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第7話 気持ち

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「今日は猫耳カフェが空いてるな。ここでお茶するか?・・・って、お前なんでカバンに手を突っ込んでるんや?」

急に振り向いた友人が、僕の様子を不思議そうな顔で見ながらそう聞いてきた。

・・・・猫耳カフェ?

僕は思わず脱力して『黒闇姫』の柄から手を離してしまった。
殺人の夢想に耽っている男が、猫耳カフェに誘われるなんて。しかも、こんな状況で行きたいと思ってしまった僕は相当いかれてる。

「いいよ、猫耳カフェで」

僕がそう返事すると、友人はちょっと笑いながらカフェに入っていった。僕も彼の後に続いて店に入る。


「いらっしゃいですにゃーー」

何故か、新世紀エヴァンゲリオンの綾波レイが猫耳メイドになっていた。それだけで、思わず顔がにやけてしまった。

好きなものを見ただけで、自分でも不思議なほど殺意が吹き飛んでしまった。結局、人間っていい加減な存在なのかもしれない。いや、僕自身が根性なしってだけか。
思わず苦笑いを漏らしていると、先にテーブルに着いていた友人はまた不思議そうな顔で僕を見つつ大きなため息を付いた。

「あかん・・・もう、お前の事理解不能や。女の考えることもよう分からんけどな」

「女って誰の事だよ?」

僕が『女』の言葉に引っ掛かりを感じてそう聞き返すと、友人は急に真顔になって口を開いた。

「お前の彼女のことや」

「元彼女。今は・・お前の彼女だろ」

僕が憮然としながらそう答えると、友人はちょっと眉を顰めて僕の顔を覗き込んできた。そして、ゆっくりと口を開く。

「なあ、お前嫉妬とかしないのか?普通怒るやろ。友達が彼女奪ったんやから。それやのに、リアクションなしで以前と変わりなく俺と出歩くってどんな神経してるんや?・・・お前にとって彼女も・・俺も気に病むほどには重要やなかったってことか?」


意味が分からない。
僕の彼女を奪った張本人が、どうして説教しているんだ?
腹が立って僕がちょっとだけ眉を寄せると、友人は大げさにため息を付いた。

「あー、ほんま・・・彼女の気持ち分かってきたわ」

「彼女が僕を捨てた気持ちか?」

「アホ、違うわ。お前の気持ちを確認したいっていう彼女の気持ちや。まあ、こんな方法取る辺りがちょっと浅はかっていうか・・・あれやけど。まあとにかく、コーヒーでも飲みながら話しよ」

友人はぶつぶつと彼女の文句を言いつつ、メニューを一通り見るとメイドさんを呼んでコーヒーを注文した。僕もホットコーヒーを注文する。

「で・・話ってなに?」

コーヒーが運ばれ一口飲んでから、僕が先に口火を切った。
友人は、不意に真顔になって口を開く。

「最初に言っとくわ。俺と彼女は付き合ってないから」

「え・・・?」

僕は聞き間違えかと思い聞きなおした。

「だから、俺と彼女は恋人でもなんでもないって事。あのな・・・こんな話に乗った俺も俺やけどお前も悪いねんで。彼女の事不安にさせたんやから」

「不安ってなんのことだよ?」

「・・・ほんま、全然分かってないな。お前が、人と付き合うとき結構壁作ってまうのは知ってるけど、彼女にまでそんな風に構えてるとは思わんかったわ。彼女な、お前に好かれてるのか分からんって悩んでたで」

『彼女な、お前に好かれてるのか分からんって悩んでたで』・・・って、なにそれ?
だって、彼女は僕を振ったのに。好きな人ができたってそう言って振ったのに。

「嘘だ・・・だって、彼女好きな人ができたって。お前の事が好きだって言ってたのに」

「あー、そんなん彼女がお前の気持ちを確かめたかったからに決まってるやろ?嫉妬してくれるって期待してたんと違うか?」

「嫉妬?」

「でも、お前は全然ノーリアクションやった。彼女、すごいショック受けてたで。好きな人できたって言った時のお前の言葉『あ、そう』やったらしいやん。そら傷つくやろ、彼女」

違う、傷ついたのは僕の方だ。
ナイフを手にするほどに。

「で、彼女なお前に好きな人ができたって言った手前引っ込みがつかんようになったんやな。俺に泣きついてきたんや。『しばらく付き合ったふりしてくれ』ってな。そんな誘いに乗った俺も俺やけど・・・たぶん、俺もお前の気持ち確認したかったんやろうな」

「どういう意味だよ」

「お前って、俺と友達付き合いしてる割に、いまだに壁作ってるところあるやん。まあ、それもお前の個性やとは思うけど・・・・なんか、そんな壁砕けたらいいのになって思って。お前が怒ったらお前の本音見えるかなって思ってさあ。で、彼女の誘いに乗ったんやけど。もうやめ。嫌になったわ、お前は全然ノーリアクションやし彼女はいまだにお前の事が好きでめそめそ泣くし鬱陶しいっての」

友人は一気にそこまで話すと、急にすっきりした顔になってコーヒーを口にした。
僕はただ呆然とするだけだった。

こんなのありかよ?
今まで感じてきた僕の怒りや殺意や・・・いっぱいの汚い感情はなんだったんだよ?


彼女が今でも僕の事が好き?
友人も彼女も、僕の気持ちを確認したかっただけ?

僕の心の壁を取り払いたかっただけ?


僕がぼんやりとそんな事を考えていると、友人はちょっと呆れ顔で笑い出した。

「あー、やっぱノーリアクションか?こんな告白されたら、普通怒るかなんか言うもんやろ?・・・まあ、でももういいわ。お前は、お前のままでいいわ。それがお前なんやからな。とにかく友達復活やから、これからもよろしくな。ついでに、彼女ともより戻せ・・」

友人は僕から視線を逸らせながらそう言った。

僕は友人の顔を見ながら、不意に咽喉が熱くなるのを感じた。その熱は、鼻に移り目に移っていく。

信じられないことだけど。
僕はほんの少し前まで、『黒闇姫』を握り友人を殺す空想をしていたのに。

僕はいつの間にか、涙ぐんでいた。
恥ずかしくて、僕は俯いてコーヒーを口にした。苦くてますます涙が零れそうになって困ってしまった。


僕にはもう『黒闇姫』は必要ないみたいだ。



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