8 / 49
第8話 心が潰れる
しおりを挟む
◆◆◆◆◆
「アメリカの大学で行われたスタンフォード監獄実験をご存知ですか、秋山君?」
不意に素顔のピエロが俺の目を見つめて話しかけてくる。
「スタンフォード監獄実験?」
大人の男が二人入っても湯船には余裕があった。それでも、金田の真っ直ぐな視線に囚われ緊張が走る。
「アメリカのスタンフォード大学で行われた監獄実験です。」
「‥‥監獄実験」
金田は少し微笑みながら話を続ける。俺は黙って聞き役に徹した。
「心理学者のフィリップ・ジンバルドーが監獄の空間を再現して、『環境が行動に影響を与えるか』を調べた実験なんです」
金田が言い終えると俺の反応を伺うように見つめてくる。俺は仕方なく口を開いた。
「聞いたことはある‥‥監獄の環境の中で、看守役は凶暴になり囚人役は従順になったとか。囚人役が狂ったって話も聞いたな。」
俺がそう応じると金田が驚いて目を見開き、嬉しそうに話し出す。
「金田くんが監獄実験に興味があるとは思わなかった!」
「いや、興味と言うか‥‥都市伝説系のYouTube動画で観て知っただけだ。禁忌の実験ってサムネイルにあった気がする。」
「ああ、そうですね。禁忌の実験として監獄実験は語られることがあります。でも、実際のところは狂った囚人役はいなかったらしいですよ。」
「そうなのか?」
俺は興味が湧き尋ねていた。金田は頷くと楽しそうに語る。
「現代ではスタンフォード監獄実験は眉唾モノだとされています。実際、狂ったとされる囚人役は教授の意図を汲んで狂った演技をしたと後に告白していますから。」
俺は少し考えてから金田に尋ねる。
「金田はスタンフォード監獄実験に心酔しているわけではないんだな?でも、それならどうして同じ様な事を地下監獄で行っているんだ?」
俺の問いかけに金田は間髪入れずに答える。
「僕が囚人役のままだから」
「?」
「奴等に虐められて‥‥僕は自分を責め続けてきた。僕に悪い面があったから虐められるんだって。奴等がそう誘導しながら僕を虐めていた。そう分かっているのに‥‥未だに僕の心は囚人役なんだ。彼等の前では萎縮して従順になれと己の声が聞こえる。そうしないとまた殴られてタバコを押しつけられて‥‥他にも‥‥」
「金田‥‥‥」
「夢を見るんだ。何度も彼等に虐められる夢を見て‥‥その中で僕は『虐めないで』と泣いて媚びる。恥も外聞もなく奴等にしがみついて、フェラチオさえ喜んでやってみせる。夢の中でさえ、僕は囚人役のままなんだ‥‥。」
金田が暗い笑みを浮かべながら口を閉じた。俺は戸惑いつつも尋ねる。
「だから、彼等を監獄に閉じ込めたのか?看守役を演じることで、金田は囚人役の自分を捨てたいと願ってる。この監獄実験は、彼等への復讐が目的ではなく‥‥自分の心を救う為?そうなのか、金田?」
「もしそうなら‥‥秋山君は僕に協力してくれる?僕が悪夢を見なくなるまで‥付き合ってくれると嬉しい」
俺は目眩を覚えた。
こいつは哀れな自分を剥き出しにして、俺の同情心を引き出そうとしている。気持ちが揺れる。
心の奥底を吐き出したくなる。
最初に奴等に目を付けられたのは俺だった。軽い虐めからはじまり、やがて殴られるようになった。
目立たない脇腹を何度も殴られて吐いた。耐えられなくて、俺は奴等に媚びた。
『金を毟り取れる奴がいる。そいつと仲良くなって‥‥皆の前に連れてくるから、そいつを虐めて。もう、俺を虐めないで‥‥許してくれ』
泣いてひれ伏して奴等に金田を売り込む。そして、売れた。
俺は虐めから逃れる為に必死だった。金田が虐めを苦に自殺や不登校にならないように友達関係を続けた。時には金田を庇って繋がりを深めていく。
そんな滑稽な俺の姿を見た奴らは笑いながらも、その裏切りの遊びに興じた。
忘れたい記憶だ。忘れたい。忘れたい。そう‥‥金田って名前も忘れていた。忘れたいから。忘れたくて‥‥忘れたふりをして自分を騙した。
そうしないと俺の心が潰れる。
潰れるから‥‥。
「秋山君?」
「俺は‥‥」
「顔色が悪いね?もしかしてのぼせてしまった?長湯しすぎたね。気持ち悪いなら肩を貸すよ、秋山君?」
心が潰れる。
「肩を貸してくれ、金田」
話せない。
話せば俺は5号監房に閉じ込められて殺される。殺されるくらいなら、俺が金田を殺す。
多分、殺せる。
◆◆◆◆◆
「アメリカの大学で行われたスタンフォード監獄実験をご存知ですか、秋山君?」
不意に素顔のピエロが俺の目を見つめて話しかけてくる。
「スタンフォード監獄実験?」
大人の男が二人入っても湯船には余裕があった。それでも、金田の真っ直ぐな視線に囚われ緊張が走る。
「アメリカのスタンフォード大学で行われた監獄実験です。」
「‥‥監獄実験」
金田は少し微笑みながら話を続ける。俺は黙って聞き役に徹した。
「心理学者のフィリップ・ジンバルドーが監獄の空間を再現して、『環境が行動に影響を与えるか』を調べた実験なんです」
金田が言い終えると俺の反応を伺うように見つめてくる。俺は仕方なく口を開いた。
「聞いたことはある‥‥監獄の環境の中で、看守役は凶暴になり囚人役は従順になったとか。囚人役が狂ったって話も聞いたな。」
俺がそう応じると金田が驚いて目を見開き、嬉しそうに話し出す。
「金田くんが監獄実験に興味があるとは思わなかった!」
「いや、興味と言うか‥‥都市伝説系のYouTube動画で観て知っただけだ。禁忌の実験ってサムネイルにあった気がする。」
「ああ、そうですね。禁忌の実験として監獄実験は語られることがあります。でも、実際のところは狂った囚人役はいなかったらしいですよ。」
「そうなのか?」
俺は興味が湧き尋ねていた。金田は頷くと楽しそうに語る。
「現代ではスタンフォード監獄実験は眉唾モノだとされています。実際、狂ったとされる囚人役は教授の意図を汲んで狂った演技をしたと後に告白していますから。」
俺は少し考えてから金田に尋ねる。
「金田はスタンフォード監獄実験に心酔しているわけではないんだな?でも、それならどうして同じ様な事を地下監獄で行っているんだ?」
俺の問いかけに金田は間髪入れずに答える。
「僕が囚人役のままだから」
「?」
「奴等に虐められて‥‥僕は自分を責め続けてきた。僕に悪い面があったから虐められるんだって。奴等がそう誘導しながら僕を虐めていた。そう分かっているのに‥‥未だに僕の心は囚人役なんだ。彼等の前では萎縮して従順になれと己の声が聞こえる。そうしないとまた殴られてタバコを押しつけられて‥‥他にも‥‥」
「金田‥‥‥」
「夢を見るんだ。何度も彼等に虐められる夢を見て‥‥その中で僕は『虐めないで』と泣いて媚びる。恥も外聞もなく奴等にしがみついて、フェラチオさえ喜んでやってみせる。夢の中でさえ、僕は囚人役のままなんだ‥‥。」
金田が暗い笑みを浮かべながら口を閉じた。俺は戸惑いつつも尋ねる。
「だから、彼等を監獄に閉じ込めたのか?看守役を演じることで、金田は囚人役の自分を捨てたいと願ってる。この監獄実験は、彼等への復讐が目的ではなく‥‥自分の心を救う為?そうなのか、金田?」
「もしそうなら‥‥秋山君は僕に協力してくれる?僕が悪夢を見なくなるまで‥付き合ってくれると嬉しい」
俺は目眩を覚えた。
こいつは哀れな自分を剥き出しにして、俺の同情心を引き出そうとしている。気持ちが揺れる。
心の奥底を吐き出したくなる。
最初に奴等に目を付けられたのは俺だった。軽い虐めからはじまり、やがて殴られるようになった。
目立たない脇腹を何度も殴られて吐いた。耐えられなくて、俺は奴等に媚びた。
『金を毟り取れる奴がいる。そいつと仲良くなって‥‥皆の前に連れてくるから、そいつを虐めて。もう、俺を虐めないで‥‥許してくれ』
泣いてひれ伏して奴等に金田を売り込む。そして、売れた。
俺は虐めから逃れる為に必死だった。金田が虐めを苦に自殺や不登校にならないように友達関係を続けた。時には金田を庇って繋がりを深めていく。
そんな滑稽な俺の姿を見た奴らは笑いながらも、その裏切りの遊びに興じた。
忘れたい記憶だ。忘れたい。忘れたい。そう‥‥金田って名前も忘れていた。忘れたいから。忘れたくて‥‥忘れたふりをして自分を騙した。
そうしないと俺の心が潰れる。
潰れるから‥‥。
「秋山君?」
「俺は‥‥」
「顔色が悪いね?もしかしてのぼせてしまった?長湯しすぎたね。気持ち悪いなら肩を貸すよ、秋山君?」
心が潰れる。
「肩を貸してくれ、金田」
話せない。
話せば俺は5号監房に閉じ込められて殺される。殺されるくらいなら、俺が金田を殺す。
多分、殺せる。
◆◆◆◆◆
2
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
[全221話完結済]彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
野花マリオ
ホラー
ーー彼女が語る怪異談を聴いた者は咲かせたり聴かせる
登場する怪異談集
初ノ花怪異談
野花怪異談
野薔薇怪異談
鐘技怪異談
その他
架空上の石山県野花市に住む彼女は怪異談を語る事が趣味である。そんな彼女の語る怪異談は咲かせる。そしてもう1人の鐘技市に住む彼女の怪異談も聴かせる。
完結いたしました。
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。
表紙イラストは生成AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる