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第49話 制裁を受けろ
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俺は間違った。間違ってしまった。
速水をこの街に置いていくなんて、ありえない選択をするところだった。速水は俺から引き剥がされて、泣き叫んでいた。あの時、あいつを手放すべきではなかったんだ。もっと実力を身に付けてから、速水を迎えに行くつもりだった。
だが、そんな恰好を付けてどうする。速水との甘い交わりの時間は全て高画質で録画した。それを励みとして、神戸の上部組織で必死に働くつもりだった。だが、無理だ。速水を今から拉致しに行くしかない。
全ての原因は、速水が可愛すぎることだ。
速水は、青山の屋敷に連れてこられた時からずっと可愛かった。だが、二十歳を過ぎなお可愛さが増すとはどういうことだ?俺の癒しの速水が、どんどん可愛さを増している。可愛すぎる。そして、速水との初めてのセックス。
速水にセックスドラックを盛ったが、俺はドラック系は一切やらずに速水との初めてのセックスに臨んだ。そして、確信した。速水と俺のセックスの相性は最高だった。速水が恐怖心さえ乗り越えてくれれば、何時だってあの最高の時間を共有できる。
俺は幾度も速水とのセックスシーンを妄想して、自慰行為を繰り返してきた。だが、あの妄想は全てがクソだと判明した。いや、違う!妄想の中の速水も十分に可愛かった。俺の癒しは、妄想でさえも可愛くて俺は満足していた。
だが、本物を抱いた後では・・妄想では我慢できない。
「今から、速水を拉致しに行こう」
ちょうど俺が腰を上げた時に、インターホンが鳴った。俺は相手が速水であることを願いつつも、棚から拳銃を取り出し画像で相手を確認した。兄貴だった。迷った末に、俺は拳銃を棚に戻して兄貴に話しかけた。
「今、施錠を解除する。勝手に中に入って来いよ、兄貴」
「そうさせてもらう」
短い会話の後に、俺は玄関の電子ロックを解いた。
兄貴は俺に説教をしに来たに違いない。だが、俺は速水にセックスドラックを盛ったことも、あいつが動けない状態でセックスを強要したことも後悔していない。全ては、速水を手に入れる為に必要な事だった。速水の心と体に俺の存在を刻む事は何よりも重要だった。
ずっと好きだった。青山の屋敷に連れてこられたその時から、俺は速水に惚れてた。最初は何の関心も示さなかった兄貴が、今更速水を望んでももう遅い。少なくとも、俺は速水を抱いた。兄貴はきっと、この先も速水を抱けないだろう。兄貴は誰よりも繊細で臆病だから。
「・・・竜二」
兄貴が俺に話しかけてきた。俺は兄貴の顔を見たくなかった。玄関に背を向けて、リビングの窓から一望できる街並みを見つめていた。この街を一時でも去ると思うと寂しさが募る。
「竜二、速水が自殺を図った」
「!!」
兄貴の言葉は余りにも静かで動揺もなく、その微かな違和感が警戒心をよびおこした。それでも、速水が自殺を図ったと聞いては、状況を確認するしかない。俺は兄貴の方を振り返った。
「竜二、制裁を受けろ」
右目にナイフが映っていた。その刃先が急激に迫る。俺は瞼を閉じて眼球を守るしかなかった。右の額から右目斜めに向かってナイフが皮膚を抉った。
「ぐぁ・・!!」
床にかなりの血が飛び散った事を左目で確認した。俺は、再度の攻撃に備えて兄貴から距離を取る。何故、インターホンに出た時に拳銃を棚に戻したのかと後悔に駆られた。まさか兄貴から攻撃を受けるとは思わなかった。血だらけの右目を手で覆いながら、兄貴の位置を確認する。だが、兄は最初の位置から少しも動いた様子が無い。
「随分、やくざらしい顔付になったじゃないか・・竜二?」
「兄貴・・どういうつもりだ!!」
「制裁だと言っただろ?」
「あんたから、制裁を受ける謂われはない。それとも・・組長の指示か?」
「いや。俺の独断だ」
痛みが激しい。眼球もやられたかもしれない。俺は兄貴からさらに距離を取った。そして、背中に壁が当たり、俺自身が驚いた。俺は、兄貴相手にビビってる。今まで兄貴に対してこんな思いを抱いたことはなかった。それは衝撃となって俺の脈拍を跳ね上げさせた。俺は左目を見開いて、兄貴を正面から見据えた。
「セックスドラックは速水に過剰な多幸感を与えた。それが失われる恐怖に速水は耐えられなかった。解離状態を起こした速水は、ナイフで自殺を図ろうとした。解離状態の速水を追い詰めた俺にも、落ち度があった事は認める。だが、そもそもの原因はお前だ・・竜二」
兄貴の目は冷え冷えと凍えていた。俺は壁に凭れたまま、口を開いた。
「速水は・・あいつは無事なのか?」
「ああ、あいつは無事だ。まあ、俺がそのナイフを握っちまって怪我したがな」
「・・・そうか、速水は無事なんだな・・よかった」
確かに兄貴は右手に怪我を負っていた。だから利き腕でない左手にナイフを握っているのか。兄貴は、瑠璃色の柄をしたナイフを握っていた。そのナイフからは血が滴り落ちていた。その瑠璃色には見覚えがあった。
「同じ瑠璃色のペンを速水が持っていたな」
「同じものだ。ペン型のナイフだからな」
兄貴はナイフの血をズボンで拭うと、ナイフを瑠璃色のペンに静かに戻した。
「速水への二十歳の誕生日プレゼントとしてこれを送った。速水が望んだからこれをプレゼントにした。自分の身を傷つけることには使うなと誓わせたんだがな・・・解離状態では無意味だったな」
「つまり、そのナイフで速水は自殺を図ったんだな。だったら、そんなナイフは始末しろ」
「いや、始末はしない。もう一度、速水に手渡して、身を守ることにだけ使えと誓わせる」
「・・・俺と兄貴の血を吸ったナイフを速水に持たせるのか。兄貴の考えは分からん」
ヤバい、意識が飛びそうだ。
「竜二。速水はお前にセックスドラックを盛られ、満足に動くことすらできずにセックスを強要された。だが、竜二の事を恨んではいなかった。ただ、『性奴隷』として扱われたと感じたと言っていたよ。その扱いこそ『性奴隷』の自分には相応しいと感じたとも言っていた」
俺は兄貴の言葉に叫ばずにはいられなかった。
「俺は、速水の事を一度も『性奴隷』だと思ったとこはない!!青山の屋敷に連れてこられたあの時から、俺はあいつに惚れてた。速水を人として見ていたのは、あの屋敷では俺だけだった」
「ああ、そうだ。竜二は何時もあいつを人として扱ってきた。逆に俺は、あいつを『性奴隷』として見てきた。あいつが、親父の死によって『性奴隷』から解放されて、ようやくあいつを人として見る事が出来るようになった」
「・・・それが分かっているなら、今更、速水に手を出さないでくれ、兄貴!!組長を目指して動いているのも、あいつを囲う為だろ?冗談じゃねー。ずっと、速水を放っていたあんたに速水を想う資格はない!!」
兄貴は不意に俺に背を向けた。そして、玄関に向かう。
「待てよ、まだ話は終わってないだろ、兄貴」
「終わったよ。今回の件で、お前は自ら全てをぶち壊した。唯一、速水を子供の頃から人として見ていたお前が、あいつを『性奴隷』として扱った。もう、お前は俺たちと同じ存在に堕ちたって事だ。お前は速水の特別ではなくなったんだ、竜二。だったら、俺は全力でお前から速水を守るだけだ。あいつを『性奴隷』として扱うやつに渡してたまるか!!」
「速水を『性奴隷』扱いはしてない。ただ・・愛したかっただけだ。あいつに触れたかった。もう限界だった。俺は、速水が好きなんだ。あいつと最高の気分で抱き合いたかった」
俺は壁を伝って銃の置いた棚に向かった。右目からの出血が酷い。だが、動けないわけでもない。銃の引き金を引ければ十分だ。銃を掴むと俺は玄関に向かった。まだそこに兄貴がいた。俺は兄貴に銃を向けていた。
「医者を呼ぶ。大人しくリビングで待ってろ、竜二」
「あんたはどこに行くんだ、兄貴?」
「速水の元だ」
「・・・そうかよ」
俺は兄貴に向かって銃を撃っていた。兄貴の肩口を狙ったはずが、兄貴の髪を掠って弾は飛んで行った。右目を失って距離感が掴めないのか、それとも、兄貴の頭をぶっ飛ばしたかったのか自分でも分からない。ただ、弾は一発だけ撃って拳銃を持つ手を下ろした。
「兄貴、俺は速水を諦めない」
「ああ、俺も速水を譲る気はない、竜二」
兄貴はそう言い残して、玄関から出ていった。
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