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第11話 一人は寂しい
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◆◆◆◆◆
金田が差し出した炭酸水を飲み干すと、喉元がスッキリとして潤う。
「美味い」
「ただの炭酸水だよ?」
金田が少し嬉しそうに微笑む。その顔を見るとなんとなく心が和んだ。
「ただの炭酸水でも‥‥美味い」
妻と離婚して以来生活が乱れて友や同僚は去っていった。会社を辞めた後は一人で飲み歩き、泥酔して店を追い出され路上で寝たこともある。
一人は寂しい。
そう呟きかけて俺は慌てて口を閉じた。誘拐犯に依存しかけている自分が情けなくて唇を噛む。
「苦手な食べ物はありますか?」
「え?」
金田に尋ねられて俺は思わず聞き返す。男はスマホを手にしながら再び話し掛けてきた。
「朝食と夕食は近くの観光ホテルのデリバリーサービスを利用していているんです。苦手な食材は除いて料理を作ってくれるので、遠慮せずに言って下さい、秋山君」
俺は少し考えてから素直に答えた。
「人参は無理だ」
「‥‥‥‥。」
金田が不意に真顔になる。だが、数秒で表情は解けて笑い声を上げる。
「に、にんじん!こ、子供ですか」
「‥‥笑うな。」
「ごめんなさい。では、人参抜きの食事を頼みますね。朝と夕の7時に届く設定ですが、それで構いませんか?」
「ああ、大丈夫だ。」
金田は小さく頷くとホテルに電話を掛ける。その様子を見ながら俺はなんとなくため息を付いた。ホテルの食事を毎日食べる誘拐犯‥‥ずいぶんと優雅な犯罪者だ。
ぼんやりと金田を眺めていると、突然エレベーター付近から警報音が鳴り響いた。俺は慌ててソファーから立ち上がる。
「‥‥‥何だこの音?」
金田はホテルの従業員と話し中だったが、眼差しが一気に鋭くなる。会話を急いで切り上げると、スマホをボトムスのポケットにねじ込んだ。
「秋山君はここにいてください」
金田はそう言うとエレベーターに向かって駆け出す。金田に持つように言われたが、俺はその言葉を無視して後に続いた。金田はちらりと振り返ったが、俺と目があっても何も言わない。
エレベーターの前につくと、金田は壁掛けの固定回線電話の受話器を取る。すると、さっきまで鳴っていた警報音が鳴り止んだ。
「地下牢獄で少しでも異変があった場合には、ここに連絡するように佐々木に指示しています。でも、緊急連絡以外は警報が鳴らない設定なので‥‥何かあったのかもしれません。」
金田が眉を潜めながらそう呟く。俺はゴクリと唾を飲み込みながら、巨漢の佐々木を思い浮かべる。
「佐々木って体の大きい奴か?」
「そうです。僕が所有するマンションの店子なのですが、家賃を滞納しているので体で払って貰ってます。知的障害がある為か、犯罪の片棒を担がせるのも意外と簡単でした。」
「マンション持ってるのかよ!?」
俺は佐々木の事よりも、金田が不動産収益を得ていることに驚く。引きこもりの割に優雅な生活をしている事に合点がいった。
なんとなく腹が立つ。
こんな時に金田に嫉妬している自分が不思議だった。でも、仕事に明け暮れた末に妻が浮気して離婚に至ったことを思えば、人生が不公平に思えてならない。
「佐々木か?何かあったのか?」
『金田さん‥‥俺は困った』
「何が困ったんだ?説明しろ」
『殴った』
「殴った?それで?」
『殴って困ってる』
「??」
電話から漏れ聞こえる会話に耳を傾ける。確かに佐々木は知的障害があるようだ。会話が噛み合っていない。金田もうまく聞き出す能力には欠けているように思えた。
でも、次の言葉で全ての思いが吹き飛んだ。
『殴っていいって金田さんが言ったから、一号囚人殴ってた。そしたら、息してない』
俺と金田はその言葉に息を呑んだ。
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金田が差し出した炭酸水を飲み干すと、喉元がスッキリとして潤う。
「美味い」
「ただの炭酸水だよ?」
金田が少し嬉しそうに微笑む。その顔を見るとなんとなく心が和んだ。
「ただの炭酸水でも‥‥美味い」
妻と離婚して以来生活が乱れて友や同僚は去っていった。会社を辞めた後は一人で飲み歩き、泥酔して店を追い出され路上で寝たこともある。
一人は寂しい。
そう呟きかけて俺は慌てて口を閉じた。誘拐犯に依存しかけている自分が情けなくて唇を噛む。
「苦手な食べ物はありますか?」
「え?」
金田に尋ねられて俺は思わず聞き返す。男はスマホを手にしながら再び話し掛けてきた。
「朝食と夕食は近くの観光ホテルのデリバリーサービスを利用していているんです。苦手な食材は除いて料理を作ってくれるので、遠慮せずに言って下さい、秋山君」
俺は少し考えてから素直に答えた。
「人参は無理だ」
「‥‥‥‥。」
金田が不意に真顔になる。だが、数秒で表情は解けて笑い声を上げる。
「に、にんじん!こ、子供ですか」
「‥‥笑うな。」
「ごめんなさい。では、人参抜きの食事を頼みますね。朝と夕の7時に届く設定ですが、それで構いませんか?」
「ああ、大丈夫だ。」
金田は小さく頷くとホテルに電話を掛ける。その様子を見ながら俺はなんとなくため息を付いた。ホテルの食事を毎日食べる誘拐犯‥‥ずいぶんと優雅な犯罪者だ。
ぼんやりと金田を眺めていると、突然エレベーター付近から警報音が鳴り響いた。俺は慌ててソファーから立ち上がる。
「‥‥‥何だこの音?」
金田はホテルの従業員と話し中だったが、眼差しが一気に鋭くなる。会話を急いで切り上げると、スマホをボトムスのポケットにねじ込んだ。
「秋山君はここにいてください」
金田はそう言うとエレベーターに向かって駆け出す。金田に持つように言われたが、俺はその言葉を無視して後に続いた。金田はちらりと振り返ったが、俺と目があっても何も言わない。
エレベーターの前につくと、金田は壁掛けの固定回線電話の受話器を取る。すると、さっきまで鳴っていた警報音が鳴り止んだ。
「地下牢獄で少しでも異変があった場合には、ここに連絡するように佐々木に指示しています。でも、緊急連絡以外は警報が鳴らない設定なので‥‥何かあったのかもしれません。」
金田が眉を潜めながらそう呟く。俺はゴクリと唾を飲み込みながら、巨漢の佐々木を思い浮かべる。
「佐々木って体の大きい奴か?」
「そうです。僕が所有するマンションの店子なのですが、家賃を滞納しているので体で払って貰ってます。知的障害がある為か、犯罪の片棒を担がせるのも意外と簡単でした。」
「マンション持ってるのかよ!?」
俺は佐々木の事よりも、金田が不動産収益を得ていることに驚く。引きこもりの割に優雅な生活をしている事に合点がいった。
なんとなく腹が立つ。
こんな時に金田に嫉妬している自分が不思議だった。でも、仕事に明け暮れた末に妻が浮気して離婚に至ったことを思えば、人生が不公平に思えてならない。
「佐々木か?何かあったのか?」
『金田さん‥‥俺は困った』
「何が困ったんだ?説明しろ」
『殴った』
「殴った?それで?」
『殴って困ってる』
「??」
電話から漏れ聞こえる会話に耳を傾ける。確かに佐々木は知的障害があるようだ。会話が噛み合っていない。金田もうまく聞き出す能力には欠けているように思えた。
でも、次の言葉で全ての思いが吹き飛んだ。
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