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1. 陰間の散花さん

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陰間茶屋かげまちゃや蔦屋つたや】の旦那に呼ばれて散花ちるはなは座敷に向かった。十歳で親に売られて陰間茶屋に来た散花を、茶屋の旦那の伊右衛門いえもんが陰間に仕込んだ。

最初は恨みもしたが、今はそんな気持ちも湧かなくなった。でも、旦那の前に出ると散花はいつも緊張する。

「旦那さま、散花です」
「ああ、入っておいで」
「はい」

襖越しに会話を終えると座敷に入り、襖を閉じて旦那の前に座り頭を下げた。その様子を見ていた伊右衛門が、満足そうに言葉を発する。

「散花は礼儀正しいな。一緒に陰間になった弥太郎やたろうとは大違いや。陰間をやめた弥太郎を茶屋のまわしとして雇ったのに、あいつは相変わらず態度がでかい。」

回しとは茶屋に売られた子供らを、陰間として客の前に出せるよう仕込む生業の事。繊細な気遣いを必要とする仕事と言える。

「弥太郎さんは陰間の間では人気がありますよ。元陰間だけのことはあり、きめ細かい気遣いがありがたいと評判です」

散花が顔を上げてそう言うと、茶屋の旦那は柔らかく笑った。

「相変わらず二人は仲良いな‥‥もしかして二人は閨を共にする仲なのかい?」

その言葉に散花は慌てて否定する。

「弥太郎さんと私はそんな関係と違います!旦那さんは意地悪です!」  

散花の言葉に伊右衛門は鷹揚に笑う。

「そう怒るな、散花。そしたら、今は付き合ってる相手はおらんのやな?想い人もおらんのか?」

「そんな人‥‥いてません」
「そうか。それは良かった」
「‥‥‥?」

伊右衛門は安堵の表情を浮かべたが、すぐに表情を改めて散花に語りかける。

「散花、お前に水揚げの話がきてる」
「えっ!?」

散花は驚きの声を上げた。


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