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月歌(ツキウタ)

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毒を盛る

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◆◆◆◆


兄が死んだ。明日葬儀で領地の墓地に埋葬される。それまでは、屋敷の自室のベッドで休んでもらっている。冬場で良かった。窓の外は夜の闇に雪がふる。ベッドの横に椅子を置きぼんやりと待ち人を待つ。暫くして、ひっそりとその人は部屋に現れた。

執事に訪問者の訪れを秘密にするよう命じて、その人を部屋に招き入れる。

「殿下、お待ちしていました」
「すまない、無理を言ったね」
「いえ‥」
「アルファードに会わせて欲しい」
「どうぞ」

この国の第一王子が深夜に城を抜け出すことは容易ではない。それでも、愛しい人に会いたかったのだろう。埋葬される前に。殿下はベッドに近づくと躊躇いなく兄の頬に触れた。優しく頬を撫でたあとに呟いた。

「まるで生きているようだ。レスター、君の兄に別れのキスをしても構わないかい?」
「それは‥おやめになった方が宜しいかと、殿下。」
「駄目か?」

「兄上は毒物に冒され亡くなった可能生が高いと私は考えています。まるで生きているように頬が赤いのは毒物の反応によるものと思われます」

「やはり‥そうか。毒の種類は分かるかい、レスター」
「‥‥スパニッシュフライ」

不意に殿下は振り返ると短剣を持つ手をこちらに向けた。僕はその切っ先を見つめてから殿下に視線を向ける。

「お前が殺したのか、レスター?」

「殺したのは私の母です、殿下。父を殺した手口と同じですから。父上も亡くなった時は生きているように赤い頬をしていました。」

「お前が母を唆し父と兄を殺したのではないか?アルファードを除けばお前が侯爵家の当主だ」

「それは無理です、殿下。私はオメガ性ですから当主にはなれません。ですが、母は私の性を隠して侯爵家の当主にするつもりです。私はそれを許しはしません。」

「母を殺すのか、レスター?」
「ただの殺人鬼です。」

殿下は僅かに首をかしげ僕を見つめる。だが、ゆっくりと息を吐くと手に持つ短剣を鞘に収めた。そして‥‥。

「あっ、殿下!」

殿下は兄上にキスしていた。毒物で亡くなった兄に唇を寄せ頬を撫でる。そしてゆっくりと身を起こした。

「明日の葬儀をしっかりと執り行え、レスター。お前が侯爵家の当主だ。母親の始末もお前がつけよ」

「私はオメガ性で当主には‥」

「お前の疑いは晴れていない。晴れるまではその性を隠して私に仕えよ」

殿下はそう言うと部屋を横切り扉を自ら開けて出ていく。振り返ることなく。一度も兄を‥僕を振り返ること無く部屋をでた。

「オメガ性で侯爵家の当主?」

あまりに無茶な命令だ。だが、これが罰ならばどこまでも甘い。兄から殿下を奪いたくて毒を盛った。いや、毒を盛ったのは愚かな母親。馬鹿な夢を見て、父親と兄を殺した。

唆すのは簡単だった。

でも、兄上なら見抜くと思っていた。そして、私と母は兄の手で裁かれる。それで良かったのに。兄から殿下を奪えるなんて端から思ってなかった。

どうして毒を飲んだのですか、兄上?



◆◆◆◆◆
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