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第36話 ピエロ看守の独白⑩
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◆◆◆◆◆
八木の弟が黙り込むとリビングに沈黙が落ちる。その空気を破ったのは秋山君だった。
「弟なのに兄が失踪して安堵したとは‥‥君は随分と寂しい事を言うね。」
秋山君の責める様な言葉に、八木貴明はすっと目を細める。そして、静かに返事をした。
「子供の頃は私も兄から暴力を受けていたので、今でも兄には良い感情は持っていません。」
八木の言葉に耳を傾けていた秋山君は、驚いて彼に尋ねる。
「弟の君にも八木は暴力を振るっていたのか?何時頃から彼は君に暴力を振るっていたんだ?」
秋山君は八木の暴力の発露に興味があるらしい。秋山君と八木の弟の会話を僕は黙って聞くことにした。
「兄が暴力を振るい出したのは、小学生の高学年頃だったと思います。」
「そんなに幼い頃から‥‥」
秋山君は顔を顰めてそう呟くと、八木はすぐに反応して口を開いた。
「兄は確かに暴力的だったけれど、最初からそうだった訳じゃない。兄は暴力を振るう父の前で『ピエロ』を演じるようになってから、少しずつ変わっていったんです。」
「ピエロ?」
八木の弟が口にした『ピエロ』の言葉に、僕は思わず反応して口を挟んでしまった。秋山君と八木がこちらを見たので、僕は会話に参加することにする。
「父親の前で『ピエロ』を演じるとはどういう意味ですか?」
僕の質問に八木はすぐに応じる。
「今は肝臓癌で入院していますが、以前の父は酒乱で酒が入ると母や兄や私を恫喝しては殴る‥‥そんな人でした。その恐怖から逃れる為に、兄は異常なほど父の機嫌を取るようになりました。」
八木は親から暴力を振るわれていたのか。それなら、殴られる痛みを知っていた筈なのに‥‥。
「なるほど‥‥八木の兄は『マスコット』だったわけか。」
不意に松村が言葉を発したので僕はハッとした。八木は隣に座る松村に視線を向けると首をふって言葉を発する。
「『マスコット』より『ピエロ』の方が兄に近い気がする。『ピエロ』の兄は、父の機嫌を取ろうと必死だった。でも、父はそんな兄を嫌った。追い詰められた兄がようやく父親を喜ばせる方法を見つけたのが、小学校の高学年の頃で‥‥。」
「‥‥‥なるほど」
松村は八木の言葉にそう応じると、そのまま沈黙してしまった。僕はたまらず八木に話しかける。
「父親を喜ばせる方法とは『暴力』ですか?家族へ暴力を振るって父親を喜ばせた‥‥そういう事?」
僕の質問に八木は頷き応じた。
「そうです。兄は私や母親を殴ることで、父親が機嫌が良くなる事に気がついた。その内に父親と一緒になって、私や母を殴りだした。その暴力性は更に増して、父親が肝臓がんで体を壊すと、父も暴力の標的になりました。そうやって‥‥兄は家族を支配するようになったんです。」
八木が言葉を切ると、秋山君が静かに呟いた。
「凶暴な『ピエロ』の誕生か。」
「凶暴な『ピエロ』‥‥。」
僕と秋山君を虐め抜いた八木隼人の暴力の根は、こうして生まれたのか。暴力の連鎖が八木の暴力性を生み出した。
でも、それを知ったとしても八木への憎しみは消えない。それが現実。
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八木の弟が黙り込むとリビングに沈黙が落ちる。その空気を破ったのは秋山君だった。
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秋山君の責める様な言葉に、八木貴明はすっと目を細める。そして、静かに返事をした。
「子供の頃は私も兄から暴力を受けていたので、今でも兄には良い感情は持っていません。」
八木の言葉に耳を傾けていた秋山君は、驚いて彼に尋ねる。
「弟の君にも八木は暴力を振るっていたのか?何時頃から彼は君に暴力を振るっていたんだ?」
秋山君は八木の暴力の発露に興味があるらしい。秋山君と八木の弟の会話を僕は黙って聞くことにした。
「兄が暴力を振るい出したのは、小学生の高学年頃だったと思います。」
「そんなに幼い頃から‥‥」
秋山君は顔を顰めてそう呟くと、八木はすぐに反応して口を開いた。
「兄は確かに暴力的だったけれど、最初からそうだった訳じゃない。兄は暴力を振るう父の前で『ピエロ』を演じるようになってから、少しずつ変わっていったんです。」
「ピエロ?」
八木の弟が口にした『ピエロ』の言葉に、僕は思わず反応して口を挟んでしまった。秋山君と八木がこちらを見たので、僕は会話に参加することにする。
「父親の前で『ピエロ』を演じるとはどういう意味ですか?」
僕の質問に八木はすぐに応じる。
「今は肝臓癌で入院していますが、以前の父は酒乱で酒が入ると母や兄や私を恫喝しては殴る‥‥そんな人でした。その恐怖から逃れる為に、兄は異常なほど父の機嫌を取るようになりました。」
八木は親から暴力を振るわれていたのか。それなら、殴られる痛みを知っていた筈なのに‥‥。
「なるほど‥‥八木の兄は『マスコット』だったわけか。」
不意に松村が言葉を発したので僕はハッとした。八木は隣に座る松村に視線を向けると首をふって言葉を発する。
「『マスコット』より『ピエロ』の方が兄に近い気がする。『ピエロ』の兄は、父の機嫌を取ろうと必死だった。でも、父はそんな兄を嫌った。追い詰められた兄がようやく父親を喜ばせる方法を見つけたのが、小学校の高学年の頃で‥‥。」
「‥‥‥なるほど」
松村は八木の言葉にそう応じると、そのまま沈黙してしまった。僕はたまらず八木に話しかける。
「父親を喜ばせる方法とは『暴力』ですか?家族へ暴力を振るって父親を喜ばせた‥‥そういう事?」
僕の質問に八木は頷き応じた。
「そうです。兄は私や母親を殴ることで、父親が機嫌が良くなる事に気がついた。その内に父親と一緒になって、私や母を殴りだした。その暴力性は更に増して、父親が肝臓がんで体を壊すと、父も暴力の標的になりました。そうやって‥‥兄は家族を支配するようになったんです。」
八木が言葉を切ると、秋山君が静かに呟いた。
「凶暴な『ピエロ』の誕生か。」
「凶暴な『ピエロ』‥‥。」
僕と秋山君を虐め抜いた八木隼人の暴力の根は、こうして生まれたのか。暴力の連鎖が八木の暴力性を生み出した。
でも、それを知ったとしても八木への憎しみは消えない。それが現実。
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