陰間の散花♂は大店の旦那に溺愛される【江戸風ファンタジー】

月歌(ツキウタ)

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兄として

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◆◆◆◆◆

弥太郎は散花の肌襦袢を手に取ると、その肩に掛ける。それでも散花は頭をあげない。若旦那の返事を待っての行為だった。

「散花は私と弥太郎のやり取りを聞いていたようだね。」

「はい、若旦那様」
「散花は狸寝入りが上手だな」
「狸寝入りは陰間の得意技です」

「そうか‥‥顔を上げなさい、散花」

左衛門の声掛けに顔を上げると、散花は少し恥じらいながら肌襦袢に袖を通して白肌を隠す。その姿を見つめながら、左衛門は言葉を続けた。

「散花、水揚げの件は断るな」
「っ!」

散花は唇を噛み締めて若旦那を見つめる。弥太郎は二人のやり取りを静かに見つめていたが、ここで口を開く。

「菊乃さんの遺言がそれほど大事ですか、若旦那?」

「当たり前だ。私は今でも菊乃を愛している。すぐに縁を切るような真似はしない」

「しかし、散花は水揚げを望んではいない。若旦那様は散花の想いを無視なさるおつもりですか?」

「当然だ。私は菊乃との遺言を優先する。だが、散花に菊乃の姿を重ねることはやめる。すまなかったな、散花。お前の名を呼ばずに口づけしたが、どうか忘れて欲しい」

「あ、えっと‥‥それは知らなかったです。その、すぐに忘れます」

散花は唇に指を這わせながら頬を赤らめた。その姿にずくりと疼くものを感じた左衛門は、ゆっくりと息を吐く。

その様子に気が付いた弥太郎は少し不機嫌になる。その姿を面白く思いながらも、左衛門は散花に話しかける。

「散花、これはお前にとって良い話だ」
「ですが‥‥」
「双子の姉の想いを無駄にするな」
「それはそうですが‥‥」

左衛門は散花の手を取ると、少し戯けて言葉を紡ぐ。

「最初はお前を囲うつもりだったが、やめることにする。私には男を性愛の対象としては‥‥見られないようだ。」

「はい、若旦那様」

「こんなのはどうだ、散花?私を散花の兄にしてもらえないだろうか?」

「兄ですか?」

「菊乃の弟なら私の弟だ。俺と亡くなった菊乃の絆を繋げて欲しい、散花」

散花は不思議な思いで左衛門を見つめた後、不意に涙を溢した。左衛門は慌てて散花の頬を拭う。

「どうした、散花?」
「私は‥‥」
「それほど嫌かい?」

「違います、若旦那様。私には生家に実の兄がおります。でも、誰も私を弟にはしてくれなかった。兄弟なのにいつも虐められていました。穀潰しと呼ばれて、楽しい思い出など一つもなく。」

「散花」

「私は陰間に売られたと知った時に、心を決めたのです。私に家族はいないと。なのに、この歳で兄ができるなんて。」

散花はポロポロと涙を流す。



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