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第27話 ピエロ看守の独白⑤
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◆◆◆◆◆
「んっ‥‥‥あれ?」
僕はベッドから身を起こして目を擦る。確か昨夜は秋山君にストックホルム症候群の話をしていて‥。
「いつの間にか寝ていたのか。」
ベッドサイドの時計を確認すると、もう朝の5時半だった。ほんの少し肌寒さを感じて身を震わせる。
「秋山君は‥‥?」
隣を見ると、秋山君はベッドの上に寝転がり眠っていた。このままでは風邪を引くかもしれない。
「秋山君、ベッドの中に入って下さい。風邪を引きますよ。」
僕はベッドをおりて秋山君に近づいて声を掛けた。だが返事はない。
「秋山君、風邪を引くよ‥‥うぉ!」
秋山君の肩に触れて揺すりながら話しかけると、腕を掴まれて彼に引き寄せられた。秋山君の顔がすぐそばにある。
「あ、秋山君?」
「厚子、もう少し‥‥」
「えっ?」
「‥‥眠らせて。いいだろ、厚子」
『厚子』は秋山君の元妻だ。浮気をした上妊娠して、秋山君に離婚を突きつけた裏切り者。なのに、秋山君は元妻の名を呼ぶ。
僕は腹が立って秋山君の頭を叩いていた。
「いてっ!」
「痛いじゃないです、秋山君」
「いや?え、金田‥‥‥?」
寝惚け眼でこちらを見ている。その唇から元妻の名を呼んだ自覚はあるのだろうか?秋山君は甘やかな声で元妻の名を呼んでいた。心がモヤモヤする。
「そうです。金田です。風邪を引くので布団の中で寝て下さい」
僕の声に反応を示した秋山君は、ベッドの中に潜り込みモゾモゾと動いたあとに上部から顔を出す。そして、少し不服そうに口を開いた。
「さっき俺の頭を叩いたか?」
「叩きました」
「なんで叩くんだよ」
「言う事を聞かないからです」
「‥‥‥DV夫かよ」
「違います!」
僕がすぐに否定すると秋山君は少し笑って軽く手を振った。目はすぐにトロリとして閉じてしまう。
「ああ、わかったよ。それで、俺はまだ寝ていいのか?眠いんだが‥‥」
「眠っていて下さい。僕もゴミを出してきたらまたひと眠りします。」
僕の言葉に秋山君が体をビクリと震わせる。そして、目を瞑ったまま囁いた。
「例のゴミか?」
「例のゴミです。ゴミ袋を3枚ほど重ねれば血の匂いはしないと思いますが、この辺りは猫やカラスや狸が出るので。ゴミ回収車が来るまでゴミが荒らされないように見守るつもりです」
「‥‥狸まで出るのかよ。田舎だな。」
「ここは和歌山ですから。」
「和歌山に失礼だろ。」
「そうですね」
僕は思わず吹き出してしまった。秋山君も薄っすらと目を開くと僕を見つめて軽く笑う。
昨夜、人を殺した。
吊ったのは二回目だけど、人を刺したのは初めてのことで、意識をすると手が震えそうになる。ナイフで人を刺した感覚は一生忘れられないと思う。
なのに、心はスッキリとしていた。
僕を支配した八木がもうこの世にいないのだと思うだけで、安堵の心が全身を弛緩させる。緊張が解けていく。
「‥‥後悔すると思ってた」
「ん?」
「人を殺したのに後悔してない」
「そうか」
「秋山君はどう?」
「それを俺に聞くのか?」
「聞きたい」
秋山君は目をゆっくりと瞑る。そのまま眠ってしまうのかと思った。それでも良いと思ったけど、彼は目を閉じたまま言葉を紡ぐ。
「高校を卒業して全て忘れるつもりだった。忘れたつもりだった。大学で厚子と‥‥元妻と出逢って、恋愛結婚して‥‥全てが上手くいくと思ってんだ。でも、上手くいかなかった」
「秋山君‥‥」
「セックスが苦手なんだ」
「‥‥っ」
「厚子が好きだった。でも、裸で抱き合うと気持ち悪くなる。体に触られるのも嫌だった。触るのも怖い。八木がちらつくんだ。忘れたつもりだった。でも、忘れてなかった。八木の『公衆便所』だった俺には‥‥女と繋がる事が苦痛で出来なかった」
秋山君はベッドの中に潜り込む。それでも話し続けてくれた。苦しい思い出を僕に吐き出してくれている。
僕は掛け布団の上から彼に触れた。体温は感じないけれど、それでもそうしたくて。
「すぐにレス夫婦になった。」
「‥‥‥‥。」
「厚子が浮気して子供が出来たと言った時、俺は夫の役目から解放された気がした。浮気は許すから腹の子は俺達の子供として育てようと厚子に言った‥‥‥俺は優しい夫だろ?」
僕は答えることが出来なかった。
「厚子にそう伝えたら、アイツは激昂して俺の頬を叩いた。『この子は貴方の子供じゃない!私の子供よ』って喚いて物を投げつけて泣き出した。浮気したのに‥‥酷いよな」
「そうだね」
布団の上から秋山君の体を撫で続けた。ずっとこうしていたい。
「厚子は学生時代から子供を欲しがっていた。結婚後、アイツは不妊治療を受けようと言ったんだ。俺にEDの治療を受けさせたがってた。でも、俺は拒絶した。逃げたんだ‥‥過去の事を話せるはずもないしな」
「秋山君‥‥」
「離婚届を渡されて、俺は受け入れるしかなかった。そして、厚子は浮気相手の元に去った。今は夫婦になって子を育ててるはずだ。幸せになってるだろう。そんな女の事を俺は恨みながら酒を煽って、全部を駄目にした。会社もクビになり家族にも見放された‥‥‥俺は一人だ」
僕は布団の上から覆いかぶさると必死になって声を掛けていた。
「一人じゃないよ。僕は‥‥」
「‥‥‥‥。」
「僕はもう君を離さない。」
思いがけない事を僕は口走っていた。慌てて秋山君から身を離した。気持ち悪く思われたかもしれない。実際、秋山君から言葉はない。
「ゴミを出してくるね」
そう声を掛けてベッドから離れる。部屋から出ようとすると秋山君から声が掛かった。
「戻ってくるよな?」
「あ、うん。もちろん!」
「そうか‥‥。」
僕は少しだけ救われた気がして寝室を後にした。リビングに出ると明かりをつけて脱衣室に向かう。
八木の返り血を浴びた看守服を黒のゴミ袋に詰め込む。それに二枚のゴミ袋を重ねて匂いなどを確認して再びリビングに戻った。
朝方の空は雨が降り暗い。ふと違和感を感じて、僕はリビングの大きな窓に目をやった。人影が立っていて僕は竦み上がる。
「ひっ!?」
僕は声を上げてその場に座り込んでしまった。
「八木が‥‥‥‥なんで」
窓の外に八木がいた。
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「んっ‥‥‥あれ?」
僕はベッドから身を起こして目を擦る。確か昨夜は秋山君にストックホルム症候群の話をしていて‥。
「いつの間にか寝ていたのか。」
ベッドサイドの時計を確認すると、もう朝の5時半だった。ほんの少し肌寒さを感じて身を震わせる。
「秋山君は‥‥?」
隣を見ると、秋山君はベッドの上に寝転がり眠っていた。このままでは風邪を引くかもしれない。
「秋山君、ベッドの中に入って下さい。風邪を引きますよ。」
僕はベッドをおりて秋山君に近づいて声を掛けた。だが返事はない。
「秋山君、風邪を引くよ‥‥うぉ!」
秋山君の肩に触れて揺すりながら話しかけると、腕を掴まれて彼に引き寄せられた。秋山君の顔がすぐそばにある。
「あ、秋山君?」
「厚子、もう少し‥‥」
「えっ?」
「‥‥眠らせて。いいだろ、厚子」
『厚子』は秋山君の元妻だ。浮気をした上妊娠して、秋山君に離婚を突きつけた裏切り者。なのに、秋山君は元妻の名を呼ぶ。
僕は腹が立って秋山君の頭を叩いていた。
「いてっ!」
「痛いじゃないです、秋山君」
「いや?え、金田‥‥‥?」
寝惚け眼でこちらを見ている。その唇から元妻の名を呼んだ自覚はあるのだろうか?秋山君は甘やかな声で元妻の名を呼んでいた。心がモヤモヤする。
「そうです。金田です。風邪を引くので布団の中で寝て下さい」
僕の声に反応を示した秋山君は、ベッドの中に潜り込みモゾモゾと動いたあとに上部から顔を出す。そして、少し不服そうに口を開いた。
「さっき俺の頭を叩いたか?」
「叩きました」
「なんで叩くんだよ」
「言う事を聞かないからです」
「‥‥‥DV夫かよ」
「違います!」
僕がすぐに否定すると秋山君は少し笑って軽く手を振った。目はすぐにトロリとして閉じてしまう。
「ああ、わかったよ。それで、俺はまだ寝ていいのか?眠いんだが‥‥」
「眠っていて下さい。僕もゴミを出してきたらまたひと眠りします。」
僕の言葉に秋山君が体をビクリと震わせる。そして、目を瞑ったまま囁いた。
「例のゴミか?」
「例のゴミです。ゴミ袋を3枚ほど重ねれば血の匂いはしないと思いますが、この辺りは猫やカラスや狸が出るので。ゴミ回収車が来るまでゴミが荒らされないように見守るつもりです」
「‥‥狸まで出るのかよ。田舎だな。」
「ここは和歌山ですから。」
「和歌山に失礼だろ。」
「そうですね」
僕は思わず吹き出してしまった。秋山君も薄っすらと目を開くと僕を見つめて軽く笑う。
昨夜、人を殺した。
吊ったのは二回目だけど、人を刺したのは初めてのことで、意識をすると手が震えそうになる。ナイフで人を刺した感覚は一生忘れられないと思う。
なのに、心はスッキリとしていた。
僕を支配した八木がもうこの世にいないのだと思うだけで、安堵の心が全身を弛緩させる。緊張が解けていく。
「‥‥後悔すると思ってた」
「ん?」
「人を殺したのに後悔してない」
「そうか」
「秋山君はどう?」
「それを俺に聞くのか?」
「聞きたい」
秋山君は目をゆっくりと瞑る。そのまま眠ってしまうのかと思った。それでも良いと思ったけど、彼は目を閉じたまま言葉を紡ぐ。
「高校を卒業して全て忘れるつもりだった。忘れたつもりだった。大学で厚子と‥‥元妻と出逢って、恋愛結婚して‥‥全てが上手くいくと思ってんだ。でも、上手くいかなかった」
「秋山君‥‥」
「セックスが苦手なんだ」
「‥‥っ」
「厚子が好きだった。でも、裸で抱き合うと気持ち悪くなる。体に触られるのも嫌だった。触るのも怖い。八木がちらつくんだ。忘れたつもりだった。でも、忘れてなかった。八木の『公衆便所』だった俺には‥‥女と繋がる事が苦痛で出来なかった」
秋山君はベッドの中に潜り込む。それでも話し続けてくれた。苦しい思い出を僕に吐き出してくれている。
僕は掛け布団の上から彼に触れた。体温は感じないけれど、それでもそうしたくて。
「すぐにレス夫婦になった。」
「‥‥‥‥。」
「厚子が浮気して子供が出来たと言った時、俺は夫の役目から解放された気がした。浮気は許すから腹の子は俺達の子供として育てようと厚子に言った‥‥‥俺は優しい夫だろ?」
僕は答えることが出来なかった。
「厚子にそう伝えたら、アイツは激昂して俺の頬を叩いた。『この子は貴方の子供じゃない!私の子供よ』って喚いて物を投げつけて泣き出した。浮気したのに‥‥酷いよな」
「そうだね」
布団の上から秋山君の体を撫で続けた。ずっとこうしていたい。
「厚子は学生時代から子供を欲しがっていた。結婚後、アイツは不妊治療を受けようと言ったんだ。俺にEDの治療を受けさせたがってた。でも、俺は拒絶した。逃げたんだ‥‥過去の事を話せるはずもないしな」
「秋山君‥‥」
「離婚届を渡されて、俺は受け入れるしかなかった。そして、厚子は浮気相手の元に去った。今は夫婦になって子を育ててるはずだ。幸せになってるだろう。そんな女の事を俺は恨みながら酒を煽って、全部を駄目にした。会社もクビになり家族にも見放された‥‥‥俺は一人だ」
僕は布団の上から覆いかぶさると必死になって声を掛けていた。
「一人じゃないよ。僕は‥‥」
「‥‥‥‥。」
「僕はもう君を離さない。」
思いがけない事を僕は口走っていた。慌てて秋山君から身を離した。気持ち悪く思われたかもしれない。実際、秋山君から言葉はない。
「ゴミを出してくるね」
そう声を掛けてベッドから離れる。部屋から出ようとすると秋山君から声が掛かった。
「戻ってくるよな?」
「あ、うん。もちろん!」
「そうか‥‥。」
僕は少しだけ救われた気がして寝室を後にした。リビングに出ると明かりをつけて脱衣室に向かう。
八木の返り血を浴びた看守服を黒のゴミ袋に詰め込む。それに二枚のゴミ袋を重ねて匂いなどを確認して再びリビングに戻った。
朝方の空は雨が降り暗い。ふと違和感を感じて、僕はリビングの大きな窓に目をやった。人影が立っていて僕は竦み上がる。
「ひっ!?」
僕は声を上げてその場に座り込んでしまった。
「八木が‥‥‥‥なんで」
窓の外に八木がいた。
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