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第一部 ヤン=ビーゲル
第20話 耳
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◆◆◆◆◆
「娼館の主も商売人だろ?その商売人が私怨の為に大金を手にする機会を自ら手放すとは‥‥そんなに息子を貴族に殺されたのが悔しいか、ハルス=アングル?」
「悔しいだと?そんな感情で収まるものか!貴族は庶民の子を馬車で轢いてもお咎めなし。裁判を起こしたが事故で片付けられ謝罪もない。挙げ句に取引先に手を回されて、俺の料理屋は呆気なく潰された。」
馬車内で新しい衣装に着替えながら、ハルスの吐き捨てるような言葉に耳を傾ける。
シノの亡くなった弟の話だ。
ハルスには拾われた恩もあり、その人の辛い過去を聞くと胸が痛くなる。
「だから、俺はこの色街に来たんだ。ここでは、庶民も貴族も変わりなく扱われるからな。ここで娼館を始めて、俺は一代でここまで店を大きくした。そんな俺が貴族の身請け話など受けるはずがないだろ?ヤンの身請け相手はもう既に決めている。相手は、ギル=ハーネス殿だ。」
「‥‥‥ギル=ハーネス」
僕が思わず呟くと、兄が振り返り尋ねてくる。
「ヤンの知り合いか?」
「‥‥知り合いと言いますか‥‥その」
僕が言い淀んでいると、エドガーの治療を受けていたシノが目覚めて代わりに兄に返答する。
「‥‥ギルはヤンを騙して大金を奪った奴だ。で、ヤンが行倒れているところを親父が拾って、男娼にしたってわけ。っ、て、痛ぇ!ひでえ、なにこの足‥‥血みどろ!」
「シノ、気がついたの!」
「痛くて目が覚めた。こいつの治療が乱暴すぎるからだ!」
シノはエドガーを左足で蹴り飛ばそうとしたが、失敗して馬車の床に落ちてしまう。どうやらシノは貧血を起こしたようで朦朧としていた。
「治療は終わっている。だが、動けば出血が止まらなくなる。お前は人質として生かす必要があるから無闇に動くな。」
シノはぼんやりとエドガーの言葉を聞いていたが、何かを決意したように扉から身を乗り出したライナー兄上に話し掛ける。
「俺はギルにシノを渡したくない。あんたは想像以上のバカ兄貴だったが、ヤンが幸せになれるならそっちの方が良い。俺に人質の価値があるかは分からないが、親父と交渉しろよ、ライナー卿」
ライナー兄上はしばらくシノを見つめた後、ゆっくりと頷き再びハルスと交渉を始める。
「名はハルスだったな?」
「ああ、そうだ」
「ヤンの身請けをこの場で認めさせる事は諦めた。引き続き交渉はドトールに任せる。私はヤンを連れて邸に戻る。娼館の下人たちを馬車の周りから退けろ‥‥邪魔だ」
ライナー兄上の言葉をハルスは笑い飛ばした。そして、語気を強め言い返す。
「たとえ貴族だろうとも、色街で人を撥ねればそれなりの制裁を食らう事になるぞ。たとえ下人だろうとこいつ等も色街の仲間だからな!」
「仕方ないな‥‥では、お前の息子のシノの右耳を削ぎ落とす事にする。全てを削ぎ落とす前に馬車を通してもらいたいものだ。エドガー準備しろ!」
「はい、ライナー様」
エドガーが馬車内で立ち上がると、シノは顔を青ざめて床を這って僕に抱きついてきた。そして、叫ぶ。
「交渉しろとは言ったが、俺は耳をやるとは言ってないぞ!耳を削ぐとか冗談じゃない!」
「そうだよ!シノをこれ以上傷つけたら、僕が許さないから!」
シノの頭をギュッと抱きしめて彼の耳を腕で隠すと、僕はエドガーを牽制した。エドガーは少し困った表情を浮かべながら、上着のポケットからハンカチに包まれた耳を取り出す。
「耳!?」
「ひいぃぃー~~~~!?」
僕とシノの叫びを無視して、シノの治療のために破いた血塗れの布に耳を置いた。そして、それを包むと主に差し出す。
ライナー兄上はそれを受け取ると、なんの躊躇いもなくハルスに向かって投げつけた。
「シノの右耳だ。次は左耳を削ぐか、鼻を削ぐかお前が決めろ、ハルス。一代で築いた娼館の跡継ぎを血の繋がらない他人に譲るつもりなら‥‥ここで、殺してやってもいいぞ?」
「貴様ぁあぁ゙ーーーーーー!」
ハルスの叫び声が聞こえて、僕とシノは目を合す。ハルスの怒鳴り声は今までも散々聞いてきたが、明らかに怒りの度合いが違った。
「シノはハルスにちゃんと愛されてる。弟さんと同じ様に愛されてる」
僕がシノの耳にそう囁くと、彼は僅かに目を細めてそのまま閉じた。
「‥‥そうだといいな。」
シノはそのまま気を失ったようで、僕にもたれ掛かってくる。その様子を見たライナー兄上が、悪人の様な顔つきになっていた。
悪い顔してる!怖い顔してる!
「あ、兄上‥‥。」
ライナー兄上は更に馬車から身を乗り出して、ハルスを脅しに掛かる。
「シノが気絶したぞ、ハルス。殺すなら今がやりやすい。さっさと決めろ、ハルス。俺を怒らせるな。」
「わ、わかった!それ以上、シノには手を出さないでくれ。血の繋がった家族はそいつだけなんだ!お前ら、馬車から離れろ!馬車を通すんだ。早く離れろ!」
ハルスの言葉と同時に、ライナー兄上は馬車の扉を閉じた。そして御者に指示して馬車を一気に走らせる。馬車は軋み音を立てながら、色街の道路を一気に駆け抜けていった。
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「娼館の主も商売人だろ?その商売人が私怨の為に大金を手にする機会を自ら手放すとは‥‥そんなに息子を貴族に殺されたのが悔しいか、ハルス=アングル?」
「悔しいだと?そんな感情で収まるものか!貴族は庶民の子を馬車で轢いてもお咎めなし。裁判を起こしたが事故で片付けられ謝罪もない。挙げ句に取引先に手を回されて、俺の料理屋は呆気なく潰された。」
馬車内で新しい衣装に着替えながら、ハルスの吐き捨てるような言葉に耳を傾ける。
シノの亡くなった弟の話だ。
ハルスには拾われた恩もあり、その人の辛い過去を聞くと胸が痛くなる。
「だから、俺はこの色街に来たんだ。ここでは、庶民も貴族も変わりなく扱われるからな。ここで娼館を始めて、俺は一代でここまで店を大きくした。そんな俺が貴族の身請け話など受けるはずがないだろ?ヤンの身請け相手はもう既に決めている。相手は、ギル=ハーネス殿だ。」
「‥‥‥ギル=ハーネス」
僕が思わず呟くと、兄が振り返り尋ねてくる。
「ヤンの知り合いか?」
「‥‥知り合いと言いますか‥‥その」
僕が言い淀んでいると、エドガーの治療を受けていたシノが目覚めて代わりに兄に返答する。
「‥‥ギルはヤンを騙して大金を奪った奴だ。で、ヤンが行倒れているところを親父が拾って、男娼にしたってわけ。っ、て、痛ぇ!ひでえ、なにこの足‥‥血みどろ!」
「シノ、気がついたの!」
「痛くて目が覚めた。こいつの治療が乱暴すぎるからだ!」
シノはエドガーを左足で蹴り飛ばそうとしたが、失敗して馬車の床に落ちてしまう。どうやらシノは貧血を起こしたようで朦朧としていた。
「治療は終わっている。だが、動けば出血が止まらなくなる。お前は人質として生かす必要があるから無闇に動くな。」
シノはぼんやりとエドガーの言葉を聞いていたが、何かを決意したように扉から身を乗り出したライナー兄上に話し掛ける。
「俺はギルにシノを渡したくない。あんたは想像以上のバカ兄貴だったが、ヤンが幸せになれるならそっちの方が良い。俺に人質の価値があるかは分からないが、親父と交渉しろよ、ライナー卿」
ライナー兄上はしばらくシノを見つめた後、ゆっくりと頷き再びハルスと交渉を始める。
「名はハルスだったな?」
「ああ、そうだ」
「ヤンの身請けをこの場で認めさせる事は諦めた。引き続き交渉はドトールに任せる。私はヤンを連れて邸に戻る。娼館の下人たちを馬車の周りから退けろ‥‥邪魔だ」
ライナー兄上の言葉をハルスは笑い飛ばした。そして、語気を強め言い返す。
「たとえ貴族だろうとも、色街で人を撥ねればそれなりの制裁を食らう事になるぞ。たとえ下人だろうとこいつ等も色街の仲間だからな!」
「仕方ないな‥‥では、お前の息子のシノの右耳を削ぎ落とす事にする。全てを削ぎ落とす前に馬車を通してもらいたいものだ。エドガー準備しろ!」
「はい、ライナー様」
エドガーが馬車内で立ち上がると、シノは顔を青ざめて床を這って僕に抱きついてきた。そして、叫ぶ。
「交渉しろとは言ったが、俺は耳をやるとは言ってないぞ!耳を削ぐとか冗談じゃない!」
「そうだよ!シノをこれ以上傷つけたら、僕が許さないから!」
シノの頭をギュッと抱きしめて彼の耳を腕で隠すと、僕はエドガーを牽制した。エドガーは少し困った表情を浮かべながら、上着のポケットからハンカチに包まれた耳を取り出す。
「耳!?」
「ひいぃぃー~~~~!?」
僕とシノの叫びを無視して、シノの治療のために破いた血塗れの布に耳を置いた。そして、それを包むと主に差し出す。
ライナー兄上はそれを受け取ると、なんの躊躇いもなくハルスに向かって投げつけた。
「シノの右耳だ。次は左耳を削ぐか、鼻を削ぐかお前が決めろ、ハルス。一代で築いた娼館の跡継ぎを血の繋がらない他人に譲るつもりなら‥‥ここで、殺してやってもいいぞ?」
「貴様ぁあぁ゙ーーーーーー!」
ハルスの叫び声が聞こえて、僕とシノは目を合す。ハルスの怒鳴り声は今までも散々聞いてきたが、明らかに怒りの度合いが違った。
「シノはハルスにちゃんと愛されてる。弟さんと同じ様に愛されてる」
僕がシノの耳にそう囁くと、彼は僅かに目を細めてそのまま閉じた。
「‥‥そうだといいな。」
シノはそのまま気を失ったようで、僕にもたれ掛かってくる。その様子を見たライナー兄上が、悪人の様な顔つきになっていた。
悪い顔してる!怖い顔してる!
「あ、兄上‥‥。」
ライナー兄上は更に馬車から身を乗り出して、ハルスを脅しに掛かる。
「シノが気絶したぞ、ハルス。殺すなら今がやりやすい。さっさと決めろ、ハルス。俺を怒らせるな。」
「わ、わかった!それ以上、シノには手を出さないでくれ。血の繋がった家族はそいつだけなんだ!お前ら、馬車から離れろ!馬車を通すんだ。早く離れろ!」
ハルスの言葉と同時に、ライナー兄上は馬車の扉を閉じた。そして御者に指示して馬車を一気に走らせる。馬車は軋み音を立てながら、色街の道路を一気に駆け抜けていった。
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