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第30話 八木の弟、八木貴明
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◆◆◆◆◆
玄関口に八木が立っていた。
五号監房の地下に遺体となって眠っているはずなのに。
「八木が‥‥‥なんで」
口から漏れた言葉が雨音にかき消される。驚きで手の力が抜けて、傘を地面に落としてしまった。冷たい雨にさらされて、俺はゾクリと体が震わせる。
「はじめまして。私は八木貴明と申します。私は兄の八木隼人を探しています。お話を聞かせて貰えるでしょうか?」
男の言葉に俺はハッとする。
声が違う。
八木はもっとこう‥‥嫌な声だった。不快で人の心をかき乱すような‥‥。
「八木じゃない‥‥‥」
「黙って、秋山君」
「っ!」
金田は俺の耳元でそう囁くと、自然な動作で傘を拾う。その傘を畳むと、金田は俺に玄関に向かうように促した。
「早く家に入ろう、秋山君」
「金田、でも‥‥」
奴をどうするんだ?
八木の弟が目の前にいるのに‥‥どうやって対処する?無視するのか?
それとも‥‥‥。
「秋山君、行こう」
「あ、ああ」
金田が再び俺を促して足早に玄関に向かう。俺は黙ってその後に続いた。八木の弟は玄関口の隅に寄ると、俺達に話しかけてきた。
「早朝に訪ねて申し訳ない。夜勤明けに和歌山に向かって車を走らせたら、思ったよりも早く着いてしまって‥‥。いや、本当に申し訳ない」
男の言葉は誠実に思えたが、金田は少し嫌味を込めて反論する。
「確かに人を尋ねるには良い時間とはいえませんね。それに、玄関口はまだしも庭先に入ってリビングを覗くなんて‥‥不法侵入で警察を呼ばれても文句は言えませんよ」
金田の言葉に男は何故かにやりと笑った。そして、少し目を細めながら口を開く。
「やはり見られていましたか。」
男の返答に金田は表情を固くして応じる。
「庭先で何をしていたのですか?」
「『還らずの崖』を見たくて」
「『還らずの崖』を?」
「ええ、そうです」
「『還らずの崖』なんて地元民しか呼びませんよ。よくご存知ですね?」
「私の同僚が和歌山出身で、ここが地元なものですから。彼からこの別荘の噂も色々と聞いています」
男は少し肩を竦めると不意に視線を玄関口に向ける。そして、少し遠慮気味に、だが断る事を許さない雰囲気を言葉に乗せて発した。
「金田さん、雨の中での立ち話はお互いに風邪を引きそうだ。彼も顔色が悪いし、家の中に入れてもらえるとありがたいのだけど?」
男のいう『彼』とは俺のことだ。確かに雨に濡れて肌寒い。だが、顔色が悪いのは別の理由からだろう。
それより、男は金田の事を知っている様子だが‥‥俺達の会話から判断したのか?
「どうして僕が金田だとわかったのですか?僕たちの会話から?」
金田も同じ疑問に行き着いたようだ。八木の弟は少し笑って指先で自身の目の下の肌を指差す。
「同僚が地元民だといったでしょ?彼から聞きました。この別荘の持ち主の金田さんには目の下に蝶の痣があると。」
金田は思わずというように指先で蝶の痣を隠した。でも、その行為を後悔したように唇を噛み締めてゆっくりと頬から手を離す。
「‥‥そうですか。わかりました。では、八木さんは玄関の中でしばらく待って貰えますか?タオルを取ってきますので。秋山くんは僕と一緒に来て」
「ああ、分かった」
金田は玄関の扉を開くと別荘内に八木の弟を招き入れた。俺も続いて玄関の中に入る。男は玄関内でさっと床に視線を走らせた。そこに兄の靴があることを期待しての事だろうか?
「ではここで待たせてもらいます」
兄の靴を見つけられなかった事に落胆した様子はないく、明るい口調でそういった。
「タオルを持ってきますので、しばらく待って下さい。行こう、秋山君。」
俺は金田に従い別荘の中に入り奥に向かった。
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玄関口に八木が立っていた。
五号監房の地下に遺体となって眠っているはずなのに。
「八木が‥‥‥なんで」
口から漏れた言葉が雨音にかき消される。驚きで手の力が抜けて、傘を地面に落としてしまった。冷たい雨にさらされて、俺はゾクリと体が震わせる。
「はじめまして。私は八木貴明と申します。私は兄の八木隼人を探しています。お話を聞かせて貰えるでしょうか?」
男の言葉に俺はハッとする。
声が違う。
八木はもっとこう‥‥嫌な声だった。不快で人の心をかき乱すような‥‥。
「八木じゃない‥‥‥」
「黙って、秋山君」
「っ!」
金田は俺の耳元でそう囁くと、自然な動作で傘を拾う。その傘を畳むと、金田は俺に玄関に向かうように促した。
「早く家に入ろう、秋山君」
「金田、でも‥‥」
奴をどうするんだ?
八木の弟が目の前にいるのに‥‥どうやって対処する?無視するのか?
それとも‥‥‥。
「秋山君、行こう」
「あ、ああ」
金田が再び俺を促して足早に玄関に向かう。俺は黙ってその後に続いた。八木の弟は玄関口の隅に寄ると、俺達に話しかけてきた。
「早朝に訪ねて申し訳ない。夜勤明けに和歌山に向かって車を走らせたら、思ったよりも早く着いてしまって‥‥。いや、本当に申し訳ない」
男の言葉は誠実に思えたが、金田は少し嫌味を込めて反論する。
「確かに人を尋ねるには良い時間とはいえませんね。それに、玄関口はまだしも庭先に入ってリビングを覗くなんて‥‥不法侵入で警察を呼ばれても文句は言えませんよ」
金田の言葉に男は何故かにやりと笑った。そして、少し目を細めながら口を開く。
「やはり見られていましたか。」
男の返答に金田は表情を固くして応じる。
「庭先で何をしていたのですか?」
「『還らずの崖』を見たくて」
「『還らずの崖』を?」
「ええ、そうです」
「『還らずの崖』なんて地元民しか呼びませんよ。よくご存知ですね?」
「私の同僚が和歌山出身で、ここが地元なものですから。彼からこの別荘の噂も色々と聞いています」
男は少し肩を竦めると不意に視線を玄関口に向ける。そして、少し遠慮気味に、だが断る事を許さない雰囲気を言葉に乗せて発した。
「金田さん、雨の中での立ち話はお互いに風邪を引きそうだ。彼も顔色が悪いし、家の中に入れてもらえるとありがたいのだけど?」
男のいう『彼』とは俺のことだ。確かに雨に濡れて肌寒い。だが、顔色が悪いのは別の理由からだろう。
それより、男は金田の事を知っている様子だが‥‥俺達の会話から判断したのか?
「どうして僕が金田だとわかったのですか?僕たちの会話から?」
金田も同じ疑問に行き着いたようだ。八木の弟は少し笑って指先で自身の目の下の肌を指差す。
「同僚が地元民だといったでしょ?彼から聞きました。この別荘の持ち主の金田さんには目の下に蝶の痣があると。」
金田は思わずというように指先で蝶の痣を隠した。でも、その行為を後悔したように唇を噛み締めてゆっくりと頬から手を離す。
「‥‥そうですか。わかりました。では、八木さんは玄関の中でしばらく待って貰えますか?タオルを取ってきますので。秋山くんは僕と一緒に来て」
「ああ、分かった」
金田は玄関の扉を開くと別荘内に八木の弟を招き入れた。俺も続いて玄関の中に入る。男は玄関内でさっと床に視線を走らせた。そこに兄の靴があることを期待しての事だろうか?
「ではここで待たせてもらいます」
兄の靴を見つけられなかった事に落胆した様子はないく、明るい口調でそういった。
「タオルを持ってきますので、しばらく待って下さい。行こう、秋山君。」
俺は金田に従い別荘の中に入り奥に向かった。
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