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第三話 誰かのベッド
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女性の甲高い話し声を耳にして、蒼は目を覚ました。蒼はうつらうつらしながら女性の声に耳を傾ける。
男子学生寮に住んでいるが、たまに女性の声で目覚める事がある。学生寮の決まりで女性を連れ込むことは禁止されている。だが、若い男ならリスクを犯しても女とやりたい時はある。
「喘ぎ声でないだけましだな」
そう呟いた蒼だが、違和感を覚えて周囲を見回した。そして、顔色を変えてベッドから起き上がる。そこは蒼の学生寮の自室ではなかった。
蒼が目を覚ましたのは、キングサイズのベッドの上。彼がいつも寝ているベッドとは、比較にならない上質なものだった。
「どこだ・・ここ?」
蒼は冷や汗をかきながらベッドから抜け出した。幸いなことに裸ではない。だが、衣服は乱れて寝汗もかいている。蒼はシャワーを浴びたいと思った。だが、今はそれどころではない。
広い寝室だが、それでもキングサイズのベッドの存在は際立っていた。そのベッドのシーツはあやしく乱れていて蒼を混乱させる。
「・・誰かと寝たとか?」
蒼は必死に昨晩のことを思い出そうとした。だが、記憶はにわかには浮上してこない。それでも、途切れ途切れの記憶の断片が、蒼の脳裏によみがえり始めた。
学友の池田に誘われ、二度ほど行ったことのある「Bar.カメリア」。同性愛者が集う場であったが、マスターの会話が巧みで客を楽しい気分にさせる良い雰囲気の店だ。昨夜は気晴らしの為に、蒼は一人で「Bar.カメリア」を訪れた。
だが、残念な事に店名はそのままに、オーナーが変わってしまっていた。マスターも別人で、「Bar.カメリア」の穏やかな雰囲気はなかった。残念に思いながら蒼がお酒を飲んでいると、複数の男に声を掛けられる事になった。
そのうちの一人と会話がはずみ、蒼はお酒を一緒に飲んだ。ほどなくして、蒼は泥酔して男と共に店を出ることになる。その後の記憶は曖昧で、男の顔もすっぽりと蒼の記憶から抜け落ちていた。
「記憶をなくすほど酒を飲んだかな?まあ、泥酔してるし飲んだんだろうな。たしか、男にタクシーに押し込まれたような?」
蒼にはそれ以降の記憶が全くない。だが、思い出した記憶を繋ぎ合わせると、どうやら見知らぬ男の家に連れ込まれたらしい。蒼はそう結論付けた。深いため息をついた蒼は、ベッドの縁に腰を下ろして頭を抱える。
「まじかよ、これ?池田に別れを切り出した次の日に、見知らぬ男のベッドで目覚めるって・・節操なさすぎだろ。いや、体に違和感を感じないってことは、何もされてないってことか?まさか、俺が相手を掘っちゃったとか?」
蒼には抱かれた経験はあるが、男を抱いた経験はない。池田が初めての男で、彼以外の男性と関係を持ったことはない。だが、蒼は泥酔していた。剥き出しの本能が、蒼をタチとして目覚めさせた可能性はある。
「大体、池田と別れたばかりなのに。あいつとの思い出の店に行くとか・・おかしいよな」
蒼はふと思った。
別れを切り出し、池田から逃げ出したのは蒼の方だ。だが、本当は池田に見つけ出してもらいたかったのではないのか?「Bar.カメリア」で彼と再会し、復縁する機会を得ようとしていたのだろうか?
蒼のそんな思考の渦を中断させたのは、寝室の扉から漏れ聞こえる女性の声だった。
「流星先生、確かに原稿をお預かりいたしました。お疲れのところを申し訳ないのですが、次回作についての打ち合わせをさせてもらってもよろしいですか?」
「ああ、構わないよ」
「先日からお願いしていますように・・先生にもそろそろ、ハードな凌辱ものか、調教ものに手を伸ばしていただきたいのですが?」
「ちょっと待って!その件は一度断ったはずだけど。ハード系なのはちょっと心理的に抵抗があって。それに、俺の作風と違うからファンが離れるんじゃないかな?」
「そんな事はありません!先生が以前に一度だけ書かれたハード系のBL小説は重版が掛かりました。今では、流星先生の代表作の一つになっています!」
「うーん。そう言われると否定できないけど。基本的には和姦が好きなんだよね・・俺は」
「先生!!凌辱を乗り越えての和姦に萌える女も沢山います。因みに、私はそちら方面が大好物ですのでアドバイスも可能です!」
「いや、担当さん。そう興奮しないでくれる?そうですね・・わかりました。検討しておきます。じゃあ、俺はコーヒーを入れるから寛いでいて」
「あ、先生。お構いなくーー」
なんだこの会話は??
いつの間にか扉に耳を押し当て、蒼は会話を盗み聞きしていた。一瞬、男女の痴話げんかのように聞こえた。だが、違ったらしい。どうやら、二人は仕事関係の間柄らしい。しかし、蒼には彼らがどんな仕事についているのか、見当もつかなかった。
『凌辱』や『調教』といった刺激的な言葉が、蒼の体を火照らせる。だが、次の瞬間には蒼の顔色は青ざめていた。
「そうだ、流星先生。BL界の大御所の一華先生から、キングサイズのベッドをもらったって本当ですか?お気に入りの作家さんに、一華先生が迷惑なプレゼントを贈るのは有名な話なんですよね」
「迷惑ではないが、厄介なデカさだった」
「キングサイズのベッドですものね!編集部でも話題になっていて、一目見て来いって先輩編集者に言われてるんですよ。実物を見させてもらいますね。あ、ここが寝室ですよね!」
「うわぁ、ちょっとまって!!」
男の制止を気にすることなく、女はいきなり寝室の引き戸を開く。寝室の扉にくっついて男女の会話を盗み聞きしていた蒼は、必然的にリビングに転がりだすことになった。
「あら・・」
長髪の女性は寝室から転がり出てきた蒼を見て、『あら・・』と言ったきり黙り込んでしまった。蒼の乱れた着衣に気がついた彼女は、キッチンで固まっている男に視線を向けた。そして、含み笑いを浮かべつつ言葉を発する。
「先生が素敵なBL小説を書ける秘密がわかりましたわ。こんなに綺麗な彼氏さんがいらっしゃるなんて、隅におけないわ。ふふふっ」
「勘違いしないでくれ。そいつは俺の親友だ!」
その男の声に聞き覚えがあり、蒼は思わず視線をキッチンに向けた。そして、眼を見開き叫んでいた。
「直人!?」
「ようやく目が覚めたか、蒼」
柏木は蒼に向けて、ちょっと手を上げて挨拶した。蒼はそんな彼を見たまま爆弾発言をした。
「俺を酔わせて部屋に連れ込んだのって・・お前だったのか、直人?」
蒼の言葉に目を丸くした柏木は、次に顔をしかめて口を開いた。
「俺はお前を救ったヒーローのつもりだったんだけどな、蒼?」
男同士のリアル痴話げんかが始まりそうな予感に、女編集者は顔をにやけさせた。だが、流星先生こと柏木に促されて、渋々原稿をもって部屋を後にする。
柏木は蒼と二人きりになると、彼のためにコーヒーを入れた。そして、昨夜の顛末を蒼に説明することになった。
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