助けて、兄上
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◆◆◆◆◆
僕は色街にいる事を兄に知られたくなかった。大金を手渡されながらそれを活かせず色街で男娼をやっている。それは僕のちっぽけなプライドをズタズタにするのに十分な現実だった。
でも、今はライナー兄上に抱きしめられて安堵している。
「もう‥‥男娼の仕事は、」
「分かっている、ヤン。」
「助けて、兄上」
「必ず助ける」
最初から助けを求めればよかった。
なのに、僕はつまらないプライドで兄を遠ざけ傷つけた。その結果がこれだ。シノを巻き込み怪我をさせたのは、僕の優柔不断が招いたこと。
シノには謝っても謝りきれない。 ライナー兄上にも‥‥。
「ライナー様、馬車に乗ってください。娼館の主が向かってきます。」
「‥‥っ、ああ、すまない」
ライナー兄上はエドガーに促されて珍しく狼狽した。だが、すぐに表情を引き締めると、兄上はシノを担ぐエドガーに先に馬車に乗り込むよう指示する。
エドガーが兄の命に従い馬車に乗り込んだ時、前方から怒鳴り声が飛んできた。
「貴様、シノをどこに連れて行くつもりだ!そいつは俺の息子だぞ。それに、ヤンは娼館の商品だ!身請け話が来てる男娼を勝手に持って帰るな!」
馬車の前で叫んだのは、娼館の主のハルスだった。ハルスは馬車の周りを娼館の下人に囲ませると、勢いづいて兄に近づく。
「ヤンが気に入ったのなら、きっちりと金を落として色街で遊んでいけ。それがこの街のしきたりだ。シノがどう絡んでいるのかは知らないが、俺の馬鹿息子をさっさと馬車から降ろせ!」
ハルスの怒りは最もで、ライナー兄上のやり方が間違っている。でも、このままハルスの元に戻れば酷い折檻が待っている。縛られて娼館の下人達に輪姦されるかもしれない。
「兄上!」
「っ!」
僕がガタガタと震えだすと、ライナー兄上は素早く馬車に乗り込む。そして、僕をエドガーに預けると、兄は馬車から身を乗り出してハルスと交渉を始める。
「ヤンの身請け話を進めているドトールは私の代理人だ。相場以上の金を積んだはずだが、なぜ首を縦に振らない?」
ライナー兄上の言葉にハルスは笑って答える。
「やはり、ドトールの背後には貴族がいたのか。ヤンに随分こだわっているが、もしやビーゲル家の人間か?」
「私はヤンの兄のライナー=ビーゲルだ。以前に何度もこの色街で弟を探したが、娼館の主たちは結託して知らぬとしらを切り通した。貴族の力が及ばぬ世界があると初めて思い知ったよ、ハルス=アングル」
「名前を覚えて頂き光栄です。弟との再会をお楽しみいただけたようですが、生憎ヤンは我が娼館の男娼でしてすんなりとは手放せませんな。」
「‥‥言い値で身請けする」
ライナー兄上の言葉に被せるように、ハルスは大きな声で話し始めた。
「ヤンは中々男に慣れない駄目な男娼ですが‥‥それでも需要はあるんですよ、ライナー様。泣き叫んで嫌がるヤンを縛り上げて、無理やり陰茎を捩じ込む。そんな情事を好む客人が結構おりましてね。複数人を相手させるとよく鳴くと、大変喜ばれております。」
「貴様‥‥っ!」
ライナー兄上の顔色が変わり怒りをあらわにする。その姿を見るのが辛くなり僕は視線を逸らした。そして、エドガーに向かい命じる。
「今の内にシノの治療をしろ、エドガー。僕は兄上が用意して下さった衣装を着るから。」
「‥‥ヤン様、大丈夫ですか?」
エドガーが気遣い声を掛けてくれたが、僕は黙って頷き座席に置かれた衣装を手に取る。
久しぶりに上質の絹の質感に触れて指先が震えた。質の悪い衣装を着て男に媚びるのはもう嫌だ。
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僕は色街にいる事を兄に知られたくなかった。大金を手渡されながらそれを活かせず色街で男娼をやっている。それは僕のちっぽけなプライドをズタズタにするのに十分な現実だった。
でも、今はライナー兄上に抱きしめられて安堵している。
「もう‥‥男娼の仕事は、」
「分かっている、ヤン。」
「助けて、兄上」
「必ず助ける」
最初から助けを求めればよかった。
なのに、僕はつまらないプライドで兄を遠ざけ傷つけた。その結果がこれだ。シノを巻き込み怪我をさせたのは、僕の優柔不断が招いたこと。
シノには謝っても謝りきれない。 ライナー兄上にも‥‥。
「ライナー様、馬車に乗ってください。娼館の主が向かってきます。」
「‥‥っ、ああ、すまない」
ライナー兄上はエドガーに促されて珍しく狼狽した。だが、すぐに表情を引き締めると、兄上はシノを担ぐエドガーに先に馬車に乗り込むよう指示する。
エドガーが兄の命に従い馬車に乗り込んだ時、前方から怒鳴り声が飛んできた。
「貴様、シノをどこに連れて行くつもりだ!そいつは俺の息子だぞ。それに、ヤンは娼館の商品だ!身請け話が来てる男娼を勝手に持って帰るな!」
馬車の前で叫んだのは、娼館の主のハルスだった。ハルスは馬車の周りを娼館の下人に囲ませると、勢いづいて兄に近づく。
「ヤンが気に入ったのなら、きっちりと金を落として色街で遊んでいけ。それがこの街のしきたりだ。シノがどう絡んでいるのかは知らないが、俺の馬鹿息子をさっさと馬車から降ろせ!」
ハルスの怒りは最もで、ライナー兄上のやり方が間違っている。でも、このままハルスの元に戻れば酷い折檻が待っている。縛られて娼館の下人達に輪姦されるかもしれない。
「兄上!」
「っ!」
僕がガタガタと震えだすと、ライナー兄上は素早く馬車に乗り込む。そして、僕をエドガーに預けると、兄は馬車から身を乗り出してハルスと交渉を始める。
「ヤンの身請け話を進めているドトールは私の代理人だ。相場以上の金を積んだはずだが、なぜ首を縦に振らない?」
ライナー兄上の言葉にハルスは笑って答える。
「やはり、ドトールの背後には貴族がいたのか。ヤンに随分こだわっているが、もしやビーゲル家の人間か?」
「私はヤンの兄のライナー=ビーゲルだ。以前に何度もこの色街で弟を探したが、娼館の主たちは結託して知らぬとしらを切り通した。貴族の力が及ばぬ世界があると初めて思い知ったよ、ハルス=アングル」
「名前を覚えて頂き光栄です。弟との再会をお楽しみいただけたようですが、生憎ヤンは我が娼館の男娼でしてすんなりとは手放せませんな。」
「‥‥言い値で身請けする」
ライナー兄上の言葉に被せるように、ハルスは大きな声で話し始めた。
「ヤンは中々男に慣れない駄目な男娼ですが‥‥それでも需要はあるんですよ、ライナー様。泣き叫んで嫌がるヤンを縛り上げて、無理やり陰茎を捩じ込む。そんな情事を好む客人が結構おりましてね。複数人を相手させるとよく鳴くと、大変喜ばれております。」
「貴様‥‥っ!」
ライナー兄上の顔色が変わり怒りをあらわにする。その姿を見るのが辛くなり僕は視線を逸らした。そして、エドガーに向かい命じる。
「今の内にシノの治療をしろ、エドガー。僕は兄上が用意して下さった衣装を着るから。」
「‥‥ヤン様、大丈夫ですか?」
エドガーが気遣い声を掛けてくれたが、僕は黙って頷き座席に置かれた衣装を手に取る。
久しぶりに上質の絹の質感に触れて指先が震えた。質の悪い衣装を着て男に媚びるのはもう嫌だ。
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