娼館で働く托卵の子の弟を義兄は鳥籠に囲いたい

月歌(ツキウタ)

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第一部 ヤン=ビーゲル

第4話 過去の想い出

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◆◆◆◆◆

娼館の裏口を出ると、シノは僕を抱いたまま足早に公衆浴場へ向かう。焼き立てのパンの香りがしたら、そこはもう公衆浴場のすぐそばだ。

不意にライナー兄上との会話を思い出し少し寂しくなる。兄上はもうこんな会話は覚えてはいないだろうけど‥‥。

◇◇◇◇

「母上に『庶民の暮らし王都編』って書籍を買ってもらったのだけど、わからない事があって。兄上、質問しても良いですか?」

ヤンは兄の部屋を訪れると目的のページを開きライナーに駆け寄る。執務中だったライナーは苦笑いを浮かべながらも弟に応じる。

「『庶民の暮らし王都編』。変わった書籍を読んでるね、ヤン。質問に答えるのは構わないけれど、今日の剣術の稽古は終わったのかい?」

ライナーの言葉にヤンは真面目な口調で語りだす。

「父上は僕が近衛騎士になることを望んでる。だから剣術の稽古をするように先生を招いてくれた。でも、僕は近衛騎士になりたくない。僕の身分で近衛騎士になったら、父上が恥をかく事になるから‥‥。」

「ヤン‥‥」

「僕の母は農家の娘で本来なら愛妾とすべき人だ。でも、父上は母上を側室にして大切に扱ってくれた。父上にはすごく感謝してる。できれば父上の期待に添える息子になりたかった。でも、なにかが違うんだ。僕は市井で生きたいと思ってる‥。」

ライナーは弟の答えに驚きながらも注意することを忘れはしなかった。

「ヤンが近衛騎士になりたくないなら、父上にしっかりと気持ちを伝えたほうがいい。だけど、市井で生きるなど簡単に言うものではないよ。ヤンは貴族の生活しか知らないのだから。」

ライナーに自分の提案を否定されたヤンは少し頬を膨らませた。その姿を見たライナーは弟の将来がますます不安になる。

「だから市井で生きていく為に勉強するの!『庶民の暮らし王都編』が僕の教科書なんだよ。」

ライナーは困ったと思いつつも、ヤンの話を聞くことにする。

「わかったよ、ヤン。疑問があるなら尋ねてみなさい。」

ライナーに促されてヤンは身を乗り出して話し出す。

「僕は公衆浴場の主になりたいんだ。お風呂が好きだから!でも、公衆浴場はパン工房の主が兼任すると書いてあって。」

「ああ、確かにそうなっているな。」

「僕は公衆浴場の主になりたいだけで、パン工房には興味ないんだよ。何か抜け道はないかな、ライナー兄上?パン工房と兼任しないで公衆浴場の主になれないかな?」

ライナーは弟の無謀な相談に頭を抱えそうになる。それでも、丁寧にヤンに説明する。

「ヤン、公衆浴場で湯が常に用意できるのは、パン工房から出る熱を利用しているからなんだけど、そのことは知ってるかい?」

「え、そうなの?」

「そうだよ。その様子では、パン工房が王家の委託でパンを焼いている事も知らないだろうね?パンを作るには王家の許可が必要で、庶民も貴族も許可の下りたパン工房で主食を買うことが定められているんだ」

「なら、パン工房は商売を独占できるから大儲かりだね!」

「ヤンは単純だから商売に向いていないと私は思うよ‥。今すぐに思い直して欲しいな」

ライナーの心底心配そうな声にヤンは再び頬を膨らませる。

「どうして単純なんだよ。だって、パン作りを独占できるんでしょ?パンの値段を高めに設定したら絶対に儲かるよ!」

「残念ながらパンの値段を高めには設定できないよ、ヤン。国はパンを一定価格で売るように定めているからね。特に王都ではその規制が厳しい。違反すると罰則もある」

「そうなの!?」

こんな事も知らずに市井で生きたいと思う弟が心配でたまらず、ライナーの説明にも熱が入る。

「昔、凶作の際にパンの値段が高騰して王都で餓死者が出た。その不満から王都を中心に反乱が起こって王国が傾いた事がある。この事件は流石に知っているよね、ヤン?」

「それって、パン動乱事件?」

ヤンが楽しそうに答える。ライナーは弟の頭をくしゃりとなでて言葉を紡ぐ。

「正解だ、ヤン。歴史を振り返ればパンの値段を安定させることが大事だとわかるだろ?動乱後、王国は原料や燃料をパン工房に支給して、安価なパンを普及させることに成功した。でも、ここで問題が起こった」

ヤンは首をかしげながら尋ねる。

「どんな問題が起こったの、兄上」

ライナーなゆっくりと説明する。

「パンを作るには、相当な手間と技術がいる。なのに、そのパンは安価で売られる。苦労の割に利益が出ないからと、パン作りを辞める人が続出してね‥‥」

「なるほど!」

「困った国は一計を案じたんだよ、ヤン。パンを作る際に出る熱を利用して公衆浴場を開業する許可を出したんだ。公衆浴場の利用料の上限は決められたが、その中での商売は自由に行えるとあって、パン職人は再び商売に乗り出した。それが現在の姿だよ。」

「そっか!だから、公衆浴場の裏手にはパン工房があるんだね、兄上」

ヤンの言葉にライナーは優しく微笑み口を開く。

「違うよ、ヤン。パン工房の裏手に公衆浴場があるんだよ。」

ライナーの言葉にヤンは反論しようとしてやめた。優しく笑う兄のもとによるときゅっと抱きしめる。そして、小さく呟く。

「兄上、悩みを聞いてくれてありがとう。全然知らないことばかりだって実感したよ。もっと勉強するね」

「私の兄弟はヤンだけだ。市井で暮らすなど言わないで、次期当主の私をそばで支えて欲しい。よく考えて欲しい、ヤン」

「ライナー兄上」

兄の優しい思いに包まれて、ヤンの心はふわりと温まった。


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