性奴隷は泣かない〜現代ファンタジーBL〜

月歌(ツキウタ)

文字の大きさ
上 下
66 / 74

第66話 『マトリ』と清一

しおりを挟む



◆◆◆◆◆◆


青山清一の懐に入り込む事。
上司からの命令。


麻薬捜査官となった俺の初めての仕事がそれだった。『マトリ』になったばかりの俺は、右も左も分からぬままに、青山清一に近づく機会を狙っていた。だが、相手は青山組の組長だ。そう簡単に近づける機会も得られぬまま、時間だけが過ぎていった。

年齢よりも幼く見える容姿を利用して、未成年者と証して西成の周辺をウロウロしていた。何時の間にか衣服は汚らしくなり、家出少年に見えなくもない格好になった頃、清一と出会った。飛田新地で遊女と遊んだばかりの青山清一は、路上に座り込む俺に目を止めた。

「家出か・・何歳だ?」
「おっさんに関係ないだろ」

標的の青山清一に声を掛けられているにも関わらず、俺は上手い回答も思い浮かばず投げやりに答えた。清一はニヤリと笑うと、俺を思いっきり蹴り飛ばした。俺は何の防御もとれぬまま、地面に転がされ思いっきり頭を打った。呆然としている俺の顔を、清一は意地悪な笑いを浮かべて覗き込んできた。

「お前、男娼か?」
「・・あ、違う・・あ、その、家出した」
「そうビビるなよ。で、何歳だ?」
「17歳」
「へえ、中学生のガキに見えた。高校生か?」
「中卒・・」
「だったら、時間を持て余してるだろ?俺についてくるか?」

こんなチャンスは滅多に無い。『マトリ』ならこんなチャンスを逃しはしない。でも、俺はビビってしまった。俺は、清一の目に射抜かれて『マトリ』としての使命よりも己の保身に走った。

「あ、無理・・」
「なんだ、その答え?お前、頭悪すぎて高校に行けなかった口か。まあ、でも馬鹿は嫌いじゃない。おい、こいつ連れて行くわ。車に突っ込んで、青山の屋敷に連れていくぞ。ガキ、抵抗するなよ?」
「あ、嫌だ。その・・あの」

青山清一の護衛たちは、俺を無理矢理地面から立ち上がらせると強引に黒塗りの高級車に連れ込もうとする。俺は恐怖を感じて逃げようとして、護衛たちに殴られて車に無理矢理押し込められた。呆然とした俺に、青山清一はにっこり笑って、口を開いた。

「飛田新地の女はいい子ばかりで、俺のシマとは質が違うんだよなぁ。もう少しここらで女と遊んで帰るわ。俺が青山の屋敷に帰る前までには、ちょっとは身綺麗にしてもらえ。お前・・マジで臭うぞ」

清一はそう言って、数人の護衛を連れて飛田新地の遊郭にふらふらと遊びに行った。俺はそのまま車に乗せられたまま、青山の屋敷に運ばれていった。『マトリ』と怪しまれずに青山組の屋敷に侵入できそうだったが、俺は打ちのめされていた。余りにも無様な自分に涙が出て止まらなかった。



◇◇◇◇


自分は誰よりも優れた人間だと思っていた。どんな環境にあっても正義を貫ける人間だとも思っていた。麻薬捜査官になったのは、己が活躍するに相応しい職業だと思ったからだ。麻薬ルートを一つ潰すだけで、多くの人間が救われる。『マトリ』になれたことは、俺にとっては誇りだった。

だが、西成で汚れた格好をして、路上生活者と一緒に生活する内に現実に打ちのめされた。日中から薬物で目をとろんとさせた男たちが、そこら中に溢れていた。だが、一般人も、警察でさえも、その存在を無視していた。日の当たる場所ばかりを歩いてきた俺には、その光景が耐えられず心が荒んでいった。

以前、先輩の麻薬捜査官から、俺は『現場は向かない人間』だとはっきりと言われたことがあった。その時は、その男の嫉妬だと思っていた。だが、その先輩の指摘は当たっていた。俺は、自分が思うほど心が強くはなかった。風呂に入れず日々体からすえた臭いを放つ自分が、もはや底辺から這い上がれないような恐怖に襲われ闇の中で泣いた日もあった。


俺に『マトリ』は向いていなかった。



◇◇◇◇



青山清一の懐に入り込む事。
上司からの命令は変わらない。



清一は青山組の組長でありながら、青山組の実権は弟の青山清二が握っていた。清一は青山組の運営には無関心で、女遊びばかりしており、組員からの信頼はすっかり失っていた。清一自身も、青山組に興味を示していなかった。それにもかかわらず、俺は上司から青山清一の懐に入り込むことを命じられていた。結局、新人の『マトリ』には、麻薬ルートの中核に関わる場所には近づく事さえ許されなかったようだ。


俺は『マトリ』でありながら、すっかり清一の犬に成り下がっていた。清一はまるで犬を飼うように、青山の屋敷の一室を俺に与えた。気が向くと、清一は俺を風俗に誘った。清一は青山組のシマを嫌い、遊び場は専ら飛田新地だった。そこの女は管理が行き届き、清一は好んでそこに通った。清一は、男を抱く事もあった。俺も誘われて、時には男娼を抱く事もあった。


妾を多く囲う清一だったが、それでも女遊びをやめなかった。清一は、何時もどこか満足できぬ風に、夜空を見上げながら、ふらふらと夜の街を歩いていた。それは、青山清一の生き方そのものだった。ただ、親がやくざであるという理由だけで、惰性で組長になった男だ。組を運営する才能は、弟の清二が全てにおいて上回っていた。


青山組において、青山清一は無用の長物だった。


その清一と関係を持った時も、こんなものかと俺は思った。清一の犬と化していた俺には、清一からの誘いを断る理由もなく、簡単に関係を持った。流石に男を受け入れる事に抵抗はあったが、それもどうという事は無かった。痛みと同時に快感もあった。ただ、俺を抱く清一の目は、何時ものように気だるげで、何の感情も無いようで、その事が少し俺の胸を抉った。


◇◇◇◇◇


青山清一の懐に入り込む事。
上司からの命令は変わらない。


初任務の『マトリ』が上手く潜っていると、上司には見えていたかもしれない。上司からも、そのまま青山清一の懐に潜っていろと命じられた。だが、その清一の懐が俺には見つからなかった。清一は、結局のところ誰も信用していなかった。犬である俺の事も信じてなどいなかった。そして、時々試すのだ。まるで、遊ぶかの様に『マトリ』の限界を超えろと、俺を試す。

清一は何時も薄笑いを浮かべながら、俺に見えない拳銃を向けていた。

俺は清一に命じられるままに、女を犯した。男も犯した。そして、人も殺した。俺はもはや『マトリ』ではなくなっていた。完全に清一に支配されていた。清一が見えない拳銃を俺の背に押し付ける度に、俺は恐怖に駆られながら犯罪を犯した。『マトリ』は青山清一の犬と化していた。



◆◆◆◆◆◆
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

処理中です...