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第29話 ピエロ看守の独白⑦
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◆◆◆◆◆
朝から雨で外気は海風に冷えて肌寒い。秋山君も寒さを感じたのか服の上から腕をさする。
「寒い?」
「まあな。」
「室内で待っていてもいいよ?」
「いや、今更だろ。それに外の空気を吸いたい。」
僕は頷くと傘立てから黒い傘を取り出す。そして、秋山君に差し出した。彼は傘を受け取ると首を傾けて言葉を発する。
「お前の傘は?」
「ああ、傘は一つしかなくて。秋山君はそれを使ってね。じゃあ、行こうか」
僕がゴミを持って玄関から出ると、秋山君が慌てて傘を頭上に翳してくれた。それを見て僕は思わず呟く。
「相合い傘だ」
「言うなよ‥‥‥。」
秋山君がすごく嫌そうな声を出したので、慌てて謝ろうとした。でも、やめる。秋山君がこれ以上突っ込むなと視線で語っていたからだ。僕は思わず含み笑いをしてしまう。
黒いゴミ袋の中には八木の返り血がべったりついた二人の看守服が入っている。
なのに、この高揚感はなんだろう。今、この雨の中で声高に叫びたい。
『もう僕は囚人じゃない』
『僕は看守になれた』
『僕は一人じゃない』
涙が出そうになる。『僕は一人じゃない』そう思えることが何よりも嬉しい。
「広い庭だな」
「あ、うん。」
「ごみ置き場はすぐ近くか?」
傘をさした秋山君が庭を珍しそうに眺めたあと道路に出た。僕は坂道の下を指さしながら口を開く。
「別荘地の入口までしかゴミ回収車が入れなくて、ごみ置き場は入口に設置してある。僕の家は別荘地の入口に近いから助かるよ」
僕がごみ置き場に促すと秋山君もゆっくりと坂を下りだす。左側には海が広がっているが生憎の天気で鈍くくすんでいた。
それでも珍しいのか、秋山君は視線を左右に走らせ口を開く。
「ここって別荘地だったんだな。人里離れた場所に別荘が建っていると思っていた。でもちゃんと家がある‥‥。」
不意に不安になる。もしかすると、秋山君は周辺の別荘に助けを求める気かもしれない。
「‥‥‥バブル期に開発された別荘地なんだけど、結構ずさんなところもあって。この道路をのぼっても行き止まりなんだ。だから、この道が寸断されたら陸の孤島になるんだよね」
「まじか。さすが和歌山。」
「和歌山の人に怒られるよ」
僕が笑うと秋山君も軽く笑った。そして、幾つかの別荘を見ながら疑問を口にする。
「人は住んでるのか?」
「どうしてそんな事を気にするの」
「‥‥‥別に理由はないけど」
やはり秋山君は僕の元から逃げるつもりだろうか?不安が募る。
「バブル崩壊で元の持ち主は大体別荘を手放したと思うよ。その後に、中国の不動産バブルが起こって、やり手の中国人が次々に日本の土地を買って。ここも例外じゃなかった。」
「そうなのか?」
「中国の不動産屋は古びた別荘を今どきの設えにリノベーションして民泊として貸し出してたよ。」
「客層は中国人旅行者?」
「いっときはすごい人気だったよ。インバウンド需要ですごく騒がしかった。でも、中国の不動産バブルが崩壊して以来閑散としてる。別荘を購入した中国の不動産屋が倒産したのかもね。」
「確かに静かだな」
「さすがの僕も観光客が沢山いては、誘拐も監禁も殺害もしないよ」
僕の言葉に秋山君が黙り込む。
脅した。僕を怖れてくれたらそう簡単には逃げられないはず。
それとも‥‥逆効果だろうか?
「ごみ置き場はあそこか?」
秋山君が指差す先にステンレス製のごみ置き場があった。僕は頷いてゴミ箱に近づくと蓋を開けてゴミを投げ入れる。そして、扉を閉じた。
「頑丈そうなごみ置き場だな」
「タヌキが出るからね」
「さすが和歌山」
「本当に和歌山県民に怒られるよ」
ゴミを捨てると二人でゆっくりと元の道を戻る。八木の遺体がある別荘に、秋山君と二人で帰る。
八木の仲間の玉木と梅田はまだ牢獄の中だ。彼らの処遇を考えないと。
別荘につき秋山君が門扉を開く。だが、彼はそのまま立ち止まった。不意に二人を雨から守っていた傘が地面にふわりと落ちる。驚いて秋山君を見ると、彼の視線はまっすぐに玄関に向かっていた。
そこには一人の男がいた。男はにこやかに笑うと名を名乗る。
「はじめまして。私は八木貴明と申します。私は兄の八木隼人を探しています。お話を聞かせて貰えるでしょうか?」
礼儀正しく、だが鋭い眼差しが僕たちを捉える。八木の弟を名乗る男は、昨日死んだ男に面差しがそっくりだった。
ゾクリとした恐怖が僕を襲う。
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朝から雨で外気は海風に冷えて肌寒い。秋山君も寒さを感じたのか服の上から腕をさする。
「寒い?」
「まあな。」
「室内で待っていてもいいよ?」
「いや、今更だろ。それに外の空気を吸いたい。」
僕は頷くと傘立てから黒い傘を取り出す。そして、秋山君に差し出した。彼は傘を受け取ると首を傾けて言葉を発する。
「お前の傘は?」
「ああ、傘は一つしかなくて。秋山君はそれを使ってね。じゃあ、行こうか」
僕がゴミを持って玄関から出ると、秋山君が慌てて傘を頭上に翳してくれた。それを見て僕は思わず呟く。
「相合い傘だ」
「言うなよ‥‥‥。」
秋山君がすごく嫌そうな声を出したので、慌てて謝ろうとした。でも、やめる。秋山君がこれ以上突っ込むなと視線で語っていたからだ。僕は思わず含み笑いをしてしまう。
黒いゴミ袋の中には八木の返り血がべったりついた二人の看守服が入っている。
なのに、この高揚感はなんだろう。今、この雨の中で声高に叫びたい。
『もう僕は囚人じゃない』
『僕は看守になれた』
『僕は一人じゃない』
涙が出そうになる。『僕は一人じゃない』そう思えることが何よりも嬉しい。
「広い庭だな」
「あ、うん。」
「ごみ置き場はすぐ近くか?」
傘をさした秋山君が庭を珍しそうに眺めたあと道路に出た。僕は坂道の下を指さしながら口を開く。
「別荘地の入口までしかゴミ回収車が入れなくて、ごみ置き場は入口に設置してある。僕の家は別荘地の入口に近いから助かるよ」
僕がごみ置き場に促すと秋山君もゆっくりと坂を下りだす。左側には海が広がっているが生憎の天気で鈍くくすんでいた。
それでも珍しいのか、秋山君は視線を左右に走らせ口を開く。
「ここって別荘地だったんだな。人里離れた場所に別荘が建っていると思っていた。でもちゃんと家がある‥‥。」
不意に不安になる。もしかすると、秋山君は周辺の別荘に助けを求める気かもしれない。
「‥‥‥バブル期に開発された別荘地なんだけど、結構ずさんなところもあって。この道路をのぼっても行き止まりなんだ。だから、この道が寸断されたら陸の孤島になるんだよね」
「まじか。さすが和歌山。」
「和歌山の人に怒られるよ」
僕が笑うと秋山君も軽く笑った。そして、幾つかの別荘を見ながら疑問を口にする。
「人は住んでるのか?」
「どうしてそんな事を気にするの」
「‥‥‥別に理由はないけど」
やはり秋山君は僕の元から逃げるつもりだろうか?不安が募る。
「バブル崩壊で元の持ち主は大体別荘を手放したと思うよ。その後に、中国の不動産バブルが起こって、やり手の中国人が次々に日本の土地を買って。ここも例外じゃなかった。」
「そうなのか?」
「中国の不動産屋は古びた別荘を今どきの設えにリノベーションして民泊として貸し出してたよ。」
「客層は中国人旅行者?」
「いっときはすごい人気だったよ。インバウンド需要ですごく騒がしかった。でも、中国の不動産バブルが崩壊して以来閑散としてる。別荘を購入した中国の不動産屋が倒産したのかもね。」
「確かに静かだな」
「さすがの僕も観光客が沢山いては、誘拐も監禁も殺害もしないよ」
僕の言葉に秋山君が黙り込む。
脅した。僕を怖れてくれたらそう簡単には逃げられないはず。
それとも‥‥逆効果だろうか?
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「本当に和歌山県民に怒られるよ」
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八木の仲間の玉木と梅田はまだ牢獄の中だ。彼らの処遇を考えないと。
別荘につき秋山君が門扉を開く。だが、彼はそのまま立ち止まった。不意に二人を雨から守っていた傘が地面にふわりと落ちる。驚いて秋山君を見ると、彼の視線はまっすぐに玄関に向かっていた。
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