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深淵を覗くとき
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◆◆◆◆◆
「ワレリー兄上!」
僕は涙目になりながら、兄上の体に必死に抱きついた。リナトを再び殴ろうとしていた兄上の動きが止まる。
「マーシャ、リナトはお前を侮辱した。殴られて当然の発言をした。だから、止めないでくれ」
「ワレリー兄上も、リナトを傷付ける発言をしました。その事に兄上は気が付いていますよね?これ以上リナトを殴っても、互いの心が傷つくだけです」
「マーシャ・・」
ワレリー兄上の体から力が抜ける。そして、僕を優しく抱き寄せてくれた。そんな僕らの様子を見ていたリナトは、テーブルを蹴りとばして立ち上がった。皿が床に落ちて、クッキーが床に散らばった。
「リナト」
僕が声を掛けると、リナトは睨み付けてきた。そして、苦い表情で応じる。
「何時もの茶番劇を見せられて、イラつくのは当然だろ。結局、マーシャ兄さんもワレリー兄上も、俺を受け入れる気なんて全くないんだよな?それが本音だろ?」
「恨むなら父親を恨め。お前の今の境遇を作り出したのは、お前の父親だ」
ワレリー兄上の言葉にリナトが表情を険しくして反論する。
「はっ、なんだよそれ。亡くなった人間に責任転嫁するのか?」
「責任転嫁をしているつもりはない。全ての元凶はあの男にある。モーゼス = マリツェフという男は、父親になる資格などなかった。その親の子に生まれた事を嘆くことだ、リナト」
リナトはギリリと唇を噛み締めた。そして、僕たちを見て宣言した。
「嘆く暇などない。俺は必ず正当な地位を得て、正当な評価を得る」
「ならば、リーシャに甘えることなく、己の力で俺を納得させろ。俺がリナトを侯爵家の人間にしてもよいと思わせるだけの努力をすることだ」
「うるさい!」
リナトは再びテーブルを蹴ると、次には黙って部屋を後にしようとした。僕は思わずリナトに声をかけていた。
「リナト」
「・・・」
返事は返って来なかった。リナトが扉から姿を消すと、ワレリー兄上は深いため息をついた。
「リーシャ、済まない。目の前で暴力をふるってしまった。怖かっただろう?」
「少しね。でも、大丈夫。リナトは中等部に入って少し反抗期に入ったけど、まだまだ子供だよ。ゆっくり見守っていこうよ」
「リナトの容姿が、成長と共に父親に似てきている。その事に俺は恐怖と嫌悪感を感じるんだ。特に、リーシャとリナトが一緒にいる場面に出くわすと不安に駆られる」
「ワレリー兄上・・」
「リーシャ。本当に辛い思いをしたのはお前なのに、俺が父親の影に恐怖を覚えていては駄目だな」
「自分を責めないで、兄上」
「俺はお前を守ると約束した。いつか、リーシャが心から愛する人と巡り会うまで、その役目は俺が務める。だから、リーシャは自由でいてくれ。幸せになってくれ」
「ワレリー兄上にだけに、父親殺しの罪を背負わせて・・僕だけが幸せになれると思いますか?兄上も幸せになってくださらないと、僕が困ります」
「そうだな、リーシャ」
ワレリー兄上は強く抱きしめてくれた。僕も兄上を抱き返した。
「幸せになろうな、リーシャ」
「はい、ワレリー兄上」
◇◇◇◇
ワレリー兄上がリナトを殴り付けた。
父上から散々暴行を受け傷付いた。だから、暴力をふるう人間を見ると、僕は激しい嫌悪感を感じる。
なのに、心は甘美な想いに満たされた。
ワレリー兄上は僕の為にリナトを殴った。僕だけが兄弟だと言ってくれた。歪んだ喜びが胸を満たし、僕の心を縛る。
こんな夜はきっと悪夢を見る。
とても甘い悪夢を。
背徳の夢を。
夢の中で僕は兄上に抱かれて、激しく鳴くのだろう。甘い喜びに溺れて終わりなき夜の住人となる。
そう望んで何が悪い。
深淵を覗いた先に見つけたそれを愛と呼ぶのは罪だろうか?
END
◆◆◆◆◆
「ワレリー兄上!」
僕は涙目になりながら、兄上の体に必死に抱きついた。リナトを再び殴ろうとしていた兄上の動きが止まる。
「マーシャ、リナトはお前を侮辱した。殴られて当然の発言をした。だから、止めないでくれ」
「ワレリー兄上も、リナトを傷付ける発言をしました。その事に兄上は気が付いていますよね?これ以上リナトを殴っても、互いの心が傷つくだけです」
「マーシャ・・」
ワレリー兄上の体から力が抜ける。そして、僕を優しく抱き寄せてくれた。そんな僕らの様子を見ていたリナトは、テーブルを蹴りとばして立ち上がった。皿が床に落ちて、クッキーが床に散らばった。
「リナト」
僕が声を掛けると、リナトは睨み付けてきた。そして、苦い表情で応じる。
「何時もの茶番劇を見せられて、イラつくのは当然だろ。結局、マーシャ兄さんもワレリー兄上も、俺を受け入れる気なんて全くないんだよな?それが本音だろ?」
「恨むなら父親を恨め。お前の今の境遇を作り出したのは、お前の父親だ」
ワレリー兄上の言葉にリナトが表情を険しくして反論する。
「はっ、なんだよそれ。亡くなった人間に責任転嫁するのか?」
「責任転嫁をしているつもりはない。全ての元凶はあの男にある。モーゼス = マリツェフという男は、父親になる資格などなかった。その親の子に生まれた事を嘆くことだ、リナト」
リナトはギリリと唇を噛み締めた。そして、僕たちを見て宣言した。
「嘆く暇などない。俺は必ず正当な地位を得て、正当な評価を得る」
「ならば、リーシャに甘えることなく、己の力で俺を納得させろ。俺がリナトを侯爵家の人間にしてもよいと思わせるだけの努力をすることだ」
「うるさい!」
リナトは再びテーブルを蹴ると、次には黙って部屋を後にしようとした。僕は思わずリナトに声をかけていた。
「リナト」
「・・・」
返事は返って来なかった。リナトが扉から姿を消すと、ワレリー兄上は深いため息をついた。
「リーシャ、済まない。目の前で暴力をふるってしまった。怖かっただろう?」
「少しね。でも、大丈夫。リナトは中等部に入って少し反抗期に入ったけど、まだまだ子供だよ。ゆっくり見守っていこうよ」
「リナトの容姿が、成長と共に父親に似てきている。その事に俺は恐怖と嫌悪感を感じるんだ。特に、リーシャとリナトが一緒にいる場面に出くわすと不安に駆られる」
「ワレリー兄上・・」
「リーシャ。本当に辛い思いをしたのはお前なのに、俺が父親の影に恐怖を覚えていては駄目だな」
「自分を責めないで、兄上」
「俺はお前を守ると約束した。いつか、リーシャが心から愛する人と巡り会うまで、その役目は俺が務める。だから、リーシャは自由でいてくれ。幸せになってくれ」
「ワレリー兄上にだけに、父親殺しの罪を背負わせて・・僕だけが幸せになれると思いますか?兄上も幸せになってくださらないと、僕が困ります」
「そうだな、リーシャ」
ワレリー兄上は強く抱きしめてくれた。僕も兄上を抱き返した。
「幸せになろうな、リーシャ」
「はい、ワレリー兄上」
◇◇◇◇
ワレリー兄上がリナトを殴り付けた。
父上から散々暴行を受け傷付いた。だから、暴力をふるう人間を見ると、僕は激しい嫌悪感を感じる。
なのに、心は甘美な想いに満たされた。
ワレリー兄上は僕の為にリナトを殴った。僕だけが兄弟だと言ってくれた。歪んだ喜びが胸を満たし、僕の心を縛る。
こんな夜はきっと悪夢を見る。
とても甘い悪夢を。
背徳の夢を。
夢の中で僕は兄上に抱かれて、激しく鳴くのだろう。甘い喜びに溺れて終わりなき夜の住人となる。
そう望んで何が悪い。
深淵を覗いた先に見つけたそれを愛と呼ぶのは罪だろうか?
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