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第61話 暴力
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三原が僕を背後に庇って、石井と対峙している。石井の鋭い眼光が三原を捉える。本来なら、従業員の三原は『カサブランカ』のオーナーである僕が守らないといけないのに。なのに、僕は震えて三原の背中に隠れてしまった。
でも、今は三原の背中から伝わるぬくもりがありがたかった。僕に、冷静さを取り戻す機会を与えてくれた。僕は深呼吸を繰り返し、事の成り行きを見守ることにした。
「石井さん、伍代は速水の護衛です。護衛として、伍代は速水が視野欠損した原因を知り、早急に対策を立てる必要があるとあの場で判断したのだと思います。伍代が強引に速水から事情を聞き出そうとしていると、石井さんには見えたかもしれません。ですが、伍代と速水は貴方が思うよりもずっと親しい間柄です。彼らには、独特の信頼関係が成立しています。速水が伍代に過去の事を話したのも彼を信頼していたからです。そうだよな、速水?」
「うん、僕は伍代を信頼してる」
「たとえ信頼関係があっても、触れたらあかん過去はあるやろ?伍代はそれを無理に速水に話させた。俺は速水が花束に隠れて涙を流しているのを見た。本当は話したくなかったんやろ?俺にはそうとしか思えんかったで、速水?そもそも、あんな過去を店内で速水に話させる必要はなかったやろ。あんまりに配慮の足りん酷い行為や」
「確かに『かさぶらんか』の店内で話す内容ではなかったと思います。石井さんには、不愉快な思いをさせてしまいました。申し訳ありません。ですが、これは身内の問題でもあります。伍代に制裁を加えるならば、それは青山組の役目です。石井さんには、怒りを納めて頂きたい」
石井はしばらく黙って三原を見つめていた。やがて、ゆっくりと口をひらく。
「・・速水が泣いとるのに、部外者やから俺には黙っとれと言うんか、三原?本来やったら、従業員のお前が止めに入るべきやったんと違うか?それをぼーっと伍代と速水の話を聞くだけで、何しとった、ボケが。だから、俺が動いたんやろが!!」
僕を庇って前にいた三原が横に蹴り飛ばされた。三原は地面に転がり蹲っている。彼は風俗店と花屋の店長兼店員だ。やくざの蹴りに、勝てるはずがない。かたぎの人間を平気で蹴り飛ばす男が目の前にいる。石井が、僕を見下ろしてくる。恐怖には勝てなくて、冷静さはまた吹き飛び涙が止まらなくなってしまった。
「速水、そんな泣かんでも、もう大丈夫やで。辛い過去の話なんか、誰にも聞かれたくないわな。もう、速水は自由の身なんやろ?それやのに、護衛にまで泣かされる様な扱いを受けるなんて、あんまりや。辛かったやろ、速水。青山組の扱いがひどいようなら、俺が神戸にあんたを連れていくから、安心していいで?」
「・・石井さん・・勘違いしないで!た、確かに伍代に過去の事を聞かれて・・ちょっと涙ぐんだけど・・今、僕が思いっきり泣いているのは、石井さんが怖かったからです!僕は青山組の扱いに満足しています!!」
僕は必死になって、石井の言葉を否定した。僕は青山組の扱いに満足している。清二さんは、僕を『内縁の妻』にしてくれて、こんな素敵な花束までくれた。なのに、その花束で石井の背中を殴りながら、怖くてめちゃくちゃ泣いてしまった。せっかくの花束も、ぼろぼろになってしまった。清二さんになんて謝ろう。違う。今はそんな事を考えている場合じゃない。ああ、もう頭の中がぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。
「え、俺が怖かったから泣いてる?え、俺が原因?でも、花束に隠れて涙を流してたやろ?本当は、伍代にあんな過去の話はしたくなかったやろ?花束で顔隠して泣いてるの・・俺見たで。すごい辛そうやった。でも、今めっちゃ泣いてるのは俺が原因ってことやな?えーっと、俺は速水さんを救いたいと思っただけなんやけど・・そんなに怖かった?なんか、泣かせてすみません、速水さん」
急に石井が僕に謝りだした。だが、石井の瞳は未だに怒りを湛えているように思えた。その怒りがどこに向かっているのかも、何に怒っているのかも、いつ怒りが収まるのかも分からない。ただ、僕に対しては好意的であることは分かった。それなら、僕が石井を惹き付けて、伍代や三原の傍から引き離す事が・・今の僕にできる事だ。
「速水さんーーーーお待たせいたしました!」
その時、とんでもないイケメンが目の前に現れた。そのイケメンは全く状況を理解しないまま、僕たちに近づく。そして、ニコニコと微笑みながら、ぶちかましてくれた。
「ああ・・速水さんが泣いている!なんて、可愛らしい!!清一さんがいつも言っていました。速水さんは、泣く姿が一番艶っぽいと。最初に出逢った時に、その泣き叫ぶ姿にイカされたと話していました。僕も清一さんに何度も突き込まれましたが、残念ながら泣く姿を見せる事はできませんでした。何と言いましても、清一さんのセックスは、最高に気持ちが良かったのものですから喘いでしまいました。こんなに気持ちがいいのに、どうして速水さんは清一さんとのセックスで泣くのかと、清一さんご本人にお聞きした事があります。清一さんは答えてはくださいませんでしたが。速水さんはどうして、清一さんとのセックスで何時も泣いていらっしたのですか?あれほど、清一さんに愛されていたというのに?」
モグラーーー!!
モグラ、今はやめて。清一さんの話題と卑猥な話はやめて。自宅でなら、いっぱい聞くから。清一さんに調教された者同士として、モグラさんには僕と一緒に清一さんの呪縛から、共に抜け出してもらいたいと思てるから。しかも、イケメンが毎朝入れてくれるコーヒーの虜に既になっているから。モグラさん、今は黙って。お願い。
「速水さん、こいつ・・誰ですか?」
今の会話で、石井の怒りの対象が明らかにモグラに変わった。とりあえず、石井の怒りは僕には向かっていないと信じよう。相手は、上部組織から送り込まれたやくざだ。問題を起こすのは、お互いに良くないはずだ。モグラさんの登場には、びびったが・・僕は本来の僕を思い出した。清一さんはすぐに壊れる『玩具』は作らなかった。泣いても叫んでも壊れない『玩具』をあの人は作り上げた。冷静になれ。石井が僕に興味があるなら利用すればいいだけだ。
「モグラさんは、僕の世話係です。石井さんが、何にそれほどお怒りなのか良く分かりませんが、これ以上の騒動は困ります。それよりも、石井さんは視察が終わった後に、喫茶店『ムラサキ』でお茶をしようと誘ってくれたでしょ?お忘れですか?」
「忘れてはいませんよ、速水さん」
「良かった!ガサ入れの件も聞きたいです。僕は、今とてもオレンジジュースが飲みたい気分です。石井さん、おごってもらえますか?」
「オレンジジュースですか?いいですよ、奢ります。では、今から行きますか、速水さん?」
「はい、石井さん いきましょう。モグラさんは、僕の指示があるまで花屋の前で座って待機。僕が指示したら、皆の治療をお願いします」
「承知しました、速水さん!」
モグラは僕の言葉に従い花屋『カサブランカ』に向かって走り出して、店先でちょこんと座った。清一の調教に由るものでも、今は彼の素直さがありがたい。石井から仲間を引き離す事に成功した。はずだった。
「あー、俺も、オレンジジュース飲みたいなぁ―ー奢ってもらえますか、石井さん?」
まって、伍代さん。どうして、拳銃構えて立ってるの!?石井に拳銃向けるのやめて!ここ、日本だから。花屋『かさぶらんか』の前の公道だから。伍代さん、顔色が土気色!ここは、素直に地面に倒れておこうよ。モグラを見習って素直に地面に転がっていて。とにかく、拳銃を構えないで!
ひぃーー、まずい。ピカピカ真っ黒の外車が走行して来た。
ここは公道だから、当然車は走るよね。あれがパトカーなら、伍代さん一発逮捕だからね。なんか、やくざっぽい車だから、大丈夫だと思うけど。そのまま通りすぎてくれるはず。やくざなら拳銃遊びをしていると思ってくれるはず。いや、無理があるか!?駄目だ、僕の頭がおかしい。
何故、通り過ぎない!わざわざ停車する。うっ。しかも、神戸ナンバーだ。
後部座席が開くと、スーツを着た男性がゆっくりと降りてきた。端正な顔立ちに上品な格好。なのに、やくざ感が半端ないのは、その右手に拳銃が握られていたから。その拳銃は、当然の様に伍代に向けられた。
「おいこら、大河・・なんで拳銃向けられてんだよ、お前?」
「彰さん、どうして大阪にいるんですか?」
「妹の尻拭いの為に、青山竜一に会いに来た。で、助けは必要か?」
石井の仲間が突如現れた。
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