黒闇姫〜殺意の行方〜

月歌(ツキウタ)

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第9話 別れ

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◆◆◆◆◆◆



「黒闇姫、・・・・僕にはもうお前は必要ないみたいだ。」

マンションのベランダの柵に身を寄せながら、僕はそう呟き鞘からナイフの刃先を抜き出した。夜空には綺麗な満月が煌々と輝いていて、僕は刃先に月光を浴びせる為に夜空にナイフを掲げた。

『黒闇姫』が、月光の中輝きを放つ。
僕は思わず目を細めてナイフを見つめる。美しいフォルムが夜空にくっきりと浮かび上がり、ため息が漏れた。

「綺麗だよなぁ、お前って」

その美しいナイフを、ほんの少し前まで血で染めようと思っていた自分が不思議でならなかった。友人を刺し殺す夢想に耽っていた自分が、今では信じられない。

醜い感情や激しい怒りや悲しみ。
一気に噴出したそんな感情が、誤解や勘違いから生まれたなんて信じたくなかったけど、それが現実だった。


「・・・・殺さなくてよかった。まじで、黒闇姫を使ったりしなくてよかった」

僕は裏切られたわけじゃなかった。
僕は一人じゃなかった。

僕は犯罪者にはならなかった。
僕はこれからも変われないかもしれない。でも、変わって欲しいと望んでくれる彼女がいる。僕を見守ってくれる友人がいる。

僕はこんなにも幸せな環境にいたのに、それにも気が付くことなく心を彷徨わせてしまった。人を殺すことを願ってしまうほどに。

「黒闇姫、お前・・・僕のこと笑っているだろうな?つまんない動機に左右されて、物騒なこと考えて。でも、それが今の僕って事かな。」

『黒闇姫』はただきらきらと月夜に輝くだけだった。それでも、僕はナイフに語りかけ続ける。きっと人が見たら危ない奴に見えそうだなと自分でも思うと、思わず苦笑いが浮かんでしまったが、それでも口は閉じられなかった。

誰かに、僕の愚かだった気持ちを聞いて欲しくて。
あるいは、自分自身に語り掛けたくて。


「僕は、今回の事で成長したかな?」

もう少しだけ。
周りの人たちの気持ちを理解していきたいって思ってる。あんなに頑なだった心が少し解けたきがする。

「孤独が嫌なら・・・少しずつ、周りを受け入れていけって事なのかな?他人を理解する努力をしろってことなのかな?そうしたら、もし僕に傷つくことがあっても・・・もう人を殺したいと思うことは無くなるのかな?そう思うか、黒闇姫」

正直なところ、よく分からない。これから先も、人を殺したいと思わないとは言い切れない。僕は僕自身の感情をもてあましているから。でも、今は友を殺したいとは思わないし殺意を持ったことを後悔している。

「この殺意は死んだってことなのかな?」


「僕は変わっていけるよな?」

押し寄せる不安に僕は震えてナイフを額に当てた。ひんやりとした刃先が、皮膚に伝わる。僕はいつの間にか涙ぐんでいた。
僕はもうただ心の底にある闇が二度と浮上しないことを願って目を瞑った。涙が一筋零れ落ちていった。僕は思わず苦笑いを零していた。

「やべっ・・・僕って完全ナルシストだよな。っていうか、ナイフに話しかけてる段階でアウトだよな。いかれてるよな。・・・ごめんな、黒闇姫。僕は、お前が好きだけどもうお前に頼るのはやめる。逃げるのもやめる。」

僕は目を開くとナイフを額から離して、ゆっくりとナイフの刃先を鞘に収めた。輝きを放ちながら黒闇姫が鞘に納まっていった。僕はしばらくナイフを見つめてから、ある決意を固めてベランダを後にした。

「ごめんな、黒闇姫。僕は、お前を捨てるよ。殺意と一緒にお前を捨てるよ」

僕は上着を羽織ると、ポケットにナイフを忍ばせて玄関に向かい外に出た。

海に捨てよう。

そう思った。

海の底が、『黒闇姫』の眠る場所に相応しい気がした。僕の心の暗闇も同時に海の底に沈めてしまいたかった。もう二度と、激しい感情に振り回されて己を見失ったりしないように。

それだけを望んで、僕はマンションをでた。
マンションのエントランスを通って道路に出た時、もう一度『黒闇姫』に月の光を浴びせたくて満月を求めて空を見上げた。


「・・・・あっ」


その時、誰かのか細い声が聞こえた気がした。
僕は、声の主を求めて視線を彷徨わせた。

そして、小さな影に目が留まった。目の前のマンションのベランダから、少女が道路を見下ろしてる。彼女は室内の明かりに照らされ、その華奢な姿を露にしていた。その少女が、じっと僕を見つめていた。僕も不思議に思いながら見つめ返したが、知った顔ではなかったので視線を逸らせて道路を歩き始めようとした。

その時だった。


「あたしを!!あたしを連れて行って。」

「え?」


「お願い、ナイフの王子様!!私を連れて行ってーーーーーー!!」


彼女の声に驚いて僕が再び視線を上げたのと同時に、少女も動き出していた。少女は何の迷いも無く、ベランダの柵をよじ登り奇妙なバランスで柵の上に立ち上がっていた。


「危ない!!」

僕の声に呼応するように、少女はふわりと笑うと体が揺れて前方に傾いた。そして、彼女の体は地面に引かれるように地上に落ちてきた。



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