性奴隷は泣かない〜現代ファンタジーBL〜

月歌(ツキウタ)

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第31話 死を待つ更紗らんちゅう

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速水が潤んだ瞳で、俺を見つめていた。やがて、俺の胸を両手で押すとその拘束から抜け出した。速水は俯きがちに、元いたソファーに沈み込む様に座った。手放したそのぬくもりが寂しく思えて、俺は速水の肩に触れようとした。だが、彼の手は俺の手を跳ね除け拒絶した。

「同情は要らないと言ったはずだよ?僕はもう、竜一さんが思うほど弱くないからね。それより、竜一さんは僕に話があるのでしょ?だったら全部聞くから、竜一さんは向こう側のソファーに座ったらどう?お互いに距離がある方が冷静に話を聞けるからね。そうしよう、竜一さん」

速水の言葉は冷たく、俺は軽くショックを受けていた。たった今まで、全てを告白して互いの関係をゼロから始めようと思っていた。だが、その気持ちが一気に萎えていく。俺の告白を聞いても、速水は俺の『幼馴染』であってくれるだろうか?

それでも、俺は速水と新しい関係を築きたい。俺は速水の向かいのソファーに座ると口を開いた。

「長い話になるが・・いいか?」
「いいよ、竜一さん」

「俺は青山組の組長の息子に生まれ、その世界で育ったにも関わらず・・あまりに平凡過ぎる人間だった。俺は親父とは全く別の意味で、やくざには向いていない人間だったんだ」
「竜一さんは、やくざとしては・・優しすぎるものね」
「優しいというより弱いんだ。俺は、倫理観が欠如したあの屋敷の中で生まれ育ってきた。なのに、何故か俺には、普通の倫理観が根付いていた。でも、あの屋敷の中では不条理な事が横行していた。その不条理の最たるものが、『親父』と『速水』の存在だった」

俺の言葉に速水は僅かに身を震わせた。俺と目を合わせようともせず、速水は床ばかりを見つめていた。それでも、俺は告白をつづけた。

「お前と親父の関係は・・俺の心を軋ませた。小学生のお前を大人の親父が犯す。そんな異常な行為を、俺は受け入れられなかった。親父の寝室に連れ込まれて、その度に泣き叫んで助けを求める速水の声に、俺の精神は耐えられなかった。でも、誰もお前を助けようとはしない。組長に囲われた『性奴隷』のお前を、皆もが無視をした。屋敷にその存在が無いかのように振舞った。実際には、速水は確実に屋敷に存在していたのに。だけど、俺にはお前を救う力はなくて、同時に、その存在を無視することもできなかった」
「・・『幼馴染』になる前の竜一さんは、何時も軽蔑の眼差しで僕を見ていたね・・」

その呟きは俺の胸に痛みをもたらしたが、速水の言葉は真実だった。

「ああ・・その通りだ、速水。俺は小学生のお前を囲う倫理観の欠如した親父を憎みながら、同時に、理想の父親であって欲しいと願ってやまなかった。その為には、『性奴隷』のお前が邪魔だった。親父を誑し込む『性奴隷』の存在さえなければ、誰も親父を見下したりしないと思えた。あの当時は平の組員でさえ、組長の清一を嘲笑っていた。その嘲りは、息子である俺へも向けられている様に感じていた。俺には我慢できなかった。速水・・お前の事が憎かった。でも、同時に俺の倫理観が、お前は『犠牲者』だと叫び続けていた。俺は混乱していた。精神状態は・・崩壊寸前だったのかもしれない」

「・・・・んっ」

速水は僅かに頷くだけで言葉はなかった。ただ、肩を揺らせ落ち着きのない様子だった。無理もない。『幼馴染』と名乗り続けた俺が、速水の事を『憎い』と言ったのだから当然だ。やはり、俺は速水を失うのか?それでも、最後まで話すべきだろう。これからの関係を見つめ直したいから。

「お前が、『かさぶらんか』の花束から剃刀を見つけて自ら死を選んだよな?でも、俺は・・その前にお前に『死』を与えるつもりだった。自殺を警戒されていたお前の部屋には、刃物類は一切なかったよな。だから、俺はお前の部屋に、ペン型のナイフを置くことにしたんだ」

「えっ?」

「だけど、俺が速水の部屋の扉を開けると・・お前は既に自殺を図っていた。水槽の水が真っ赤に染まって、更紗らんちゅうが、生と死を彷徨って浮き沈みしていた。速水。お前は、その更紗らんちゅうが死ぬ姿をぼんやりと見つめていたな?俺はその光景を、見なかった事にすることにした。お前に『死』を与えることは、正しい行いだと当時の俺は思い込んでいた」

「・・竜一さん」
「でも、間違ってた。そんな事は間違ってた。竜二がお前を救ってくれて本当に良かった。竜二がお前に『幼馴染』だと伝えた時のお前の表情を、今も忘れられない。『死』を望む瞳が一瞬にして『生』を望むものに変わった。俺は、その瞳に魅入られて、己の愚かさを初めて思い知らされた」

「そうだよ。僕は『幼馴染』を得た瞬間に初めて生きる道を選んだ」

速水は僅かに微笑み俺を見た。俺はようやく速水の笑顔を見る事が出来てほっと安堵の息をついた。そして、俺は真剣な顔で速水に提案していた。

「速水・・お前の不安定な精神状態は、この街にいる限り良くはならないと思う。この街は、お前にとっては嫌な思い出しかないだろ?速水は、親父の囲いから解放された時に、この街を出ていくつもりだったんだよな?」
「まーね」
「どんな計画だったんだ?」

速水は前傾姿勢のまま、体を動かしつつ言葉を発した。

「僕が『性奴隷』だって誰も知らない場所で、小さな店を開店する。どんなお店でも良かった。そうしたら、可愛い女の子がお客としてやってくるんだ。そして、僕たちは恋に落ちる。僕の過去を知らないその子とは、すぐに仲良くなれて・・セックスして普通の家庭を持つんだ。子供はすごく大事に育てるよ。子供は可愛いはずだもの・・きっとね」
「お前がもし今でもその人生を望んでいるなら、俺もこの街を捨ててお前を全力でサポートする。お前が愛する人と出会うその日まで、俺をお前の『幼馴染』として傍にいさせてくれ。そして、お前が幸せになれたら、俺はこの街に戻るよ」

俺の言葉を聞いていた速水が、突然ソファーに横たわった。

「速水?」

「無理だよー。竜一さんは僕なんかより、ずっとこの街を出たがっているって自覚ある?その『幼馴染』がこの街に囲われて出られない状態なのに、僕だけ出ていけると思ってるの?僕はそんな薄情者じゃないよ?空気を求めて水槽の中で浮き沈みする更紗らんちゅうは、竜一さんそのものだよ。息苦しくてこの街から出たいのに、出られない。竜一さんは、認めるべきだよ。僕よりも、竜一さんの方が弱っているって。そして、そんな竜一さんには、『幼馴染』のこの僕の存在が必要だってね?ねえ、そう言ってよ・・竜一さん。僕はこの街で花屋『かさぶらんか』のオーナーになる。そこに何時でも訪ねてきてよ・・ねえ、竜一さん。お願い・・ああ、駄目だ・・もう限界・・」

速水はソファーに横たわり、まるで猫のように丸まりながら口を開いた。

「ねえ、竜一さんからまだ、誕生日プレゼント貰ってないよ?言葉だけで済ますなら、物品を要求するって言ったでしょ?ねえ、欲しいものがあるんだよね、僕には」

「速水、様子がおかしい・・大丈夫か?」

「まあ、大丈夫ではないけど・・説明は後でするね。えーっとね、竜二さんからもらった時計はこれ。盗聴器もGPSも外して、自分で金具の止め外しもできるようになったから、清二さんに身に着けていいか了解を貰ったんだ。ちょっと渋ってたけど、了解を勝ち取ったよ。時計はとっても実用的で僕好み。だから、竜一さんにも実用的なものを要求するよ?」
「ああ、何でもあげるから・・様子がおかしい理由を教えて欲しい」
「んー、分かった。あのね、僕に『死』を与えてくれるはずだった『ペン型のナイフ』を頂戴。それは、竜一さんの僕への愛情が詰まっているから。僕の事を想ってくれた証だから。欲しい・・欲しくてたまらない」
「・・昔のものだ。なぜ今も持っていると思うんだ?」
「持っているでしょ?早く、頂戴。そうしたら、この体調不良の原因を話すから」
「分かった。ちょっと待ってろ!!」

俺は急いで仕事部屋に向かった。AIが暗号通貨を売り買いをしている機械音が仕事部屋に響いていた。音を消すこともできるが、俺はこの機械音が好きなので流している。何となくそのメロウな音を聞きながら、パソコンの手前に置いたペンケースからペン型のナイフを取り出した。瑠璃色の模様が細部まで施され、その美しさに目を奪われた。

この瑠璃色のペン型ナイフなら、美しい『性奴隷』の速水に相応しい『死』をあたえられると本気で考えていた。

そんな愚かな過去の自分への戒めとして、常に手元に置いていた。俺はそれを持ちリビングに向かった。速水は相変わらず、ソファーに猫のように丸まっている。その速水に近づくと、彼はゆっくりと体を起こした。だが、その動きはぎこちない。俺はそんな速水を心配しながらも、その体には触れずに、彼の手にペン型ナイフを渡した。

「速水、お前を信じてこれを渡す。どうか、自分の身を守る為に使ってくれ。そして、自分の身を傷つける事には決して使わないと約束してくれ」
「うん、自分の身を守るために使うよ。ありがとう、大切にする。多分ね・・あの屋敷の中で、僕と竜一さんは一番近い存在だったと思うよ?僕も、竜一さんも、血の水槽で呼吸が出来ずに浮き沈みする更紗らんちゅうだったんだよ。でも、今は違うよね?お互い、生きてこの街で生活している。多分、『幼馴染』がこの街にいてくれるなら、僕もこの街で生きていくことができるよ」

そこまで言うと、速水は再びソファーに身を沈めた。速水の瞳は潤み、頬を紅色に染めている。熱でもあるのだろうか?そう思って彼の額に触れた途端に、速水が叫び出した。


「ひぁあーーーー、触っちゃ、駄目ぇーーーー!!」
「速水!!」
「ひぁあぁあああ、でちゃったぁーーぁあーーぎゃぁああーーーごめんなさい、竜一さん!!」


ソファーで丸まった速水は、顔を真っ赤に染めながら泣き出した。俺は呆然と立ち尽くしていた。



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