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第24話 体温に生命を感じる
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◆◆◆◆◆
ピエロ看守と一緒に風呂に入っている。ピエロの化粧を落とした金田だが、湯船に浸かっているのに顔色が悪い。
まあ、俺も同じような顔色をしているんだろうな。無理ないか‥‥血に濡れながら遺体処理したばかりなのだから。
「‥‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥‥‥。」
体をしっかりと洗った後は互いに黙って湯に浸かっている。血の匂いが浴室に残っている気がして窓を全開にしているが、少し寒くなってきた。暗闇に沈んだ海から冷たい潮風が流れ込む。
「‥‥‥閉めてもいいか?」
「え?」
金田が俺の言葉に反応して顔を上げる。金田の蝶の痣が不意に視界に入り、俺は思わず視線を逸らした。
「秋山君?」
「その‥‥少し肌寒いから窓を閉めてもいいか、金田?」
俺がそう答えると金田は慌てて立ち上がると、湯船横の窓を閉めた。そして俺に身を寄せて言葉を発する。
「ごめん!寒かった?」
「いや、大丈夫だ」
「本当に?」
「湯船に浸かれ。風邪を引く」
「うん、ありがとう」
視線を逸らしていなければ、金田のイチモツを直視するところだった。いや、実際はちょっと見えてしまったが。臆病な金田の印象を払拭するデカさで‥‥。
「‥‥‥‥‥‥。」
「ごめんね、秋山君」
「え?」
「処刑のレバーを引かせた上に、遺体の処理を手伝って貰うことになるなんて‥‥本当にごめん‥‥」
謝られても手に染み付いた感覚は消えない。まだ生暖かい遺体を納体袋に二人がかりで押し込むと、五号監房の床下に安置した。
「処刑場の床下が遺体安置室になっているなんてな。しかも保冷装置まで装備されてるって‥‥この別荘を作った奴は相当に悪趣味だ。」
「悪趣味だけど‥‥あの人は、この別荘を心から愛していたんだと思う。思い入れがありすぎて、別荘を手放す時にあの五号監房で自殺した程だから」
俺は驚いて金田を見た。男は虚ろな表情で少し笑う。俺はその表情を気味悪く思いながら、なんとか言葉を口にする。
「そんな事があったのか」
「‥‥うん」
「じゃあ、この屋敷はそいつに呪われているのかもな。お前が八木達を地下牢獄に閉じ込めたのもそいつの魂が引き寄せたのかもしれない。」
「それはない!」
金田は突然語気を強めた。俺は驚いて目を見開く。金田は俺を見つめながら落ち着いた口調で話し始めた。
「八木を殺したのは僕の意思だよ」
俺は暫く金田を見つめてから『そうか』と小さく呟いた。その声が届いたようで男が頷く。
「僕の意思で復讐を始めたんだ」
「‥‥‥その復讐はいつ終わるんだ?」
俺は思い切って突っ込んだ質問をした。成り行きとはいえ、既に俺も事件に関わってしまっている。俺には知る権利があるはずだ‥‥この復讐がいつ終わるのか。
「もう、人殺しは無理‥‥」
「そうなのか?」
金田の答えが意外に思えて思わず『そうなのか?』と尋ねていた。俺の言葉に金田が苦笑いを浮かべる。
「そんな風に言わないで欲しいな。」
「あー、悪かった」
「僕は看守でもサイコパスな殺人鬼でもなく‥‥やっぱり囚人のままだ。でも、この囚人は本物の囚人にはならない。」
「どういう意味だ?」
俺は不安を覚えて口を開く。
「皆を解放する。」
「え?」
「薬漬けの囚人二人はどこかの病院の前に放置すればいい。日常に戻っても二人は薬物治療で人生の大半を潰すはずだ。もしかすると、殺されるより酷い人生を送るかもしれない。僕を虐めた代償は大きいね」
言葉が出てこない。俺はただ頷くだけにとどめた。
「佐々木にはお金をたっぷり渡して、ここを出ていってもらう。知的障害の人が入れる施設を探さないとね。後は秋山君の処遇だけど‥‥」
「俺をどうするつもりだ?」
金田は不意に俯いて言葉を紡ぐ。
「警察がこの屋敷にたどり着くまで‥‥僕の犯行を暴くまで、そばにいて欲しい。昔みたいに友達として一緒にいたい。」
まるで告白のようなその言葉に、俺は返事を躊躇った。迷う心で俺は言葉を発する。
「まだ金田の処遇を聞いてない。」
「僕は本物の囚人にはならない。」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。警察がこの別荘に突入してきたら、屋敷に火を放ってここで死ぬ」
「おいっ!?」
「卑怯だと思った?」
「それは‥‥よくわからない。」
俺は唇を噛み締めて俯く。警察がいつこの屋敷にたどり着くかはわからない。でも、地下の二人を解放すれば当然警察も動き出すだろう。
金田は屋敷と共に死ぬつもりだ。つまり、真実はこの別荘と共に焼け落ちる。俺の罪の痕跡も焼け落ちるだろうか?
「俺は共には逝かない」
「もちろん」
「警察が来たら助けを求める」
「当然だよ。秋山君は凶悪犯に誘拐されただけ。佐々木が何かを言っても否定し続けて。彼の記憶は長くは続かないから、証言はすぐに曖昧になる。そんな証言は証拠にはならない。だから、もう少しだけ‥‥‥。」
「警察が来るまでそばにいる」
俺がそう答えると不意に金田に抱きつかれた。人を殺したばかりの男二人が浴室で抱き合っている。
明らかに異常な状態なのに、互いの体温が生命を感じさせて離れがたくきつく抱き合った。
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ピエロ看守と一緒に風呂に入っている。ピエロの化粧を落とした金田だが、湯船に浸かっているのに顔色が悪い。
まあ、俺も同じような顔色をしているんだろうな。無理ないか‥‥血に濡れながら遺体処理したばかりなのだから。
「‥‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥‥‥。」
体をしっかりと洗った後は互いに黙って湯に浸かっている。血の匂いが浴室に残っている気がして窓を全開にしているが、少し寒くなってきた。暗闇に沈んだ海から冷たい潮風が流れ込む。
「‥‥‥閉めてもいいか?」
「え?」
金田が俺の言葉に反応して顔を上げる。金田の蝶の痣が不意に視界に入り、俺は思わず視線を逸らした。
「秋山君?」
「その‥‥少し肌寒いから窓を閉めてもいいか、金田?」
俺がそう答えると金田は慌てて立ち上がると、湯船横の窓を閉めた。そして俺に身を寄せて言葉を発する。
「ごめん!寒かった?」
「いや、大丈夫だ」
「本当に?」
「湯船に浸かれ。風邪を引く」
「うん、ありがとう」
視線を逸らしていなければ、金田のイチモツを直視するところだった。いや、実際はちょっと見えてしまったが。臆病な金田の印象を払拭するデカさで‥‥。
「‥‥‥‥‥‥。」
「ごめんね、秋山君」
「え?」
「処刑のレバーを引かせた上に、遺体の処理を手伝って貰うことになるなんて‥‥本当にごめん‥‥」
謝られても手に染み付いた感覚は消えない。まだ生暖かい遺体を納体袋に二人がかりで押し込むと、五号監房の床下に安置した。
「処刑場の床下が遺体安置室になっているなんてな。しかも保冷装置まで装備されてるって‥‥この別荘を作った奴は相当に悪趣味だ。」
「悪趣味だけど‥‥あの人は、この別荘を心から愛していたんだと思う。思い入れがありすぎて、別荘を手放す時にあの五号監房で自殺した程だから」
俺は驚いて金田を見た。男は虚ろな表情で少し笑う。俺はその表情を気味悪く思いながら、なんとか言葉を口にする。
「そんな事があったのか」
「‥‥うん」
「じゃあ、この屋敷はそいつに呪われているのかもな。お前が八木達を地下牢獄に閉じ込めたのもそいつの魂が引き寄せたのかもしれない。」
「それはない!」
金田は突然語気を強めた。俺は驚いて目を見開く。金田は俺を見つめながら落ち着いた口調で話し始めた。
「八木を殺したのは僕の意思だよ」
俺は暫く金田を見つめてから『そうか』と小さく呟いた。その声が届いたようで男が頷く。
「僕の意思で復讐を始めたんだ」
「‥‥‥その復讐はいつ終わるんだ?」
俺は思い切って突っ込んだ質問をした。成り行きとはいえ、既に俺も事件に関わってしまっている。俺には知る権利があるはずだ‥‥この復讐がいつ終わるのか。
「もう、人殺しは無理‥‥」
「そうなのか?」
金田の答えが意外に思えて思わず『そうなのか?』と尋ねていた。俺の言葉に金田が苦笑いを浮かべる。
「そんな風に言わないで欲しいな。」
「あー、悪かった」
「僕は看守でもサイコパスな殺人鬼でもなく‥‥やっぱり囚人のままだ。でも、この囚人は本物の囚人にはならない。」
「どういう意味だ?」
俺は不安を覚えて口を開く。
「皆を解放する。」
「え?」
「薬漬けの囚人二人はどこかの病院の前に放置すればいい。日常に戻っても二人は薬物治療で人生の大半を潰すはずだ。もしかすると、殺されるより酷い人生を送るかもしれない。僕を虐めた代償は大きいね」
言葉が出てこない。俺はただ頷くだけにとどめた。
「佐々木にはお金をたっぷり渡して、ここを出ていってもらう。知的障害の人が入れる施設を探さないとね。後は秋山君の処遇だけど‥‥」
「俺をどうするつもりだ?」
金田は不意に俯いて言葉を紡ぐ。
「警察がこの屋敷にたどり着くまで‥‥僕の犯行を暴くまで、そばにいて欲しい。昔みたいに友達として一緒にいたい。」
まるで告白のようなその言葉に、俺は返事を躊躇った。迷う心で俺は言葉を発する。
「まだ金田の処遇を聞いてない。」
「僕は本物の囚人にはならない。」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。警察がこの別荘に突入してきたら、屋敷に火を放ってここで死ぬ」
「おいっ!?」
「卑怯だと思った?」
「それは‥‥よくわからない。」
俺は唇を噛み締めて俯く。警察がいつこの屋敷にたどり着くかはわからない。でも、地下の二人を解放すれば当然警察も動き出すだろう。
金田は屋敷と共に死ぬつもりだ。つまり、真実はこの別荘と共に焼け落ちる。俺の罪の痕跡も焼け落ちるだろうか?
「俺は共には逝かない」
「もちろん」
「警察が来たら助けを求める」
「当然だよ。秋山君は凶悪犯に誘拐されただけ。佐々木が何かを言っても否定し続けて。彼の記憶は長くは続かないから、証言はすぐに曖昧になる。そんな証言は証拠にはならない。だから、もう少しだけ‥‥‥。」
「警察が来るまでそばにいる」
俺がそう答えると不意に金田に抱きつかれた。人を殺したばかりの男二人が浴室で抱き合っている。
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